第十五話 最悪の事態
キリが悪くなるので今回は短めです。
そこら中から火の手が上がり、どこか遠くから何度も爆発音が響いてくる。
そんな地獄絵図の中を、2人の少年が駆け抜けていく。
「早く!」
「待ってよ兄ちゃん!」
「あーもう、ほら手!」
前を走る『兄ちゃん』と呼ばれた少年が、息を切らしながら必死に追いかけてくる少し背の低い少年、弟の手を引っ掴み、更に加速する。
「転ぶなよ!」
「大丈夫!」
前方へ注意を割く必要が無くなった弟は、瓦礫が散乱している足元に全集中力を向けつつ全力で足を動かす。
片方が躓けばもう片方も足を止めてしまう、まさに二人三脚のような状態の兄弟はしかし、阿吽の呼吸で次々と危険地帯を走破していった。
「あった!」
そして『兄ちゃん』は遂に希望を目視する。
約二十メートル前方でチカチカと不規則に点滅する緑色のピクトグラムが描かれた蛍光灯の下、両開きの扉に取り付けられた小窓の向こう側からうっすらと陽の光が差し込んでいる。
外界への脱出口を射程圏内に捉えた2人は、早くこの地獄から抜けだそうと走る速度を上げ———ドンッと、爆発音が真上から響いた。
◇◇◇
「っ!」
意識が覚醒する。
ガバッと、勢いよく上体を跳ね上げたサトルは慌てた様子で周囲を見渡し、何かに得心が行ったのかため息を吐く。
「あの夢……久しぶりだな。ってかここどこだ」
強張った体をほぐし、胸部を連打する心臓を落ち着かせながら改めて周囲を観察する。
薄暗く見え難いが、床も家具も壁も、おそらく天井も全てが古びた木で構成されており、唯一サトルが眠っていたベッドだけは比較的新しめな素材で出来ている。
また、手近な場所に小さな木の窓があったため明かりを求めて開けようとしたが、鍵が掛けられているのか押しても引いても微動だにしない。
仕方なく手を這わせて鍵を探していると、突然ゴソゴソと部屋の外から物音が聞こえてきた。
「ん、起きてたか」
「うわ出た」
「おいコラ、どういう反応だそれ」
ガチャっと無遠慮に扉を開けて入ってきた騎士は、サトルの言葉に半眼になりつつ片手に持っていた紙袋を少年の方に放り投げる。
そして机の上にもう片方の手に持っていたランタンを置くと、近くにあった丸椅子にどっかりと腰を下ろした。
「あの———」
「まあ待て」
口火を切った瞬間話を遮られる。思わず口をつぐむサトルにエリックは神妙な面持ちで話し始めた。
「とりあえず俺は本物だ。サトルを攫った偽物はお前の近くでくたばっていた」
「そうですか……」
ホッと息を吐き出し、一先ずエリックに対する警戒を緩める。
そんな少年の様子に僅かに苦々しげな表情を浮かべたエリックは、直ぐに真顔になると更に言葉を続ける。
「ただ、新しい偽物が現れた。しかも今度はお前の偽物もいる」
「…………まさか」
暫しの沈黙の後、とある最悪のシナリオに思い至り目を見開くサトル。そんな彼に、騎士は肯定するように頷きながら淡々と現状を告げた。
「ああ。俺達は偽物共に成り代わられちまった」
考えうる中で最も悪い部類の報告に賢者は顔を真っ青に染める。
第二の戦いの幕は、静かに開かれていた。




