04 作戦会議にて 前編
──はるか昔、神は初めに天と地をつくられた。
神は「光あれ」と言われた。
すると光があり、闇があった。
神はそれらを昼と夜の世界に分けられた。
神は空と大地をつくり、海がうまれた。
大地には植物をはえさせられた。
次に神は太陽と月と星をつくった。
それらを昼と夜の世界を見守る御使いとした。
次に神は魚と鳥、獣と家畜をつくられた。
最後に神は自分に似せたヒトをつくられた。
役目を終えた神は場を離れ、安息なさった。
──旧約聖典 創世ノ章 1章1-8節より抜粋。
「……──これは、かの有名な旧約聖書、ちがった。
旧約聖典のなかでもよく知られてるこの世の始まりとされる部分。
だけれどね、この話には“続き”があったの」
冒険者ギルド《三脚天使》の二階にある会議室。
そこに集まった面々が不知火さんの語りに静かに耳を傾けている。
ルースさんやマーテルさん、ヴェルカンやユレイさん、そしてレントくんを含めた一同が、彼女の次の言葉を待った。
「じつは神が天地を創るずっと前から、闇はすでに存在していた。
闇は神が新たな世界をつくってる様子を見て学び、闇も独自のものを生み出した。
それが、私たちが『モンスター』と呼んでいるものたち。
ドラゴンやワイヴァン、スライムやゴブリン、トロールやオーガなどがそうね」
途端、ルースさんがスッと挙手した。
「エルフやドワーフは? どこから生まれたんですか」
すると、不知火さんは眉を八の字にして、うーんとうなり、ためらいがちに口を開く。
「エルフ族とドワーフ族は話すと、ちょい長くなるんだよね。
それも合わせて話すとややこしくなるから、それは次の機会にしましょう」
ルースさんは不満げに挙手した手をひっこめると、また借りた猫に戻った。
不知火さんは続けた。
「闇は神の存在が疎ましかった。
神がつくった世界を壊したかった闇はすでに滅びを迎えたいくつもの世界へ時空を超えて飛び回り、世界を壊せるものを探し求めた。
そして、四体の怪物が選ばれた」
「それが“四魔騎士”か」
ヴェルカンがつぶやく。
「その通り。
でも、四魔騎士はあくまで神に対抗する最終手段。
つまり、脅しの道具に使った。
これ以上、神が闇の支配する領域を冒すことのないようにね」
「でも……その騎士の一人ここにいますけど?」
ユレイさんが恐ろしげにつんつんとアヴィスのほうを指さす。
「……あたし達の世界、もう終わっちゃう感じですか?」
途端、ヴェルカンが大きなため息を吐いた。
「おまえ、歴史の本ちゃんと読んだか?」
「ちゃんと読みましたよ!」
強気な態度で声を発したユレイさんだったが、「軽く2、3頁くらいは」と最後は弱々しい声になった。
すると、それまで静かだったモモカさんが沈黙を破る。
「“闇”って、それ《闇の帝王》のことですよね?」
「《闇の帝王》だったらエルクオーツの戦いで《千本勇者》が倒したじゃない」
マーテルさんが思い出しながら言葉を紡いだが、だんだんとその顔が青ざめていく。
「ん? ちょっと待って。
でもそれって結構不味くない?」
「そう。主を失ってしまった四魔騎士を制御できる者はこの世にいない。
なのに、こうして彼女が封印から解かれてしまっている」
アヴィスを横目にして不知火さんが言い終える途中で、ルースさんが丸眼鏡の位置を直しながら唇を開く。
「つまり、四魔騎士を封印から解き放ち、この世を滅ぼそうとしてる誰かが裏で動いているってことでしょうか?」
ルースさんの一言に室内がヒヤリとした空気に変わった。
「だが、俺たちにはこいつがいるだろ?」
ヴェルカンが鉄仮面で覆われた顎でリクトのほうを指す。
「え? ぼ、僕ですか?」
ポカンと口を開くリクトに対してヴェルカンはアヴィスのほうに視線を移した。
「お前の魔術なら相手が騎士だろうと邪神だろうと味方にできる。
そいつらが何者だろうと恐れることじゃない」
「いやぁ〜……正直、味方になったかどうかはまだ分からな」
途端にアヴィスが口を挟んだ。
「その点は安心しろ。
此奴にもお前たちにも手を出す気は無い。
少なくとも、今はな」
殺気が滲んだアヴィスの色違いの瞳がリクトに向けられ、リクトは思わずごくりと生唾をのんだ。
その様子を不知火さんが見て取り、こほんと咳払いして話を戻す。
「とにかく。彼女が解き放たれてしまったってことは、こちらも最悪の展開を想定して動いたほうがいいと思うの」
「“最悪な展開”?」
モモカが首を傾げる。
見かねてルースさんが清楚な声色で答えた。
「黙示録にはですね、騎士が封印から解かれる順番が記されてるんです。
第一の封印が解かれた時にあらわれるのが、戦争の騎士。
そこから飢饉の騎士、疫病の騎士、死の騎士というふうに順々にあらわれ、それぞれが地上の四分の一を支配し、人間を殺す権威を与えられているんですよ」
「そんなおそろしいこと……勝手にあらわれて、一方的に殺戮をおこなうなんて、それはあまりに理不尽すぎます!」
「彼らのやる行為については、とりあえず置いておくとして」
と、不知火さんは怒りで興奮するモモカさんをなだめ、話を続けた。
「その黙示録通りだとしたら──もうすでに四魔騎士は全員解き放たれていると考えたほうがいい」
「「「「……っ!」」」」
その答えに誰もが簡単に辿り着けたのに誰も考えようとしなかった。
“終末の序曲”──それはもうすでに始まっているのだ。




