02 陽の者、あらわる
ルースさんって、こんなによそよそしいヒトだっけ?
通りのど真ん中でルースさんと再会を果たしたリクトだが、目の前の相手がリクトの知るルースさん像とだいぶかけ離れていたため、思わず「ルースさんですか?」と訊ねた。
「……」
すると、こくんと気まずそうに彼女は頷く。
まるで借りてきた猫みたい……。
気恥ずかしさが混じった表情を浮かべたルースさんはうつむき加減で、こちらに視線をチラチラとしか合わせてくれなかった。
あの堂々とした態度で気品とエゴに満ちたどす黒いオーラはどこへ行ってしまったのか……。
リクトはそこで、ついさっき話したことを思い出した。
そうか。あの時の記憶が消えてるのか……。
悟ったリクトは立ち上がり、背筋をピンと伸ばして腹から声を出した。
「えーっと。あ……おひさです!
あの、身体のほうは大丈夫だったですか?」
まるで軍人の先輩に挨拶するような硬い返しになってしまった事に気がつき、リクトは恥ずかしくなってるから目を反らす。
視線を隣に向けると、さっきまでベンチに座っていたヴェルカンは姿を消してしまっていた。
「い、いつのまに」
……ゾルディック家の人間か、あいつは。
「んまあ、おかげさまで……色々あったみたいですが、わたくし全然覚えてなくって、なんか申し訳ありません……おほほ」
ルースさんは目線をずらしたまま唇の下を指でなぞりつつ、暗いトーンの声色で謝罪すると、深々と頭を下げた。
あー。これはアレだ。
最初に出会った頃の陰キャ全開だったルースさんに戻ってしまっている……。
「い、いいえ! 全然気にしなくていいです。
むしろこうしてまた顔を合わせることができて、ホッとしてます」
「……」
途端、妙な間が二人の間に流れた。
すると、ルースさんがモモカさんにサッと耳打ちする。
〈す、すみません!
あの……わたくしたちって、一体どんな関係だったんですか?〉
〈し、知らないですよ! 私ずっとこの町にいましたから!〉
そう言い、モモカさんはじとりとした目つきでリクトを睨んだ。
「え? ……な、なに。
なんて言ったんですか、ルースさんは」
「べつに。なんでもありません!」
なぜか急に機嫌が悪くなるモモカさん。
頬を膨らませてぷいっと顔をそむけてしまった。
彼女にそっぽを向かれてしまったリクトが困惑していると、後ろから若い男の声が飛んでくる。
「ダンジョンから脱出した冒険者たちの件っスが──」
リクトは声がしたほうへ顔を向けると、漆黒のコートをまとった少年がこちらに近づいてくる。
黒ずくめの少年は片目を閉じたまま薄い笑みを顔に浮かべ、話を続けた。
「彼らに付与された呪いを調査した結果、あの呪いはダンジョンに入った瞬間に付与されたことが判明したそうですぜ?」
片目を閉じた少年はニッと笑う。
「……レント。お前もここに来てたのか」
気だるそうにヴェルカンが返答する。
『レント』と呼ばれた片目閉じの少年は頭をかいた。
「不知火様に仕事を頼まれましてぇ~……。
んまあ、コレ極秘なんで詳しい内容は教えられませんけどっ」
「言うな。知りたくもない」
「いや~すみませんねぇ~」
軽薄な口調でペコッと謝るレントくん。
ん? いまさっきレントくんが口にした名前って『不知火』だったような……聞き間違いかな?
「まあ、例の記憶喪失の副作用もおそらくあいつらが仕込んだとみてますヨ。
だからね──」
「──っ!」
突然、片目の少年がぐいっとこちらに顔をよせてきた。
「誰が逃げても同じ結果になった。
リクっちの行動がきっかけで呪いが付与されたんじゃないってコト」
壁ドンしてきそうな距離で片目の少年は口元に笑みを浮かべると、今度はくるりと後方に一回転し、両の手を広げて結論を述べた。
「今回の一件は全員死んでてもおかしくない事件だった。
それが半日ボケた程度の呪いで済んだんだぜ~?
こんな軽いケースは滅多にない」
そう言ってレントくんはリクトの肩を半ば強引に寄せたかと思うと、こちらを覗き込むような角度で白い歯を見せた。
「だからここは結果を悲しむんじゃなく、喜ぶべきだと俺っちは思うぜ?」
ち、近っ……!
距離感バグってるタイプのヒトだぁ~。
リクトは苦手な人物の登場に肩を落とす。
「……? なんだか騒がしいな」
ヴェルカンがふと通りのほうを凝視する。
リクトが意識を通りに向けると、いつの間にか通りには沢山の人だかりができていた。
しきりに空のほうを指さしている人が何人かいて、顔を空へ向けている──
「! 見て下さい?! あれって!?」
驚嘆の表情でモモカさんが声をあげ、リクト含めた男性組も彼女が指した方向に顔を向けた。
「女の子が……」
「「「……浮いている……!」」」




