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65 過ぎ去りし春は匂いを残して

 〇事件報告書(調査途中)


 下記の通り、冒険者連続失踪事件を調査中に本件と繋がりのある可能性がきわめて高い事件に遭遇しましたので報告します。


         記


・遭遇年月日 熊ノ年金牛宮月弌ト弐日(水の精)××:××


・遭遇場所 アルノーンの森


・事件内容

 ドーヴァーコーストにて冒険者連続失踪事件の聞き込み調査中、何者かに父親を誘拐されたと訴える少年ピスケ・イエゴ・ヒュームレイと遭遇。

 本件との関連性が高いと判断し、少年の父親ヒグレ・イエゴ・ヒュームレイの捜索を決断。


 しかし、捜索開始当日、謎の一団から襲撃を受け、これに応戦。

 襲撃犯の一名から得た情報によると、本件と同様に拉致した冒険者をダンジョン内に隔離し、非合法の試合を開催していると発覚。

 先刻発生した戦闘で団員が散り散りになっており、迅速な対応が求められる場面だったことからやむを得ず、我が団長は単身で試合会場へ潜入。

 しかし、試合会場と思われる場所に残っていた者は誰一人おらず(我が団長が会場へ到着する前に何かしらの事態が発生したのだと思われる)。


 同時刻の××時××分、ドーヴァーコースト東入り口近くにて、ダンジョンに隔離されていたと思われる冒険者計32名を確保。

 戦闘で受けたものと見られる傷はあったものの全員がほとんど軽傷であった。

 彼らが追手をどうやって振り切ったのかは不明。

 しかし、全員が致死性のある呪い(現在調査中のため明記しない)を付与された状態だったため、ただちに治癒魔法を施した。

 全員の一命は取り留めたが、全員の記憶が一部欠損した状態になっており、記憶の回復方法を検討中である。


          以上。




『女心と雨模様』──

 女性が男性に対して抱く心の揺れ動きは天気の変化が激しいバイセルン地方の空のように移り変わりやすいことを指したことわざだ。


 あれほど激しく降りしきった雨は嘘のようにやみ、濡れた白い壁の建物が建ち並んだ港町ドーヴァーコーストの空には虹のアーチが二重に架かっていた。

 この現象は『双子虹』と呼ばれ、バイセルン地方固有の名物にもなっている。


 町の通りを歩く観光客が立ち止まり、空を見上げて感嘆の声を漏らすなか、従騎士ユレイは宿屋二階の窓辺からぼんやりと空に架かる双子虹を眺めていた。

 おっといけないと思い、ユレイは止まっていた手を動かし、視線を卓上の用紙に向けかけた。

 瞬間、その途中で見知った人物がユレイの目に映り込み、彼女の視線がとまる。


「あそこにいるのって、たしか例の……」


 時計台広場の前にあるベンチに腰かけた一人の蒼髪少年にユレイは意識が傾いた。

 リクト・サシューダ。

 ヴェルカン卿の話では、以前発生したバイセルン事変に関わった重要人物であり、我々の監視対象。


「けれどねぇ」


 実際に当人を見た感想は聞かされていた話とは全然違った。

 あどけない子供の顔。

 まったく鍛えてなさそうな小さく細身の身体。

 少年の肩の上には妖精が腰かけて何か話している。

 少年のほうに意識が向いていたユレイはヴェルカン団長がいつの間にか自分の横にたたずんでいたことに気がつき、あわてて丸くなった背筋をピンと立てた。


「あいつ、まーだウジウジしてんのか」

「え」


 ユレイがヴェルカン団長の顔をちらりと見る。

 団長はマグカップを片手に窓の向こうに鋭い視線を向けながら、顔の下半分を覆い隠した鉄仮面越しからでも分かるくらい大きなため息を吐いた。

 さっきの一言が自分に対して発したものではないんだと知ったユレイは胸を撫でおろした。


「あの。本当に彼が例の少年なんですか?」


「信じられないか?」


 ちらりとユレイのほうに顔を向けた団長は鼻を鳴らして笑う。


「無理もない」


 そう言い、鉄仮面の口元部分に小さな丸い穴がカシュッと音をたてて開くと、ジュネープと呼ばれる木製のストローを仮面の穴に挿し込んだ団長はそのまま目を閉じ、しばらく珈琲の味の余韻に浸った。


「……だが、あいつは森にあらわれたワイヴァンの群れを退治し、バイセルンを滅ぼしかけた邪神を(ほふ)った死神女をたった一人で倒しやがった。

……俺の目の前でな」


 あまりに信じられない話にユレイは半信半疑だったが、少年の実力を語ったヴェルカン団長本人でさえも腹の底では納得していない様子だった。

 直後、団長の使い鳥である《七の鸚鵡(ヴクヴ・カキシュ)》が窓から颯爽とあらわれ、部屋に入ってきた。

 ヴェルカン団長はとくに反応を示すことなく、慣れた様子で肩に止まった《七の鸚鵡(ヴクヴ・カキシュ)》がくわえていた巻物を受け取る。


「だが、アホみたいにとんでもねーことをやらかす奴だが、性根はまだ青臭いガキだ」


 そう言って団長はベッドに腰かけて足を組み、巻物の(ひも)(ほど)いて紙を広げた。

 紙は十(ページ)もあるが、紙面は真っ白で何も描かれていなかった。

 だが次の瞬間、ヴェルカン団長が紙を広げてから数秒も()たずして大量の文字が紙面に浮かび上がった。


【ロイツァー新聞】騎士団には欠かせない情報源の一つ。


 メギオン帝国の首都にあるロイツァー新聞社が刊行している情報誌であり、定期刊行ではないが、情報量には厚みがあり、大陸内で最近起きた時事ネタがほとんど網羅されている。

 団長は新聞紙に目を走らせながらぼやくように言う。


「あの小僧は一度心が折れると、立ち直るまで相当かかる。

 今回はどれだけかかることやらだ」


「……」


 たしかに今回は被害が大きかった。

 ダンジョンからの脱出者のなかに犠牲者は一人も報告されていないとはいえ、この事件に繋がりのある死者は数えられるだけで百件は(ゆう)に超える。

 死神を倒せるほどの力を持っていても、所詮は子供といったところか。


「ん?」


 先ほど目をやった場所に視線を戻すと、蒼髪の少年が立ち上がっていた。

 小石を喰らったハトのような横顔だったのでなんだか気になり、少年の視線の先をたどってみる。

 冒険者ギルド《三脚天使(トリステル)》の軒下(のきした)に異国の格好をした桃色髪の少女が立っていた。


「「──」」


 信じられないといった表情を顔に浮かべた桃色髪の少女だったが、最初おぼつかない足取りで少年のもとに近づいたかと思うと、少年との距離が縮むほどに彼女の歩みの速度はだんだんと早くなっていき、相手にぶつかるような勢いで少年の身体を強く抱きしめた。


 それに対して、蒼髪の少年のほうはまるで石像のようにピシャリと硬直していたが、少女のほうが身体を小刻みに震わせて泣いていることに気がつくと、彼女の背中に腕を回し、優しく包み込むような抱擁(ほうよう)()わす。


 その光景を目にした瞬間、胸の奥にしまったものをなにかにくすぐられたような気がした。

 遠い昔、憧れだった騎士になるために故郷の村を発つ際、幼馴染と()わした別れの言葉と抱擁した時の温もりがよみがえってくるようで、ググッとのぼってきた熱い液体が目を覆い、視界がぐしゃりと(ゆが)む。


「若いって、……罪ですよねぇ」


「あ? なに言ってんだ?」


 目をこすり、騎士としての威厳を取り戻す。


「……いえ、なんでもありません」


「余計なこと言ってねーで、仕事しろ仕事」


 と言いつつ、仕事もしないで新聞紙に見入ってる団長の姿にだんだんと腹が立ってきた。


「言われなくても、やってますよ。

 てゆーか、報告書を作成するのは当事者の義務なのに、なんで私が……」


「なんか言ったか?」


「いえ。なにも言ってませーん」


 紙面に顔を戻す。

 私はいずれ騎士になる身だ。

 昔の想い出に(ひた)る余裕なんてありはしない。

 あの少年少女と会う機会があれば伝えてあげたい。

 子供の頃なんて、人生の尺で(はか)れば咲いた花が散るくらい一瞬の出来事。

 けれど、人生のなかで一番のまぶしくて美しい時期でもある。

 でも、その時間は一生戻ってこない。

 だからせめて思い残すことのない春にしてあげなさい、ってね。

 でないと、私のような未練(みれん)がましい厄介(やっかい)な大人がまた一人生まれてしまうから。


 そうやって頭の半分が物思いにふけっていると、外の様子が何やら騒がしくなり、窓に顔を向ける。

 いつの間にか通りは人で埋め尽くされていた。


「なんだろ?」


 町の人々が天を見上げ、しきりに空のほうを指さしている。

 釣られてユレイも天に目を向けてみた。


──()()()()()()()()()()()


 いや違う。ゆっくりと降下しているのだ。

 その姿は団長や仲間の騎士たち、バイセルンの住民から何度も聞かされてきた情報と合致(がっち)していた。


「死神……の女の子?」


 そう()べる(ほか)なかった。

 外見は幼い子供の姿をとっており、右の瞳は金色に輝いてるのに対して、左の瞳は仄暗(ほのぐら)くて蒼い。

 切り揃えられた前髪は白いが、前髪以外の部分は紫色に染まり、ツインテールの髪型をしている。

 しかし、その頭からは黒い角がニョキッと二本生えていて、肌は血が(かよ)っていないほど白く、生きた人間でもなければ、そもそも人間の(わく)に当てはまる存在でもない。

 黒のドレスと鎧が組み合わさったものを身にまとい、全体的にアベコベな外見をしている。

 大鎌の長柄(ながえ)をまるで魔女の(ほうき)のように椅子代わりにして、その女の子は町の通りに舞い降りた。


 彼女を中心にしてぽっかりと空いた空間。

 群衆の不安と興味に駆られた視線を浴びながら死神の女の子は口元に薄い笑みを浮かべつつ目を閉じた。

 大鎌がフッと突然消えたかと思うと、死神は両手でスカートをつまみ、片方の膝を曲げ、まるで貴族のようなお辞儀を披露してみせた。


「お初にお目にかかる。ニンゲンの諸君。

 ()は《黙示録の四魔騎士アポカリプス・フォー・ホースメン》が一人、《深淵の死神(アヴィス)》という者」


 姿勢を戻し、再び目を開いた死神が左右色違いの瞳を輝かせながら冗談交じりに告げた二の句に窓から顔を出した団長は一瞬で顔を強張(こわば)らせた。


「──この世では短い付き合いになるが、どうぞよろしく」


 窓枠を握りしめた団長の手元が震えている。

 団長はバイセルン事変で知っているのだ。

 彼女の力を。

 彼女が本気を出せばこの町などほんの数秒で壊滅できてしまうことを。

 決断したユレイが窓枠に片足を乗せて今すぐにでも応戦を仕掛けようとしたその時──


「《深淵の死神(アヴィス)》ッ!!」


 少年の鋭い叫び声が通りに(はし)った。

 群衆の視線が一斉に声の源へと向けられる。

 視線の先には時計台の下、(けん)のある表情で拳を握りしめた蒼髪少年の姿があった。

 後になって記憶を紐解(ひもと)けば、この二人の邂逅(かいこう)が次なる事件に関わるきっかけであった──……。


〈第二部・完〉

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