63 戦士ジェイグ
転移扉を通り抜けた先には見覚えのある景色が広がっていた。
「ここはたしか、ルースさんと来た古代遺跡……」
父親を探すピスケという名の男の子からのクエスト依頼を受けたのが、そもそもの始まりだった。
ルースさんも人探しを手伝ってくれて、ルースさんの魔法で痕跡を辿り、古代遺跡に辿り着いて、そこで行われていたデスゲームに巻き込まれて、思い返せば色んなことがあったな。
目の前の古代遺跡を見つめ、物思いにふけっていると、突然頭を何かに小突かれた。
「いてっ!」
そこまで声を出すほどの痛みではなかったが、あまりに唐突だったのでつい声をあげてしまった。
冷静になって顔をあげると、エレウが神妙な表情を浮かべて目の前を羽ばたき、しきりに森のほうを指さしていた。
「そうだった……! 今はそれどころじゃなかった!」
エレウにお礼を言ったのち、リクトはすぐさま駆け出した。
森のなかを走りながらふとルースさんのことが頭をよぎる。
(ルースさんも出られただろうか)
ルースさんだけじゃない。
他のみんなも無事にダンジョンから脱出できただろうか。
考えれば考えるほどに不安は募る。
金髪の狩人少女から得た情報では、狩人達のリタイア用に用意された転移門は一度限りしか使うことができない。
しかも 転移先はあらかじめ運営側によって決められてるようだ。
転移門を使用した者の記憶をもとに使用者がダンジョンに入った場所に一番近い地点に転移する仕組みになっているらしい。
ルースさんもきっと自分と近い地点に転移してるはずだ。
リクトはみんなの無事を祈り続けた。
* * *
クレンスと召喚獣ジェイグが手招きコンパスによって地面の上に敷かれた光の道筋を辿り、森のなかを走り続けて早二時間。
もうクレンスの足はくたくたに疲れきっていた。
棒のようになり果てた足をひきずっていたクレンスがついに音を上げ、休憩しようとジェイグに提案する。
クレンスの前を走っていたジェイグはぴたりと足を止め、肩越しに振り返った。
「休んデイル時間わナイ。動かなケレば死ヌゾ」
息を切らしながらクレンスが言い返す。
「もうここまで来たら追手は来ないよ。
奴らがおれたちを追ってたとしても、きっとどこかで見失ってるに決まってる」
クレンスがそう言いきった次の瞬間、二人の後方から少し離れた場所で草を踏みしめる音がした。
クレンスは即座に近くの木の陰に身を隠した。
声を出さないように口を塞いだが、心臓は早鐘になり、外にまで心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと焦った。
……草を踏みしめる足音は次第に近づいてくる。
足音は一人や二人ではなかった。
はっとして、クレンスは辺りを見回し、ジェイグを探したが、いつの間にかジェイグの姿は消えてしまっている。
その一方で、足音は立ち止まる気配もなく、クレンスがいるほうに一直線で向かってくる。
「隠れても無駄だ。お前の居場所は知っている」
「痛くしないからでておいで。坊や♪」
彼らの一言にクレンスは全身に戦慄が走った。
ゆっくりと顔を上げると、虚空にぽっかりと開いた小さな漆黒の穴から一つの眼球がギョロリとこちらを覗き込んでいた。
「うわああああ!!」
クレンスが叫んだその時、
遠くからバサバサッと何か鋭いものが草木を切り裂く音がした。
クレンスのもとに向かっていた狩人の三名が足を止め、周囲に視線を巡らせた直後──
「ん?」
紫柄のドレスを身に纏った女の狩人が首を傾げた瞬間、女の首元を何かが掠めた。
女の顔が首からずりずりと位置をずらし、女は何が起きたかもわからぬままポトリと女の頭が胴体から転がり落ちた。
「なにッ?!」
山高帽を頭に被った白仮面の狩人が声をあげたが、攻撃態勢に移る間もなく上半身が虚空を舞い、下半身だけが直立したまま魂の入ってない抜け殻となり果てた。
「アとヒトり」
残った敵めがけて猛進しながらジェイグがぽつりと口ずさむ。
だが、ジェイグが投げ飛ばした両刃のシックルを敵はひらりとかわしてみせた。
「キキキッ!」
猿の仮面を被った小柄の狩人が愉悦に満ちた笑い声をあげる。
その瞬間、シックルを空中で掴み取ったジェイグが直滑降して狩人の頭上にあらわれた。
「げげっ?!」
狩人がジェイグの気配を察知して顔をあげたが、時すでに遅かった。
ドス、と狩人の脳天にシックルの刃を突き立てたジェイグが地面に降り立つ。
「……」
猿仮面の狩人はかくんとなり、仰向けの状態で後ろに倒れ、骸と化した。
ジェイグのもとにクレンスがそっと近づく。
石像のように立ったまま死んでいる狩人の下半身と地面に転がった片割れの上半身を交互に見つめなからクレンスは感嘆の声をあげた。
「す、すげぇ……」
こうしてジェイクの戦闘能力の高さを見せつけられると、召喚獣ってやつは化け物だな、とクレンスは改めて思った。
すると、突然ジェイクがクレンスの頭を強引に下へぐいっと押し込んだ。
「なにす──」
とクレンスが言いかけた次の瞬間、クレンスの頭の上を何かが掠めた。
即座に後ろを振り返ると、巨木に三つの小さな空洞ができていた。
その空洞が、今しがたできたことを裏付けるように巨木は三つの小さな何かが貫通した衝撃で小刻みに揺れていた。
「イシだ」
ジェイグは迷わずにそう言いきった。
「い、石?!
いやいやまさか、ありえないって……!
石っころなんかであんな頑丈そうな大木に穴を開けられるわけ」
「オレの目はいい。
オマエの目にワとらえられないホドの速度で投ゲ飛ばシタんだ。
オマエに狙いを定め、尋常じゃない力で──」
淡々と言葉を紡ぐジェイグの解説にクレンスはぞわりと肌が栗立ち、思わず後ずさりした。
次の瞬間、クレンスの後ろでヒュンと風を切る音がした。
「頭ヲ下げろ!」
クレンスの背後に顔を向けたジェイグが険のある表情で、地面を蹴った。
片腕でクレンスの頭をぐいっと押し込み、腰に下げた石斧を手に取るやいなや渾身の力でフルスイングした。
こちらに向かって猛烈な勢いで飛んでくる三つの小石が、石斧に衝突した途端、ジェイグの耳元でバキバキッと豪快な音がしたかと思うと、石斧の先端が粉々に弾け飛んだ。
「ッ!」
同時にジェイグの片腕があり得ない方向にねじれ、ぶちぶちと片腕を繋いでいたありとあらゆるものが限界を超え、ちぎれたジェイグの片腕が強風によって吹き飛ばされたが、ジェイグ本人は痛みを感じる素振りを見せずにただじっと正面を睨み続けた。
「やるねぇ」
先ほど石が飛んできた方向から男の声がした。
木々の向こうから現れたのは先ほどクレンスが脱出した会場にいた狩人たちの一人だった。
狩人のなかで最もクレンスが出会いたくなかった《猛牛面》の大男・《迷宮の醜い怪物》の標的にされてしまったことにクレンスの顔はまるで死刑宣告を受けたように絶望の色に染まった。
先ほどジェイグが見せた圧倒的な強さをもってしても、目の前の相手には絶対に勝てない。
クレンスはそう直感した。
それを裏付けるように大男の全身は血に染まっている。
……ここに来るまでにいったい何人の命が彼の手にかかったのだろう。
そして自分はいったいどれだけの時間、生き延びることができるだろうか。
ジェイグはクレンスをかばうようにして大男の前に立ちはだかる。
血に染まった《迷宮の醜い怪物》は仮面の裏で舌なめずりした。
「つまらない殺しに時間を使っちまったんだ。
そう簡単にくたばらないでくれよ?」
瞳に力強い闘志をみなぎらせたジェイグの顎を伝って汗が滴り落ちる。
汗が地べたにぽつりと落ちたのを合図に二人は同時に地面を蹴った。
のちにこの一戦が、“鼠狩り関連で報告された最後の戦闘記録”となるが、それを知る者はごく一部の人間のみである──。




