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62 悪夢を終わらせるために

 大異変により、ゲームがゲームじゃない世界になってから半月。

 最初は現実を受け入れることができなかった。

 しばらくは眠れない日々を過ごしたが、不安を(やわ)らげてくれたのはピスケという仮の息子の存在だった。


 ピスケはもともとゲームの中で作成したNPCであったが、神の気まぐれか、自我をもって目の前にあらわれたのだ。

 この世界が純粋なゲームだった頃はNPCとの会話は最新のAI技術によって自然に会話することができた。

 しかし、この世界に変わってからピスケは見た目もよりリアルな姿へと変わり、生意気な性格も獲得(かくとく)して、喧嘩も頻繁(ひんぱん)にするようになっていった。


 愛らしくも、憎らしい。


 親父も俺を育てた頃はこのような気持ちを抱いたのだろうか。

 今となっては、その答えも知る術は無いが。


 コンコン、

 突然、戸を叩く音がした。

 一瞬ピスケかと思ったが、……そんなはずはない。

 夕飯に虫を入れた罰で、木に縛り付けたばかりだったからだ。


『……誰だ? こんな暗い時間に何の用だ?』


 戸に向かって声を投げる。

 その直後、戸がバリバリッと乱暴に破壊され、周囲の窓も一斉に叩き割られた。

 俺は抵抗する隙もなく、奴らに捕まってしまった。

 俺を拉致した連中が、殺人ゲームを主催する組織に雇われたゴロツキ集団だと分かったのは、それからしばらく経ってからだ。


 組織は俺と同じプレイヤーから情報を仕入れたようで、俺のダンジョン作成スキルを見込んで依頼してくるのかと思ったが、奴らは俺の創ったダンジョンを見つけたらしく、そのダンジョンを(ゆず)り渡してほしいと頼んできた。


 ピスケを育てることで精一杯で、ダンジョン作りに手が回ってなかったのもあった俺は軽い気持ちで奴らにダンジョンを譲り渡した。

 その後、俺の創ったダンジョンが殺しの舞台に使われるとは知らずに──。



* * *



 化け物の巣窟と化した迷宮内を慎重(しんちょう)に進む男がいた。

 その男の名はヒグレ。

 彼の歩みに迷いは一切無かった。

 迷宮の創造主である彼にとっては、すべての経路が慣れ親しんだ道であった。

 だが、ヒグレは階段を降りてすぐに足を止めた。

 床に視線を落とし、(あご)に手を当てて「むう」っとうなった。

 彼が見つめる床の上にはモンスターの身体の一部が転がっている。


「これで、七十二体目か」


 視線を正面に戻すと、左右の石壁にはおびただしい量の黒い液体がべったりと塗りたくられており、進む先はモンスターの死骸で埋め尽くされていた。


「おいおい……。ここを通った奴は化け物か」


 ため息まじりに凄惨(せいさん)な光景の感想を吐き捨てたヒグレは仕方なく死骸(しがい)の山を踏み進めていった。

 ヒグレが一歩踏みしめたその時。


 カシュッ。


 空気を()る音がした次の瞬間、壁の隙間から射出された矢がヒグレの顔めがけて飛んできた。

 だが、ヒグレは頭の角度を少しずらしただけで矢をひらりとかわした。

 直後、次々に連動して作動する音が通路内に響き渡った。


「おいおい。勘弁してくれよ」


 ドン!

 ガシャン!

 ドドドドドド!!

 バシュッ!

 グシャ!

 ズドォォォン!


 迷宮内に仕掛けた大量の罠がヒグレに襲いかかる。

 罠が全弾出し尽くした頃には舞い上がった(ほこり)で視界最悪になった通路に四つん這い状態のヒグレが、荒い息を吐きだす哀れな姿があった。


「初見殺しの罠を仕掛けるにも限度ってもんがあるだろ!

 誰だ! こんなアホみたいな罠を仕掛けまくった大馬鹿野郎は!」


 自分が()いた種にしてやられたヒグレは衣服に付着した埃を(はら)い、冷静になった途端、ある違和感に気づく。


(しかし、妙だ。

 これほど大量のモンスターと戦った痕跡(こんせき)はあるのになんで罠は作動しなかった……?)


「まさか、罠を一つも作動させる時間も与えずにモンスターを蹴散らして、ここを通ったというのか……?」


(そんな馬鹿なことがあるか)


 ヒグレは口元を(ゆが)めた。


(だが、しかし、そんな馬鹿な芸当(げいとう)ができるヤツを、俺は知っている──)


 ヒグレの脳裏に真っ先に浮かんだのは、幼女の姿を身に(まと)った死神であった。

 その死神が鬼騎士とともにどこかへ消え去った後、迷宮を監視するために設置した魔法道具はほとんど使えない状態になってしまっていた。

 その原因も恐らくあの女の仕業だろう。

 それ以外に当てはまる答えは無かった。


 ふと、通路の片隅に横たわる一人の女の亡骸が目に留まり、ヒグレは遺体のそばに歩み寄る。

 手元に瓶を顕現させると、コルク栓がブロック状の粒子へと変わり、コルク栓のみが消え去った。

 ヒグレはおもむろに瓶を亡骸の真上にかざし、瓶を逆さまにしてひっくり返した。

 瓶の口から緑色の液体が勢いよく(こぼ)れ落ちていく。

 途端、液体を浴びた遺体の表面がぴくぴくと動き出した。

 切り離された二つの遺体の断片が結合し、遺体に刻まれた無数の傷が綺麗に消え始めた。

 止まっていた女の心臓が、体内を駆け巡る血の流れによって活動を再開し、どくんと女の鼓動を打ち鳴らす。


「──……っ」


 数秒前まで死者だった女の目蓋がぴくりと動き、ゆっくりと目を開けた。

 女はむくりと半身を起こすと、身体のあちこちに触り始めた。

 ヒグレは腰を下ろしてしゃがみこみ、目を細めて女の顔を見つめながら口火を切る。


「死から甦った感想は?」


「?、……ぁぁ……」


「ああ、すまない。無理に喋らなくていい」


 困った顔を浮かべる女にヒグレは足元にあった小石を拾い、女に差し出した。


「これを使って、文字とか書けるか?」


 女は震えながらも小石を手に取ると、床面に石の先端を当て、ゴリゴリと削り始める。

 その様子をヒグレは静かに見つめた。


【少しだけ】


 床に掘られた文字を目にしたヒグレは「よし」と頷いた。


「ならば、きみの名前は?」


 女はたどたどしく手を動かし、新たな文字を刻みつける。


【メ】【イ】【ナ】


「メイナか。俺はヒグレだ。よろしく」


 そう言い、ヒグレは腰をあげつつ「早速で悪いが、動けそうか?」と訊ねた。

 女は言葉を床に刻もうとしかけたが、ヒグレはその時点で呪文詠唱を始め、目の前に魔法で構築した鉄扉があらわれた。


「この扉の向こうは迷宮の外に通じてる。

 外が安全かどうかは保障できないが、ここよりマシだろう」


 そう言い、ヒグレは杖を顕現し、メイナに差し出した。


「きみのお仲間達もすでに脱出している。

 きみも早くここから出たほうがいい。

 ここにいても、化け物の戦闘に巻き込まれて死ぬのがオチだからな」


 杖を受け取ったメイナは生まれたての小鹿のように脚を小刻みに震わせながら、杖に重心をかけてなんとか立ち上がる。

 その姿を見て取ったヒグレがこの場を離れようと背を向けた途端、女が声を発した。


「あな、あなたは……逃げ……ないの?」


 すると、ヒグレは肩越しに振り返り、複雑そうな表情を浮かべ、口角の(はし)を少しあげた。


「俺には果たさないといけない“約束”があってね」


 そう言い残し、ヒグレは通路の奥深くヘと走り去って行った。

 迷路のように入り組んだ通路を抜け、淡い水色に輝く鉄の門の前に辿り着く。

 ヒグレは逡巡(しゅんじゅん)(すえ)、門にそっと手を置いた。

 重々しい音とともに門が開かれ、広々とした空間にヒグレは躊躇(ちゅうちょ)なく足を踏み込んだ。

 広間は床や壁、天井に血管のような管が張り巡らされていた。

 管の中を淡い輝きを放つ水色の液体が通っていて、そのすべての管が中央のガラスケースに直結している。

 透明のガラスケースのなかには一糸まとわぬ少女の姿があった。


「久しぶりだな。ジュピー」


 まるで童話に登場する眠り姫のように目を閉じ、三角座りをした姿勢で液体のなかに身を委ねている少女のもとへ歩み寄ったヒグレは冷たいガラスに手を当て、遠い眼差しを浮かべた。


「お前に……最後の仕事を与えに来た。


 もう終わらせよう。

 俺たちの“夢”を──」

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