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61 外れ者同士

 迷宮(ダンジョン)には様々な(トラップ)が仕掛けられている。


 一度踏み入れば扉が施錠され、そこに座する上位のモンスターを倒さない限り、脱出できない部屋。

 踏むと床が抜けて落とし穴になったり、坂道をのぼれば巨大な岩が転がり、そのまま下敷きにしてしまったり……など様々な罠が挑戦者を待ち受けている。


 迷宮の挑戦者をあらゆる手段で罠に()め、発狂させる。

 俺の仕事だ。


『ダンジョンマスター・ヒグレ』


 そう呼ばれるようになったのはいつからだったろうか。

 少なくとも性格が歪んだ男になっちまった原因は分かる。

 エリート弁護士一家に育ったものの、受験戦争に敗北し、なりたい仕事にも就くことができず、安月給の仕事をしながら、勝ち組の幸せっぷりを配信やTVなどで見てはSNSに誹謗中傷コメントを振り撒いてネットをとことん荒らしまくった。


 40代を超えると、同級生は結婚してガキをポンポンと生んで、リア充ライフを謳歌(おうか)している。

 俺はそいつらになれなかった妬みを糧にしてゲームにのめり込み、なかでもVRオープンワールドRPG《灰と彼方の明日(アスタリオン)》にどっぷり浸かっていた。

 とくに拠点建築が楽しめるハウジングシステムは俺の休日を丸々消し去った。

 気軽に始めたストレス発散の娯楽だったが、その結果、俺はハウジング機能によるダンジョン生成が得意であることがわかった。


 どうやら才能とは意外なところで覚醒するらしい。


 生成してフィールド上に設置したダンジョンはオンライン接続すれば他のプレイヤー達と共有・公開することができた。

 俺は何の気なしに生成したダンジョンを公開してみた。

 すると、思いのほか反応がよかった。

 ダンジョンの出来に感服する奴らが続々と現れ、『弟子にしてください』とメールしてくる輩まで現れた。


 まんざらでもなかった俺はオフラインイベントに参加し、何人かと連絡先を交換した。

 そのなかで出会ったのが、中島愛だ。

 補足すると中島愛という名前は本名ではないらしい。

 若手女優の名から取ったというが、彼女の性格から察するにおそらくその場のノリで適当につけたのだろう。


……しかし、まさか現役の女子高校生と連絡先を交換する仲になるなんて、人生とは分からんものだな。


 リアルでは健全な女子高生をしているが、『アスカナ』内ではプレイヤーキルを趣味とする極悪非道なプレイヤーに変わる。

 話し方もリアルではたどたどしいが、ゲーム内ではお嬢様口調に変化する。

 正直、どっちも別人なんじゃないかと勘繰(かんぐ)ってしまったが、大きな共通点が一つあった。


──“ウサギ”だ。


 リアルではウサギの姿をしたピンク色のふわふわとした生地のリュックサックを背負い、ゲーム内ではアバターキャラがウサギの亜人族。

 リアルとゲームで二面性をもつ彼女だが、ヒトのことは言えない。

 俺だってゲームのなかでは非情なプレイヤーになりきってるからな。


 中島愛が俺に近づいた理由はただ一つ。

 俺が得意とするダンジョン生成スキルだ。


 彼女の目的は()()()()()()()()()こと、らしい。

 連れてきたNPCをあらゆる罠でいたぶる拷問部屋をいくつも用意し、彼女のお気に入りNPCをそこに閉じ込める。

 最初、彼女からそれを耳にした時はゾッとしたもんだ。

 だが、その気持ちは理解できなくもない。

 人間、生きるには定期的な“ガス抜き”が必要だ。


──こうして、俺達は『先生』と『生徒』の間柄になった。


『師匠』と『弟子』と表現したほうが正しいんだろうが、俺達の関係性をあらわすうえで『先生と生徒』と表現するほうが、どこか背徳的(はいとくてき)で、禁断な関係めいていて、そっちのほうが言葉のニュアンス的に一番適してると思ったからである。


 リアルでも何度か会うようになり、交流も増えていった。

 そしてある日、彼女は唐突に告げた。


『先生、わたし妊娠したみたい』


 それはあまりに突然の告白だった。

 俺と彼女の間にできた子供ではない。

 どこぞの男と遊んだあげくにできてしまった若さゆえの過ちというヤツだ。


 俺が彼女にしてやれることは無かった。

 彼女にかける言葉も見つからなかった。

 彼女は俺と一緒に子供を育てたいと言ってきた。

 無論、俺は断った。

 家族との縁を切った身で、自分を(やしな)うだけでも精一杯の生活なのにガキの面倒も見るなんて、俺には到底無理だった。

 俺なりに言葉を選んだつもりだったが、彼女は相当(そうとう)ショックだったのだろう。


 それから数か月後、彼女は子供を()ろした。


 俺はその一件から『アスカナ』にログインすることはなくなり、仕事にも行かず、死んだように部屋の中でただ呼吸するだけの日々を送るようになった。


 そんなある日のことだ。

 テーブルの上に置きっぱなしだったスマホのバイブ音が突然鳴り、俺は何の気なしにスマホを手に取った。


 画面上に表示されたのは『アスカナ』からのお知らせメールだ。

 なんでも、Ver2.0のアップデートによる新機能が本日実装されたらしい。

 俺はその新機能に目を見開く。


【アスカナの地で第二の人生を! 第三弾!!

 新機能:親族NPCを作成し、第二の家族をつくろう!】


 そのアップデート内容を見るなり、俺は何を思ったのか、何かに取り憑かれたかのように『アスカナ』へすぐさまログインし、新機能を(もち)いてNPC作成に没頭した。


……そして、とうとう作ってしまった。

 自分の()()を。

 いるはずのない息子を──。

 俺は仮想世界で生み出した息子に名を与えた。

 彼女と話した何気ない会話を思い出しながら……、


『いつかはわたしも誰かと結婚して、子供を作りたいですね』

『ふぅん。子供、ねぇ』

『先生は興味ない感じですか』

『ん~。俺はそういうの、違うから』

『違うって、なにがですか』

『俺のことはいいから。

 でももし子供ができたら、その時に備えて名前とかよく考えておいたほうがいい。

 その子供が一生背負う名前になるからな』

『そうですねぇ~。それじゃあ……こういうのはどうです?』


 この時、彼女は悪戯な笑みを浮かべ、いくつかの名前を候補として挙げた。

 どれもがふざけた名前ばかりで俺は彼女のからかい性に呆れつつ、しかし、いつの間にかお互いに笑いあっていた。

 当時の記憶を思い返しながら、俺は作成したNPCのキャラクターネームを打ち込む。


【ピスケ】


──これが、俺とNPCの息子との奇妙な二人暮らしの始まりだった……。

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