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60 逃走

「聞かせてほしいな。

 きみにどのような知恵が集まり、どのように準備をし、この状況をどのようにして作り上げたのか」


 リクトは(つか)みどころのない麗人(れいじん)(うす)ら寒いものを感じた。

 この人と話を続けてるだけで、心をかき乱される。

 このままじゃよくないほうに転がる気がする。そんな予感がした。


「あなたにそれを教える義理はありません」


 フッと仮面越しに笑う麗人。


「確かにな。ではこうしよう。

 教えてくれたら、きみたち鼠を全員解放すると約束する」


「「!」」


 麗人からの提案にメアとリクトの肩がぴくりと反応する。


「マスター! これは罠です!」


 メアが焦りに満ちた声をあげ、リクトは黙って頷いた。


「まだ分からないのか。この状況はどう考えてもきみの勝ちだ。

 私がきみを騙し、形勢逆転したとして、私になんの得がある?

 またくだらないゲームが始まるだけだ」


 眉をぴくりと動かすリクト。


「『くだらない』って、これ……あなたが始めたゲームですよね?

 いくらなんでも無責任すぎませんか?」


「状況が変わったのだよ」


 途端、麗人の声のトーンがやや重くなった。


「命が(ほとばし)るゲームは好きだ。

 だが、それよりも私の興味を引く存在があらわれたのだ」


 そう言って麗人はとある方向を指差した。

 その先にいたのは──


「きみだよ。蒼髪の少年。

 きみがあらわれたから、私の計画も急遽変更せざるを得なくなった。

 よって、もうこのゲームにはなんの価値もない」


 麗人の一言にリクトは激しい怒りに身を震わせた。


「あなたは人の命をなんだと思ってるんですか?!」


()()だよ」


 麗人は感情が宿っていない幽霊のような声でそう言いきった。


「他人が所有する土地、保有する財産、着る衣服と同じ理屈だ。

 命も所詮、他人が所有しているモノの一つにすぎない。

 そのなかでヒトは命というモノに最上位の価値を見出している。

 命のためならば、ヒトは予想だにしないことを引き起こす。

 だからこそ、ヒトという生き物は面白い」


 仮面の奥から麗人の瞳が赤く揺らめき、妖光を放った。

 リクトの胸の中に広がっていた靄が消え去り、予感が確信に変わる。


「やはり、あなたは()()()()()()んですね」


 メアが驚きの表情を浮かべる。

 当然の反応だ。


「ほう、驚かないのだな。

 最初から私が人間ではないことを知っていたように見える」


「あなたのことは知っていました。

 ネット……()()()()()()で」


 (ほこ)らしげに言ってはみたが、リクト自身たいして誇れることではなかった。

 ネタバレを避けてプレイするタイプだった釘宮凜來がある日偶然見てしまった考察動画に彼女の情報が含まれていたのだ。

 その動画のタイトルが──


『【アスカナ】実装予定の新ボス全員まとめ解説』


 動画のサムネイルにされていたイラストが、麗人の姿に酷似していた。

 男装に身を包んだミステリアスなビジュアルに心を射貫かれた釘宮凜來は魔が差して動画を見てしまったのだ。


「ほう」


「ラヴィナス・クロエネン。

 皇帝の側近というのは表の姿。

 あなたは皇帝の命令で各地に眠る秘宝を集めているが、ほんとうの目的は違う。

 あなたの目的は大陸中に鎮座するすべての神を殺すこと。

 そして神の座を奪い取り、世界を混沌に落とそうと企んでいる」


 メアは口をぽかんと開けている。

 だが、一番衝撃を覚えているのは麗人のはずだ。

 何をやろうとしているのか知っている人物が目の前にいるのだから。


「フフフ……ハハハハハハハッ!!」


「「?!」」


 麗人が突然高らかな笑い声をあげた。

 二人の背筋に悪寒が走る。

 麗人はひとしきり笑い終えると、息を整えながら声を吐き出した。


「きみは、ほんとうに面白い。

 どこからその情報が漏れてしまったのか、突き止めたいところだが、それはひとまず置いておこう」


 すると麗人は再び淡々とした声のトーンに戻っていく。


「神の座を奪う計画は確かにあったが、途中で馬鹿らしくなって断念したのだよ。

 現在は別の計画を進めている」


 麗人の発言にリクトの口から動揺の声が漏れた。


「いい表情だ。

 すべての事象を把握しているわけではないのだな。

 ならば、今の私が何をしようとしているのか、知りたいか?」


「……話してくれるのか?」


 ピクッ、とメアの馬耳が動く。


「ああ。勿論(もちろん)──」


 そう言って麗人は(えり)を掴んだ。

 直後、メアが張り詰めた声で叫んだ。


「マスター! 逃げて下さい!」

「え?」


 どうしてメアが叫んだのか、リクトは数秒遅れて理解した。

 麗人が掴んだ襟を下げた途端、隠れていた首元があらわになる。

 そこには()()()()()()()()()()()()()()()があった。

 異様な光景にリクトは顔を歪めた。


「きみが長話(ながばなし)をしてるあいだに詠唱は済ませた。

 あとは私が一言、魔法名を口ずさむだけだ。

 こんな風にね──」


 片割れの唇がニタリと笑い、麗人の首元からヒトとも獣ともつかぬ悪魔のような低い声が響いた。


「──《漆黒の太陽(ドゥンケルハイト)》!」


 直後、黒い閃光が周囲に(ほとばし)った。

 咄嗟(とっさ)にメアはリクトに抱き着くと、その勢いに任せて麗人のいた特別席から飛び出し、通路にドタッとリクトを押し倒した。

 その場に取り残されたスタッフらがその光に触れた瞬間、青白い炎が着火し、我に返ると一斉に叫び声をあげ、悶え苦しみ、焼け焦げた死体となってバタバタと次々に倒れていく。


 メアの洗脳支配魔法が解かれたユノスが、きょろきょろと辺りを見回す。


「一体どうしたの」


 麗人が通路に赴く。

 だが、そこにはがらんとした通路があるだけだった。


「逃げられてしまったか」


 すると、観衆の困惑に満ちた声が会場を満たした。

 ユノスとラヴィナスが特別席からステージを見下ろすと、鼠役の参加者たちが全員姿を消してしまっていた。

 全員分の転移門(マジック・ゲート)を残して。


「お前がやったのか?!

 鼠を勝手に脱出させるなど、(おきて)を破る行為だぞ!」

「違う! 俺は何もしてない!」

「そういうお前こそステッキを持ってるじゃないか!

 お前が逃がしたんじゃないか?!」

「貴様っ! 私に罪をかぶせるつもりだな!」


 階下ではスタッフ達が揉めている。


「してやられたようだな」

「なにがあったの、姉さん」


 麗人はユノスからの問いかけには答えず、小さな金属製の球体を片耳に当てる。


〈きみのゲームは終わったかい?〉


「……メルキスか」


〈きみが主催した特別ゲーム、楽しく拝見させてもらったよ。

 でも、そろそろ“時間”だ。

 ここからはボクが指揮らせてもらうよ〉


 直後、我を取り戻していまだフラついている運営スタッフ達の耳元に小さな球体があらわれた。


〈警備兵、さらに外部からの傭兵に()ぐ。

 鼠が町に辿り着くまでに必ず始末しろ〉


 メルキスからの命令を受けた警備兵全員が一斉にマントを翻し、会場から次々と消え去った。


「やれやれ」


 ステージの下で泣きながらうずくまり続ける《北の猿男爵(ノース・マンバロン)》の横を《迷宮の醜い怪物タウルス・ラビュリントゥス》が、ぼやきながら通り過ぎる。


「なめられたもんだねぇ」


 鼠達が消え去り、誰もいなくなった空間を一瞥(いちべつ)した《迷宮の醜い怪物タウルス・ラビュリントゥス》は《北の猿男爵(ノース・マンバロン)》の丸まった背中に視線を落とし、彼の首根っこを掴んで持ち上げた。


「なななななななにするんだ!? 離せ! 離してくれぇ!」


「なに。取って食うわけじゃないんだ。そう(わめ)くな」


 そう言い、《迷宮の醜い怪物タウルス・ラビュリントゥス》は彼のフロックコートを強引に引きはがし、まるでゴミを捨てるように彼を床へポイッと投げ落とした。

 床に叩きつけられた彼は小さな悲鳴をあげる。

 その一方、《迷宮の醜い怪物タウルス・ラビュリントゥス》はステージにあがりながらフロックコートを自身の肩にかけ、麗人のいる特別席のほうへと振り返り、麗人に告げた。


「ゲームは、もう終わったんだろう?」


「……ああ。

 もう茶番はお終いだ」


 すると、《迷宮の醜い怪物タウルス・ラビュリントゥス》が仮面越しにフッと笑う。


「その言葉をずっと待ってたよ」


 《猛牛面(ミノスマスク)》の大男はフロックコートをバサッと大きくなびかせ、魔法名を唱えた。


「我、(ことわり)(ゆが)める者なり。

 理の神よ、(なんじ)の力をもって、我をあるべき場所に戻したまえ。

──《翼なき者の羽ばたき(シュトラオーレ)》」


退場(フォラク)幻影遺跡(ヴェリトラム)》」と魔法名を唱えた瞬間、風を切る音とともに《猛牛面(ミノスマスク)》の大男はその場から姿を消した。


「つまらない催しだ!」

「まったくですわ! 今年のゲームは最悪でしたわ!」

「まぁ、私個人としては去年よりかは楽しめましたがね」

「これでは当分、女も買えん……くそっ」

「金はきっちり返してもらうからな!

 これは鼠狩り(カカラトス)開催して以来の大問題だぞ!」


 観衆は文句をブツブツと吐きながら黒い傘を差し、次々と消え去っていく。

 その結果、会場内には泣きじゃくる《北の猿男爵(ノース・マンバロン)》と、客が去り、がらんとした観客席に集まった《弑階白剣(シカイビャッケン)》の三名、そして麗人とユノスのみとなった。


「で、次はどうするの?」


 気だるげな声を発したのは鼻長の仮面を被った青年。

 鼻長仮面の青年は(ひら)いた本の(ページ)全体に目を通し、次の頁をめくるを繰り返している。


「……あたし、もう帰りたい」


 気弱そうな若い女性がかぼそい声で力なくつぶやいた。

 女の顔には黄金色のラインで◇のシンボルが施された暗黒色の仮面、華奢な身体で白いドレスとつばが広めの帽子を身に着け、首に巻いた朱色の細いマフラーを前に垂らし、退屈そうに自身の爪先を見つめている。


「依頼は済んだ」


 麗人はそう告げて仮面を外し、去り際に黒闇の瞳が床にうずくまっている《北の猿男爵(ノース・マンバロン)》を一瞬捉えると、鎖の束に全身を包まれた男に視線を移す。


(蒼髪の──なぜ誰にも話したことのない私の計画を知っていたのだ……?

 だが、その場で思いついた嘘にまんまと騙されてくれたのは助かった。

 今後はもっと慎重に動かねばな……)


「……ここにもう用はない。

 我々も去るとしよう」


 麗人の一言を合図に一人一人が会場をあとにし、闇の中に次々と溶けていく。

 しかし、鎖の男は立ち去る素振りを見せず、麗人一行が去ったことを確認すると、ゆっくりとした足取りで《北の猿男爵(ノース・マンバロン)》のほうへと歩み寄る。


──途端、ジャラリと鎖の音が会場に響き渡った。

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