08 予定通り、予定外
リーズ城跡の崩れ落ちた床の底にぽつんとある地下空洞──
リクトはロープを伝い、地の底に降り立った。
天井は崩れて吹き抜けになっている。
頭上を見上げると、刻々と色を濃くしていく夕空。
そして、上からこちらを覗き込むモモカさんの顔が小さく見えた。
「うっわ。たっか……」
「リクト様ぁー! 降リられマしたかぁー?」
「はーいっ! バッチシですー!」
「先ほども申しマしたが、気をつけテくださいねぇー!《ワイヴァン》の生き残りがまだイるかもしれませんから!」
「わかりましたぁー!」
周囲に目をやると、辺りには《ワイバーン》のものと思われる骨の残骸が、そこかしこに散らばっていた。
「あいつ、消化早すぎだろ……」
残骸の中心に一点、橙色に光る小さな物体が転がっている。
手のひらほどの小さな彫像だ。
拾い上げてじっくり観察してみると、《ピョンチュー》の形をしていた──《ビッグ・ピョンチュー》の成れの果ての姿だ。
「《ビッグ・ピョンチュー》! ゲットだゼ! ……なんちゃって」
圧倒的低クオリティなサ■シのモノマネをかまして振り返ると、そこにはモモカさんが目の前に立っていた。
「「……」」
……沈黙が気まずいよ!
「お、お探しのものワ……見つかりマしたか?」
「あ、はい! ありましたっ!
さ、さぁ~戻りましょっか!」
恥ずかしさのあまり、思わず裏声で答えてしまった。
「そ、ソウですね! そろそろ“空が眠る”頃合いデすし」
──そうして、リクトはモモカさんとロープを登った。
モモカさんは降りてまだ1分も経っていなかったが、彼女に気を配る余裕など今のリクトにあるはずもなかった。
* * *
雲一つない夜空の下。
リクトは《ワイバーン》討伐完了を報告すべく、モモカさんと共に騎士団本部のある町バイセルンへと向かっていた。
リクトは自然と御者席に腰かけた。
もちろん馬車の操縦経験は無い。
手綱はモモカさんに任せた。
──ちらりとモモカさんを見やる。
彼女の横顔は、まるで映画のヒロインのように儚げでありながら、温かみがあって、彼女の存在そのものが眩しく見えた。
「──この度は《ワイヴァン》討伐にご協力下さリ、心ヨり感謝申シ上げます」
「あい、いいえ! ぼくもこの世界に来て、試したい事があったので丁度よかったです」
「……」
モモカさんは不思議そうにリクトの顔をじっと見た。
「? な、なんです?」
すると、モモカさんは我に返り、じっと見つめていた事を謝った。
「『この世界』なンて言葉ヲ口にする人ワ、思想家か詩人……あるいは思い上がりノ王様くらいデす」
しまった。またゲーム感覚のノリで言ってしまった……!
発言には注意せねば。
気を引き締め直してモモカさんに顔を向ける。
さっきまでの柔らかい表情から一転して、彼女は真剣な眼差しに変わっていた。
「……でも、リクト様ワ平然とした顔でソノ言葉をおっしゃった。やはリ、本物ワ違いますね」
人生初の異性と二人きりイベント──
女の子とこれほど近い距離になった事って、今までの人生で、あっただろうか……。
答えを導きだす余裕なんてリクトにはあるはずが無い。
心臓は痛いくらいに跳ね上がる。
「あのう、リクト様。一つお尋ねシても宜しいデしょうか?」
こちらの焦りを知ってか知らずか、モモカさんは話題を変えてくれた。
「は、はい! 自分に答えらえれる範囲でしたら!」
「先ほどのモンスターのことデすけど、あれワ何もない所から現れましたが、時間が経つと姿ヲ消しました。そのカラクリを教えテくださいませんか?」
「あーこれですか?」
リクトは服のポケットから小さな彫像を取り出す。
それを目にしたモモカさんは首を傾げた。
「……“彫刻”?」
「被造物人形って言うんです。ぼくみたいな職業にはこれが必需品なんです」
「リクト様の職業って何なのデすか?」
片手に握りしめた被造物人形を彼女に見せたのち、月明りに照らされたリクトは照れ笑いして口を開いた。
「──“《召魔銃士》”です」
《アスカナ》では、沢山の《召喚士》が活躍していた。
召喚獣を召喚する際に主に使われるアイテムは長杖であったり、剣や斧であったり、召喚アイテムは多種多様。
所持する召喚アイテムによって、ステータスも変化し、戦闘スタイルも大幅に変わる。
リクトの場合、戦闘に不慣れという事もあり、銃を選んだ。
それが、リクトが《召魔銃士》になった経緯である。
ゲームの要素を省いて《召喚士》や召喚獣のことをモモカさんに一通り教えると、モモカさんは伏し目がちにつぶやく。
「……ガンサマナー。初めて聞きました。そういう職業もあるのですね」
途端、彼女は少し顔を暗くし、小さく肩を落とした。
「ソノような事ができるのデしたらもっと早く……いいえ、なんデもゴザいません」
モモカさんの言わんとしてる事はわかる。
自分も魔導拳銃を最初から出せると知ってたら、すぐに使っていたと思う。
けれど、《ビッグ・ピョンチュー》は目の前の動くモノすべてを呑み込む。
すなわち一撃必殺の大技。
空を飛行する《ワイバーン》の群れを一口でたいらげるには、閉じ込められた空間におびき寄せるしかなかった。
「……ですが、あなた様ワ子供達ヲ助けてくれました。
このご恩ワ決して忘れマせん」
そう言い、モモカさんは頭を下げた。
再び顔をあげた彼女の顔には先ほどの堅さはなく、まるで憑き物を落としたように晴れやかな顔に変わっていた。
「心より感謝致しマすっ!」
けれど、その目元はほんの少しだけ濡れていた。
もしかして……モモカさん、泣いてる……?
「あなたが正シき心ヲ持つ人で、本当に、ほんとうにヨかった……」
心中を吐露するかのように胸に手を当て、独り言ちる彼女を見ていると、不思議な思いにさせられる。
時には身を震わせ、時に笑い、時に泣いて──
ほんの数時間で様々な表情を見せた彼女と一緒にいると、彼女のことをNPCとしてはとても見れなかった。
“個”を持った立派な一人の人間だ。
「──Astanoit'gam!」
突然響いた男の怒号。
リクトが振り返ると、後方から迫り来る馬に乗った騎士達の姿が見えた。
視線を正面に戻したその時、騎士達の馬が荷馬車の行く手を塞ぐ。
あっという間に両側から挟み撃ちにされ、逃げ場もない。
リクトは苦い顔で騎士達を睨んだ。
……くそっ。一難去って、今度は何?!