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58 変革の一手

 風に吹かれて葉が揺れ動く──

 すると、今度は先ほどよりも葉が大きく揺れた。

 地面を踏み鳴らす猛獣の足音が森のなかにこだまする。

 猛獣は進行方向にある木々などお構いなしに次々と木をへし折り、なぎ倒していったが、ふいにぴたりと動きを止めた。

 獣の荒い息遣いがバンダナ少年の顔にかかる。

 猛獣は追い込んだ獲物に襲いかかるタイミングを今か今かとよだれを垂らしながら待ちわびる。

 途端、獣の背中に騎乗していたトサカ頭の男がむくりと立ち上がり、眼前にたたずむ標的をねっとりとした眼差しで見据え、ニタリと笑った。


「追いかけっこはこれで終わりか? 坊主」


 岩肌にもたれかかり、逃げ道を失ったクレンスはしどろもどろになりながらも答えた。


「お、終わりなんかじゃねえ! ただ休憩してるだけだっての!」


 トサカ頭の男はケッと笑い、唾を勢いよく吐き出す。


「確かに休みは必要だよな」


 そう告げたのち、トサカ頭の男は「ならよ」と言って鞭をふるい、四足獣の背中に鞭の一振りをお見舞いする。


「グオオオオ!」


 猛獣は唸り声をあげ、一本の前足を振り上げた。


「兄ちゃん優しいから、これ以上ムダな抵抗しねぇようにたっぷりと休ませてあげるからなぁ!」


 鋭く尖った猛獣の爪が空気を切り裂き、真下に立つクレンスめがけ、獣の爪が一気に振り下ろされた。

 瞬間、トサカ頭の男はクレンスの口元がしきりに動いてることに気がついた。


(? こいつ、今なにか言って──)


 気づいた時にはすでにトサカ頭の男は自分の左腕がなくなっていた。


「……な?!」


 トサッ、と男の左腕が地面を覆う草の上に落ちる。

 高速で移動する物体が、トサカ頭の男の背後に迫り、男はすんでのところで身をよじることで正体不明の攻撃を回避した。

 物体は回転しながらトサカ頭の男の鼻先をほんの少し切り裂く程度でかすめ、物体の持ち主のもとへと返っていく。

 物体の持ち主は高速回転するそれを容易く掴み取り、クレンスの前に姿をあらわした。


「ダイジョウブカ?」


 どうやら言葉は通じるらしい。

 クレンスは肩越しに話しかけてきた男を上から下まで視線を滑らせた。

 日に焼けた色黒肌で、三つ編みの長い黒髪を垂らした見るからに野性的な男。

 顔と半裸の肌には彼が重んじる宗教観の濃い化粧が施され、彼が握る左手には先ほど高速回転斬りを披露した剣が見える。


 通称、『悪魔の爪』とも呼ばれる両刃剣の一種で、刀身の先端が三日月型に曲がっており、使い勝手が悪い武器とされているが、この男はそれをブーメランのように軽々と投げ飛ばしてみせたのだ。

 常人ではない。


「ひぃっ! お、おれの、おれの左腕があぁああ!!」


 トサカ頭の男の泣き叫んだ声に片言の男が反応を示し、視線を彼のもとに戻すと、片言の男は口火を切る。


「ツギワ、カクジツニ、オマエノアタマ、オトス」


 誇張でも冗談でもなかった。

 殺しの断言とも受け取れる一言にトサカ頭の男は苦虫を噛んだような顔をしながら猛獣を操り、森の奥へと退散した。

 ふぅ、とクレンスは安堵のため息を吐くと、片言の男に感謝の言葉を告げた。


「タイシタコトワ、シテイナイ。

 マスターノシジニ、シタガッタ。ソレダケダ」


 片言の男はそう口にしながら、指先にとまった蝶をじっと見つめる。

 クレンスはその姿を好奇に満ちた視線で見やる。


「どっからどう見ても人間だ。

 おじさん、ほんとうにリク兄の召喚獣なの?」


「オレワ、オレダ。

 オノレノシンジタモノニ、チュウギヲツクシテルダケダ」


「しゃべってる~! やっぱすげぇ~」


 クレンスを一瞥し、自分の信条を述べる片言の男だったが、当のクレンスは興奮ぎみのご様子で二人の会話は一方通行だった。


「……ソレト」

「?」


 意味深につぶやいた片言の男に対し、小首を傾げるクレンス。

 片言の男はバンダナ少年から目を離すと、クレンスが目指す方向を歩き始めた。


「オレワ、オジサン、デワナイ」

「!」


 意外な一言にクレンスは目を見開く。


「オレノナワ、キマリス・ジェイグ。

 トシワマダ、ニジュウニ、ワカモノダ」


 クレンスは数秒間、片言の男をじっと見つめ、にんまりと笑った。


「よろしくな! ジェイグ」


 こうして、頼もしい仲間を得たクレンスは先導役を務めたジェイグのあとを追いかけるのだった。



* * *



「ぬわあああああ!!」


 大人しげな少女から解き放たれた獣に追いかけられ、死に物狂いでステージ上を貴族の男が駆けまわる。

 その滑稽な姿を上流階級である紳士淑女は嘲笑うどころか、突如あらわれた獣の威圧感に圧倒され、仮面の下の口はぽかんと開きっぱなしだった。


 獣の咆哮(ほうこう)が轟く。

 ついにステージの(はし)()いやられ、逃げ場を(うしな)った《北の猿男爵(ノース・マンバロン)》はこの場が戦いの場であることを忘れ、生存本能に従った結果、彼の身体はステージの外へと飛び出していた。


「試合終了!!」


 審判役のかけ声に横入りして獣の唸り声が会場に響き渡る。

 獣は高まった闘争本能を抑える事ができず、今にもステージ外へと飛び出し、会場の客に襲い掛かりそうな勢いだ。


「試合終了!! 試合、終了!!」


 審判役が何度も声をあげ、楽器のスタッフ達は巨大ドラムを何度も打ち鳴らし続けた。

 獣が犬のように細長い口を開き、ステージ外にうずくまる《北の猿男爵(ノース・マンバロン)》をたいらげようとしたその時──


 アイシャがふらりと倒れた。


「──ッ!?」


 それに反応してか、獣は一気に大人しくなり、ステージ内に戻ると、全身がみるみる塵となり、会場から姿を消した。

 静まり返る会場。

 逡巡の末、審判役が再び試合終了のかけ声を送る。


「アイシャちゃん!」


 ルース一行がアイシャのもとへ駆け寄り、ガーランドが彼女の状態を確認する。


「大丈夫だ。疲れて気を失ってるだけだ」


 ガーランドによる診断結果に安堵する女子組。

 ミトラは目を(ほそ)め、(なみだ)声でつぶやいた。


「まったく……。

 心配して寿命が10年も縮んだわ」


 マロンは膝の上にアイシャの頭を乗せ、彼女の頭を優しく撫でた。


「よくがんばった。えらいよ。アイシャ」


 三人の温かな光景に強面の男は突然肩を震わせ、顔を腕で隠した。


「もらい泣きか?」


 コワモテの傍らに立ったガーランドが彼に声をかける。


「こいつらを育てた兄貴が、この光景を見たら誇りに思うはずだ……。

 それを考えてたら、急に目にゴミが入っちまって」


 そう言い、強面の男は目から零れ出る透明な液体を何度も拭う。


「そういう事にしておこうか」


 ガーランドはそう言って、彼の漢としての尊厳を守ることにした。

 その一方、彼らの様子を冷淡な眼差しで見下ろす麗人がいた。


(蒼髪の少年以外にも召喚士がいた?

……いや、そんなはずはない。

 ならば、何故今まで召喚獣を使わなかったのだ?)


「! ……そうか。そういうことか)


 カチャッ。

 麗人の後頭部に硬い金属が当たる。

 その感触に麗人は仮面の下で一瞬、目を見開き、即座に理解する。


「ほう」


 麗人が肩越しにゆっくりと振り返ると、彼女の弟であるユノスが、魔導銃の銃口を彼女に突きつけていた。

 麗人の周りには8名のスタッフが取り囲んでおり、彼女を守るどころか、彼女に向けてステッキを構え、各々の術式が組み込まれた8つの魔法陣が麗人の周囲に規則正しく整列している。

 それはいつでも魔法を放てることをあらわしていた。

 いくら麗人が皇帝の右腕とはいえ、至近距離からの魔法による波状攻撃を完全に防御することは不可能。

 多少なりともダメージをいくつか受けることになる。

 麗人もそれを察したように抵抗を見せなかった。


 そこへ麗人の背後から二人分の靴音とともに蒼髪少年と彼の召喚獣である馬耳の少女があらわれ、麗人に告げた。


「ラヴィナス・クロエネン。

──あなたの“負け”です」

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