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55 ラビュリントスの怪物

 一戦目。

 鼠側のパーティリーダーは筋肉隆々(りゅうりゅう)の身体つきをした坊主頭の男だった。

 軽装の鎧で全身を包んだ彼の背中には使い古された大剣が一振(ひとふ)り。

 彼の肌には数々の傷跡があった。

 それは彼がいくつもの戦闘を経験し、生き残ってきた勲章(くんしょう)だと彼は(つね)に思っている。


 それに対して、鼠側のパーティリーダーは黒い肌の大男。

 全身に炎の刺繍(ししゅう)(ほどこ)しており、筋肉の(あつ)さは坊主頭以上だ。

 猛牛の頭部を()した鉄仮面で顔を(おお)っている以外に鎧らしきものは身に着けていない。

 《猛牛面(ミノスマスク)》の大男は首を左右に動かしながら、ポキポキッと小気味のいい音を鳴らし、対戦相手を見据える。

 舞台の端から互いの視線が見えない火花を散らした。


「神に選ばれた勇敢なる戦士たちよ! 答えよっ!

 “表”か! “裏”か!」


 互いのパーティリーダーに対して審判が問いかける。


「表だ」


 余裕に満ちた声で《猛牛面(ミノスマスク)》の大男が言い放つと、やや遅れて鼠側のパーティリーダーも大声で返した。


「裏だ!」


 鼠側のパーティリーダーは曲刀を握りしめ、力強い眼差しを保ちながらも、胸中では逃げ出したい衝動を抑えるのに精いっぱいだった。

 そんな彼の心境をもてあそぶように審判役の仮面男は金貨を投げ、目の前に落ちてきた金貨を手の甲で受け止め、もう片方の手で着地した金貨に(ふた)をする。

 一拍間を置いて蓋をした手を動かし、金貨の面を確認した審判の男が、仮面の下でニタリと怪しげに笑う。


「“表”です!」


 審判の男は金貨をかかげ、観衆に向けて高らかな声をあげた。

 途端、観衆の拍手が試合会場に響き渡る。

──試合方法はコイントスによって決まる。

 個人戦か、パーティ戦か。

 だが、狩人側のパーティリーダーが選んだのは意外な方法だった。


「試合に出るのは、()()()()でいい」


 途端、大男の一言に坊主頭の男がぴくりと眉根(まゆね)をよせる。

 すると、大男は坊主頭の男の方向を指さし、こう言い放った。


()()でかかってこい」


 大男の提案に鼠側は一斉にざわついた。

 その余計な一言が火種となり、坊主頭の男のパーティメンバーは堪忍袋(かんにんぶくろ)()が切れ、全員怒り狂った顔で舞台上を勢いよく駆けあがった。


「お、おい待て、お前ら! 無策に飛び込むな!」


 坊主頭の男の制止もかなわず、パーティメンバー達は大男めがけて突進を仕掛けた。


「試合、始め!!」


 審判のかけ声を合図に大男がぴくりと動く。

 だが、動き出すにはあまりに遅すぎた。

 対戦相手たちは大男の眼前にまで距離を縮めるや否や、それぞれが得意とする属性の魔法攻撃を発動し、集中砲火を浴びせた。


 ルール上、設けられた試合時間は10分。

 しかし、第一試合は砂時計の砂が落ち始めたところで、あっさりと終了した。


……敗北したのはなんと、()()()()()()()()()()()であった。


 《猛牛面(ミノスマスク)》の大男は全方位から魔法攻撃を浴びたにも関わらず、大男の身体にはかすり傷も無かった。


「そんな馬鹿な!?」


 動揺のあまり動きを止めた対戦相手たちを大男が手刀で一閃(いっせん)する。

 瞬間、取り囲んだ対戦相手たちの身体はまるで鋭利な刃物でスッと断ち切った紙切れのように真っ二つになり、彼らは何が起きたかも分からないまま、軽くなった身体が宙を舞う。

 狩人に立ち向かった勇猛な戦士たちは無残な死体となって、ばたばたと倒れた。

 ものの数秒で血の海と化した悪夢のような光景に坊主頭の男は(くず)れるようにして(ひざ)をつき、絶望に満ちた顔で敗けを宣言した。


「勝者! 《迷宮の醜い怪物タウルス・ラビュリントゥス》!」


 審判の勝利判定により、試合会場は盛り上がり、興奮と熱気に包まれた。

 だが、《猛牛面(ミノスマスク)》の大男は観客からの声援に耳を貸さず、首をポキポキと鳴らして舞台の階段を降りながら不満を漏らした。


「肩透かしだねぇ。

 これじゃあ、俺様の筋肉が喜ばないじゃない」


 麗人は特別席から見下ろし、彼を称賛する拍手を送った。

 しかし、その仮面の下では冷たい表情を浮かべていた。


(相手が弱すぎるのだよ)


 すると、麗人は一人のスタッフが背後へと歩み寄るのを察知して振り返る。


「蒼髪の子供は見つかったか?」

「いえ。まだ発見に至っておりません」

「そうか。……わかった」


 再び試合会場に顔を戻すと、麗人は仮面の下で顔を(くも)らせた。


(どこにいる?

 ここへ辿り着くまでに死ぬような小物ではないはずだ。

 このまま隠れ続けるのなら、ただ仲間の死体が増え続けるだけだぞ?)


 麗人の背中を彼女の弟であるユノスがじっと見つめる。

 姉の表情は仮面で見えないが、腕を組んで静かに佇みながらも、人差し指だけは一定のリズムで動いていて、しきりに二の腕を叩いていた。


(姉さんが、()()()()()()……?)


 はっきりとは分からないが、ユノスにはそんな気がした。

 これは血の繋がった弟のただの勘であるが、彼の推測は正解に近かった。

 しかし、麗人は自身の内側に(しょう)じた感情に気づくことなく、ただ試合会場を呆然(ぼうぜん)と眺め続けるのだった。



* * *



 死体となり果てた鼠側の亡骸が運営スタッフ達の手によって、次々と運ばれていくのをルースは複雑な面持ちで見つめる。


「次の対戦パーティリーダーは前へ!」


 審判のかけ声を受けたルースは舞台の上へと駆けあがった。

 対するは、帝国最強の牙とされる《弑階白剣(シカイビャッケン)》のうちの三名。


──《鼻長の貴公子(フィリスト・ノキア)》。

──《邪視の令嬢(シニョリーナ・バロル)》。

──《暗影牧師ハイドロゾア・ドレッド


 そして狩人側のパーティリーダーとして、舞台上にあがったのは恰幅(かっぷく)のいい体つきをした仮面の男。

 今まで姿を見せていなかった相手だけに油断ならない。


 さらに対戦パーティのメンバーには第一試合で会場を沸かせた大男・《迷宮の醜い怪物タウルス・ラビュリントゥス》の姿もあった。

 なんの因果なのか、《弑階白剣(シカイビャッケン)》を含めた五名の面々が、ルース達の対戦相手となって立ちはだかった。


(最悪な相手に当たっちゃったか。

 でも、こうなったらやるしかない……!)


 ルースは力強く頷き、自分を無理矢理奮い立たせた。

 審判の仮面男が投げたコインが、くるくると中空を舞う。

 観衆の視線を浴びながら、ルース、コワモテ、アイシャ、ミトラ、マロン、ガーランドを含めた6名の戦いが、いま始まる──。

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