54 血のトーナメント戦、開幕
鼠狩りの最終ステージ到来に出場者たちの胸中は様々だった。
賞金の上乗せに舌なめずりをする者。
血を血で洗う戦いに嫌気が差しつつも、生きるためにと眼差しを険しくする者。
ただ純粋に狩りを愉しみ、次の試合にうずうずしている者。
仲間の意気込みにつられ、ついてきたものの、これからおこなわれる戦いを想像して後悔している者。
その様子を特別席から眺めていたラヴィナスは仮面の下で恍惚とした笑みを浮かべる。
彼らからは見えない死角で握りしめた小型の球体に向かって、ラヴィナスはある指示をくだした。
すると突然、出場者たちの頭上に巨大な鏡があらわれた。
鏡面がぐにゃりと波打つと、暗がりのダンジョン内が映し出された。
その直後、ダンジョンの各壁がガコンと動いた。
それは壁の向こう、昏い闇から獣の唸り声が響いたかと思うと、次々に巨大な怪物が闇から這い出るように姿をあらわした。
タコのような巨大な頭部と粘液で濡れた鼠色の硬い皮膚に覆われた胴から無数の触手がうねうねと蠢いている。
腰からは無数の長い尻尾を垂らし、ずるずると尻尾をひきずりながら象のような太い二本足が巨体を支え、ゆっくりと怪物が進むたびに触手から滴り落ちた粘液が床を濡らし、軌跡を残していく。
異形の姿をしたモンスターの名を麗人は頭の中で唱えた。
(《グドトゥア》──
カーリース教が崇拝する《旧き神》が人類を滅ぼすために産みだしたせん滅兵器。
多くの個体は人類と他種族の同盟軍によって倒された。
その生き残りを一部の組織が保有しているという噂は耳にしていたが、やはりここにいたか)
すると、さらに別の巨大な個体がヌルリと顔を覗かせた。
指先に目を引く鋭利な爪をもった四本の足。
獅子のようなたてがみを生やしたワニの頭。
口からはヘビのように先端が二つに枝分かれした長い舌を突き出し、シューッと音をたてながら、ノコギリのような尻尾をゆっくりとくねらせて床を這い、捕食対象を探している。
まるでドラゴンに似たその姿の怪物は《リントオアム》と呼ばれる獰猛な性格のモンスターである。
そうして、次々とあらわれる凶暴なモンスターたち。
各階層のいたるところから耳をつんざく悲鳴があがった。
次々と凄惨な光景が鏡面に映し出されては切り替わる。
その地獄絵図を目にしたルース達はあまりの惨たらしい光景に思わず顔を背けた。
「『不参加』を選択した鼠の方々は“退場”とみなし、処分致します。
戦う意思がないという事は生き残る可能性を捨てたも同然ですから。
そんな鼠に生きる価値などありません」
坦々と告げる麗人の背後からフクロウの仮面を被った小男が慌てた様子で歩み寄り、彼女にそっと耳打ちした。
「ラヴィナス様。多数のお客様から苦情が届いております。
『退場者の最期など見せるな。食欲が失せる』と」
ラヴィナスはフン、と鼻を鳴らす。
「ゲームの醍醐味を知らぬ愚か者どもめ。
命が散る瞬間こそ、人生でもっとも輝く特別なイベントだというのに」
麗人はそうぼやくと「わかったよ」と告げて、フクロウ仮面の小男に向けて軽く手を振ると、階下にいる魔導師に生中継を切るよう指示を送った。
すると、巨大な鏡は出場者たちの頭上から煙のように霧散し、跡形もなく消えてしまった。
「さて。じつに惜しいところですが、余興はこれくらで終いと致しましょう。
最終ステージ、これより開幕です!」
麗人がカップを掲げると、観衆は一斉に拍手した。
それが、鼠側にとっては過酷な闘いの始まりを告げる鐘の音でもあった。
* * *
特別ステージの説明はこうだ。
ルースたちの鼠側、対する狩人側でそれぞれが最大8名までのパーティを作り、トーナメント形式で選ばれた鼠側と狩人側のパーティが戦うというもの。
武器や魔法は自由に使用可能。
しかし、外野からの介入・支援は原則禁止。
戦闘不能に陥ったと審判に判断された者や自ら敗けを認めた者を“敗者”とする。
そして、男装の麗人はさも当然かのように述べた。
──“生死は問わない”、と。
そんな彼女の冷淡なる説明にアイシャは肩をガタガタと震わせた。
こわばる彼女の肩にルースの手がそっと触れる。
「ルーお姉ちゃん……」
ルースを見上げるアイシャの顔は不安と恐怖に満ちていた。
それらを彼女の身から振り払うようにルースは柔らかな笑みと温かな声で言葉を紡いだ。
「神に誓うわ。あなたは死なないし、死なせない。
わたくしが、いいえ……」
ルースはそこで言葉を切り、アイシャの両の手を包み込むようにして優しく握ると、彼女の瞳をじっと見つめ、告げた。
「あたしがあなたを絶対に守るから」
ルースの力強くも無謀なる宣言にアイシャは顔をぐしゃりと歪め、彼女の腕の中で涙を流した。
麗人はなおも説明を続ける。
たとえ、試合で出場者が死んだとしても、スタッフによって復活魔法が施され、生き返らせることを約束するという。
そして、敗北してもダンジョンからは解放はされるが、その代わりに多額の負債を背負うことになる。
狩人側からすればなんの変わり映えの無いペナルティであったが、死んだら終わりであった鼠側からすれば、まだ救いがある処置だった。
「では! パーティリーダー、前へ!」
麗人とは反対側の席にいた審判役を務める仮面の男が、ここぞとばかりに声を張り上げる。
司祭服に身を包んだ彼の腹はまるで出産寸前の妊婦のようにでっぷりとだらしなく出ている。
彼が身に着けた派手めな装飾品からは彼の立場と生い立ちがうかがえた。
そんな彼の声に鼓舞され、一戦目のパーティリーダー2名が舞台上へ颯爽とあがる。
麗人は一服し、唇の隙間から吐き出した紫煙をくゆらせながら、まるで誰かに話しかけてるようにつぶやいた。
「最期を飾る舞台を用意したのだ。
私を楽しませてくれよ。
“死”こそが、この世でもっとも美しい瞬間なのだから」




