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53 最後の宴

 ダンジョンの広々とした空間でルース達は肩を寄せ合い、リクト一行の帰りを静かに待っていた。

 神官見習いのルースは足音に気を配りながら防御魔法を施す大人しげな少女・アイシャのもとに歩み寄り、肩にそっと手を置き、優しげな声で言った。


「アイシャちゃん、ご苦労様」


 すると、大人しげな少女はルースの声に反応して顔をあげる。

 魔力を消費しすぎたのだろう。

 その表情はおぼろげで疲労感があった。


「あとはわたくしに任せて。ゆっくり休んでくださいませ」


「あ、ありがとう……ございます。ルースお姉ちゃん。

 でも、大丈夫です。まだやれます」


 アイシャはそう言って、結界を解こうとしなかった。

 その様子を見て取ったルースは眉を八の字にして、アイシャにぴったりと寄り添うと、できるだけトゲのない声で言葉を紡ぐ。


「魔力は余分に残しておかないといけませんよ。

 なにかあったら、ミトラちゃんやマロンちゃんを守れなくなります

 それでもいいのですか?」


 ルースが清楚な美少女声で優しく問いかけると、アイシャはぎこちなく笑ってみせた。


「わたしのことはべつにどうなってもいいんです。

 わたしがいなくても、二人はやっていけると思う。

 わたしは二人とちがって、まともに戦えない役立たずだし……みんなの力になれるのはこれくらいしかないから」


 ルースはゆっくりとかぶりを振り、アイシャの頬に手を添えた。


「そんなことはございませんよ。ほら」


 そう言い、ルースは彼女の隣に視線を向ける。

 アイシャは小首を傾げつつ、ルースの視線の先を追いかけた。

 すると、そこにはアイシャの肩に寄り添い、すーすーと寝息をたてる丸顔の少女・マロンと彼女の太ももに頭を乗せ、スヤスヤと眠るシーフ少女・ミトラの微笑ましくも愛らしい二人の姿があった。


「あなたがこうしてそばにいるだけで、彼女たちは安心して眠ることができている。

 あなたに果たせる役割が戦うこと以外にもあるという何よりの証です。

 だから、そんなに自分を卑下(ひげ)しないで」


 ルースの優しげな声で(さと)されたアイシャは瞳をぐしゃりと濡らした。

 そんな彼女の様子を見て取ったルースは慈愛(じあい)に満ちた笑みを浮かべる。

 と、その直後だった。

 ルース達の尊い時間を引き裂くように突然彼女達の周囲をまばゆい光が突き刺した。


「っ!?」


 それまで眠っていたミトラとマロンも何事かと飛び起きる。

 やがて、まばゆい光は混乱する一同の眼前に文字を形成した。


〈鼠の皆様。

 只今より、最終ステージを開催いたします。


 挑戦者には戦闘方法の選択権をお与えします。

 多対一で挑むもよし、

 魔法禁止や武器禁止などの制限付きで挑むことも可能です。


 挑戦される場合は赤い扉をノックしてください。

 挑戦しない場合、その鼠は失格扱いとなります。


 皆様の参加を心よりお待ちしております〉


「なんなのよ……これ」


 こみ上げてくる憤りに唇を噛み締めるルース。

 その感情は皮肉にも鼠狩りを運営する者たちも同じ思いであった。


「……まったく。野放しにしておけばやりたい放題だな」


 長い通路を渡りながら頭を抱える青年。

 その一方で車椅子に腰かけた老齢の男は虚空に浮かんだ魔導水晶に映し出されたのは薄く笑みを浮かべる麗人の像を睨み、呼吸器の下で苦々しく口を歪めるのであった。


 麗人・ラヴィナスが仕掛けた最終ステージの知らせは瞬く間にダンジョン内にいる参加者全員に届いた。

 その同時刻。

 狩人少女の案内のもと、リクトとクレンスはダンジョンの裏口ゲート前に到着した。


「最終ステージ……、ふうん。そう来たか」


 虚空に浮かぶ魔法で印字されたメッセージを指で触れながら、包帯少女はどこか楽しげな笑みを浮かべた。


「オルレアン、さんも参加するんですか?」


 緊張した面持ちでリクトが彼女に問いかける。

「そうね」と言い、包帯少女は(あご)に指をあて、少し考えを(めぐ)らせたのち、こう答えた。


「参加してみるのも(たの)しそうね」


 白い歯を覗かせてくすりと笑う包帯少女。

 幼い姿の彼女が、抵抗なく殺人行為を受け入れている様を見て取ったリクトはぞわりとした悪寒がリクトの背中を駆け巡るのを感じた。


「あなた達のほうはどうするの? 参加する? それともこのまま抜ける?」


 狩人の包帯少女が小首を傾げて二人に訊ねた。

 クレンスとリクトは互いに目を合わせ、互いの意思を確認し合う。

 先に口火を切ったのはクレンスのほうだった。


「参加するわけねーだろ!

 参加して殺されるより逃げたほうがいいに決まってる!」


 リクトもこくりと頷いた。


「このままだと遅かれ早かれ全員やられる。今は助けが必要だと思う」


「そう。……ならどうぞ」


 包帯少女の反応は意外と淡白だった。

 感情が入ってないあっさりとした声でそう言うと、どこからともなくあらわれた鍵を二人に差し出した。

 リクトが鍵を受け取ろうと手を伸ばした瞬間、彼女は鍵を握った手を引っ込めた。


「言い忘れてたけれど、裏口から脱出できるのは一人だけよ」


「「え?!」」


 目を丸くする二人。

 包帯少女はすました顔と淡々とした声で説明を続けた。


「裏口はいわば狩人専用のゲート。

 そう何度も出入りできたらゲームにならない。

 だから、通行できるのは一回限りなの」


「そんなん聞いてねえぞ!」

「聞かれなかったもの」


 声を荒げたクレンスだったが、包帯少女にはどこ吹く風だ。

 決断したリクトがバンダナ少年の名を呼んだ。


「裏口を通る役はクレンスに任せる」


「いいのかよ……」


「みんなに今の状況を知らせて、助っ人を可能な限り集めてほしい」


「おれなんかにそんな大役できるかなぁ?」


「いいもなにも、たぶんこうする事が一番の正解なんだと思う。

 それに──」


 途端、リクトは背嚢(アスカナバッグ)のなかに手を突っ込み、ゴソゴソと漁りだすと、とあるモノをクレンスに手渡した。


「さっき、クレンスが案内した倉庫でコレを見つけて、あることを思い出したんだ。

 コレを使えばここにいるみんなも、クレンスも生き残れるはず」


 リクトからそのあるモノを受け取ったクレンスはその後、リクトからの説明を受けた。




「──……うーん。たしかにこれなら勝てるかも。

 だけど、かなりの博打(ばくち)だぜ?」


 苦笑いするクレンスにリクトは口を結び、神妙な顔で頷いた。


「試した事はない。だから失敗する可能性は、ある……」


 そう。リクトが思い出したのはあくまでもゲーム内の話。

 その方法が、この世界でも反映されるかは正直まだ分からない。

 この世界へ初めてやって来た際に消えたUI表示のようにそのシステム自体がこの世界では(はぶ)かれてしまってる可能性もある。

 リクトは苦い顔で自分の発言を改めようとしたが、「けどさ」とクレンスが口をはさんだ。


「これで成功したら、カッコイイよな。おれ達」


 クレンスはそう言ってニッと笑い、両手の握り拳を力強く合わせた。


「これで、おれらを魔無しと呼んでる貴族連中に一泡吹かせられる。

 想像しただけで笑いが止まらねえ」


 二人の会話を静観(せいかん)していた包帯少女の視線に気がついたクレンスが、はっとする。


「そういやおまえも狩人だったな。なんかごめん」


「べつに。気にしないで」


 包帯少女はすました顔で返すと、二人から顔を背ける。


「私も少しだけ見てみたくなったから」


 含みのある言葉にリクトとクレンスは互いに目を合わせる。

 二人が包帯少女のほうへ視線を移すと、包帯少女は後ろ手で振り返り、顔を二人に向けて告げた。


「あなた達が勝つところ」



* * *



『最終ステージ』はとある屋敷の地下闘技場でおこなわれた。

 すでに多くの観客が各席に腰かけ、これから始まる血生臭い試合を今か今かと待っている。

 ほどなくして、舞台の縁を取り囲むように設置された扉が次々と開き、続々と出場者があらわれた。

 そのなかにルース達の姿もあった。


 その様子を二階と三階席にかけて大きく設けられた特別席から観劇用双眼鏡(オペラグラス)越しに単眼仮面(サイクロマスク)の麗人が舞台を見下ろしつつ、仮面の下で含み笑いを浮かべる。


「これで全員集まったか」


 時間だと言わんばかりに麗人は真鍮(しんちゅう)のハンドベルをチリリンと鳴らす。

 ベルの音色につられて観客や出場者の視線が麗人のほうへと一斉に集まる。


「では始めましょうか、“最後のショー”を」

【その一方で・・・】


 その頃、包帯少女とペアで参加した紳士風の狩人は突き当たりの壁の前にたたずみ、天井をぼんやりと見上げながらブツブツと呟いた。


「……ここって、どのあたりなんですかね」


 彼は『超』がつくほどの方向音痴であった。

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