51 小悪党パイソンの大勝負 後編
「「「「「グガアアアアア!!」」」」」
土の怪物の群れがヴェルカンに迫る。
しかし、ヴェルカンは淡々とした様子で、先頭の一体を斬りさばく。
二刀流の剣さばきによって土の怪物は頭、胴、脚の三つに分かれ、たちまちただの土塊と化した。
しかし、二体目、三体目……倒せど倒せど新たな土の怪物が続々とあらわれた。
「面倒だな」
眉間にしわをよせたヴェルカンは天空に向かって口笛を吹いた。
「ケー! ケー!」
途端、機械仕掛けの鳥が甲高い男の声を発しながら、ヴェルカンの肩に舞い降りる。
「なんでやすかア~? ヴェルカンの旦那ァ」
鳥は歯車が回る音を鳴らしつつ、円盤状の眼球を怪物の群れに向け、ハハーンと察した様子で声をあげる。
「これはまた面倒なことになってやすねェ~」
「時間が無いからとっとと教えろ。
ヤツの弱点属性はなんだ?」
「そりゃ~“水”でやすよ。
しかし、ヴェルカンの旦那が得意とする魔法は雷属性。
当てたとしても土が盾になってしまいやす。
仮に水魔法で攻撃して倒したとしても、周りは土だらけ。
すぐに復活してしまいやすよ?」
ふむ、と思案するヴェルカン。
すると、機械仕掛けの鳥が言葉を付け加えた。
「まあヴェルカンの旦那には、分が悪い戦いでやすね」
──ガコンツ!
瞬間、ヴェルカンは短剣の剣柄部分で機械仕掛けの鳥の頭部に一撃を浴びせた。
機械仕掛けの鳥は「ゲゥッ!?」と奇声をあげ、脳震盪にも似た衝撃に頭を回し、ゲェゲェと吐く仕草をしたが、当然吐き出すものは何も無かった。
「騎士団の団長といえど、所詮はその程度だったか!
ハハツ。大したことなかったな!」
そう言い、汚い笑い声をあげるパイソン。
途端、ヴェルカンの眉がぴくりと動く。
険しい顔つきに変わったヴェルカンは左手に携えた短剣を鞘に納め、魔法で武器を手放した左手付近に水の球を作り出すと、鳥の嘴に咥えさせた。
「さっさと行け、失敗すんなよ」
「承知しやしたァ~! ヴェルカンの旦那ァ!」
突如、甲高い鳴き声をあげた機械仕掛けの鳥は黄金の翼を誇らしげに広げ、カチャリカチャリと金属音を鳴らしながら空高く羽ばたき、ヴェルカンだけでなくパイソンの視界からも見えなくなってしまった。
その様子をパイソンは訝しげに目を細めた。
「おうおう? 黎明騎士団の団長がまさか助けを乞うなんてよう」
自身の勝ちを確信したパイソンは余裕に満ちた顔になり、槍を肩に担ぎ、空いた手で顎を撫でる。
「さあて。助けが来るほうが先か。
それとも、そっちがくたばるほうが先か。
こりゃあ見ものだな」
すると、停止していた土の怪物が再び動き始めた。
ヴェルカンは二刀流の剣技を用いて、土の怪物を一体ずつ撃破していく──
「5、4、3」
「あ? 死のカウントダウンか。
ずいぶんと諦めが早いんだな、団長」
そう言い、パイソンは唾を勢いよく地面に吐き捨てた。
そこで、十体目の土の怪物を斬り捨てたヴェルカンが、ピタリと足を止めた。
「2、1、0──……そろそろだな」
「あん?」
パイソンがぴくりと眉根を寄せた次の瞬間──
ザアアアアアアアアアア!!
突然、頭上から大量の雨粒が降り注いだ。
滝のごとく叩きつけられる水量の圧に土の怪物たちは押し任され、人型を留めることができなくなり、泥の塊となって果てていく。
「な、なんだこりゃあ?!」
突然の豪雨にパイソンはすっとんきょうな声をあげ、たじろいだ。
さっきまで雲一つない青天だったというのに。
終わりなく降り続ける雨粒に目をやられながらパイソンが負けじと空を見上げる。
すると、悠々と空を舞う一羽の鳥の姿が彼の目に留まった。
「あんのクソ鳥めが! さては水魔法を仕込みやがったな!」
だが、とパイソンは付け加える。
「こんな雨ごときで、土の軍勢が倒せると思ってんのなら大間違いだぜェ~?
見たところ魔力で生成した雨だろォ~?」
「……」
「なら、やむのも時間の問題だなァ~」
パイソンは勝ち誇った顔で長槍の穂先をヴェルカンに向ける。
「この雨がやんだ時が団長様の最期だァ~!」
スゥー……ハァ──
ヴェルカンは激しく降りしきる雨に打たれ続けながら、深く吸い込んだ息を吐き出す。
うなだれた姿勢から顔をあげたヴェルカンの鋭い眼がギラリと光った。
ビクッ。
その目つきにパイソンは本能的に後ずさりした。
「この瞬間を待ってたぜ。
これでようやく──」
カシャンッ。
ヴェルカンの口部分を覆った鉄仮面が左右に開閉した。
彼の隠された口元が露わになる。
唇の隙間から漏れ出た電光が空気に触れ、バチバチッと弾けた。
「──てめえらを一人残らずぶっ倒せる」
ヴェルカンの口元から迸る光を目にしたパイソンの顔が、みるみるうちに青ざめ、ひきつっていく。
「《雷玉》──“レベル4”」
──カッ!!
開かれたヴェルカンの口から凄まじい光が雷鳴とともに放たれた。
口から吐き出された光の球は周囲を白一色に染めあげる。
パイソンはあまりの眩しさに顔を背けた。
土の怪物たちは瞬く間に白い光の球に呑み込まれ、一斉に唸り声をあげた。
「「「「「「グガアアアッ!!」」」」」」
大量の雨粒が土に覆われた身体に滲み込んだことによって、彼の放った雷撃が全身を一気に駆け巡り、限界を超えた怪物たちの身体が次々に弾け飛ぶ。
浸食した地面一帯が感電地帯と化し、土の怪物の群れは否応なく雷撃の餌食となった。
その一方、森は目もくらむほどの激しく歪んだ光の柱が天空の雲を貫き、遅れてあたりに轟音が轟いた。
森全体が雷光に包まれる。
その光景を遠くから眺めていた従騎士ユレイはあきれ果てた顔で、独り言ちた。
「……やりすぎ」
ユレイがつぶやいた一言が、ちょうどヴェルカンとパイソンの一戦が終了するタイミングと同時であったため、彼女が両者の戦いに終了の引導をもたらしたかのように見えたのは、ただの偶然である。




