50 小悪党パイソンの大勝負 前編
──“妙な異国の服をまとった桃色髪のひ弱な子ども”。
パイソンにとって、彼女の第一印象はその程度の存在だった。
気弱そうな声と、か細い体格からして、戦場に放り込めば間違いなく生き残らない“弱者”だと。
だが、そんなパイソンの認識がいま、崩れ落ちた──
あたり一面に生えたありとあらゆる植物が、いっぺんにパイソン達に襲いかかる。
大量に押し寄せてくるツタにパイソンの仲間の半数が次々と足を絡め取られ、モモカの操る植物にねじ伏せられていく。
「な、なんだあの女は?! 話と違うじゃねーかよ!」
お頭は大剣を大きく振りかぶり、襲い来る植物を華麗にさばきつつも、数を増していく植物の物量にじわりじわりと押され、徐々に後退していく。
「くそっ! これじゃ埒が明かねぇ! いったん退くぞ!」
お頭は口笛を吹き、仲間達に後退の合図を送る。
「逃がすものですか!」
着物少女は力強い声をあげ、瞳を閉じた。
刀を構えた彼女は呪文を唱えつつ戦闘態勢をとると、刀身を横に向けて一閃した。
すると、たちまち刀身の周囲を数枚の葉が逆巻き、くるくると旋回する。
彼女は声高らかに魔法名を唱えた。
「壱式──《木の葉散らし》!」
闘志の炎が灯った瞳を開いた着物少女が、刀を振り下ろした次の瞬間、刀身の周囲を旋回していたいくつもの葉が、お頭とパイソンめがけて勢いよく解き放たれた。
……所詮は葉っぱだと、パイソンは思っていた。だが、
「ぐがっ」
「うげ」
「んぐ!」
「ぐわぁっ」
飛んできた葉の一枚一枚が鋭利に尖った刃と化し、その射撃によって、パイソンの仲間はバタバタと次々に倒されていった。
その光景を尻目にパイソンは必死に走った。
仲間の命など、どうでもいい。
大事なのは自分の命。それだけだ。
お頭さえいれば、また新たな仲間を集めることなんて造作もない──
ところが、お頭が石につまづき、ドサッと転倒する。
「お頭っ!?」
「……パ、パイソン! すまん。手を貸してくれ!」
パイソンが足を止める。
お頭の足首に視線を向けると、地面から伸びた幾重ものツタが、お頭の足首を絡め取っていた。
それを見て取ったパイソンが腰に差した短剣を抜き取る。
お頭のもとへ駆け寄ろうと一歩踏み出したその時、パイソンは途端にピタリと足を止めた。
瞬間、パイソンの思考が数年ぶりに冷静に戻った。
……思い返すと、あれは今から一年と、一つの季節が巡る前のこと──
とある行商の馬車を襲ったのが、パイソンにとって運の尽き。
馬車には予定外の連中も乗り合わせていたのだ。
王国最強の組織である黎明騎士団の連中が──
『お頭っ! すまねえ! 足が攣っちまって、……もう走れねぇ!』
突如パイソンの足裏に走った激痛。
地べたにへたり込んだパイソンに顔を向けたお頭は、ある一言を言い放った。
『お前はもう駄目だ。達者でな!』
手を振り、走り去るお頭の背中が、パイソンの脳裏に蘇る。
パイソンはくるりとお頭に背中を向け、再び走り出した。
「パイソン……!? おいっ! パイソォォン!」
背後からお頭の怒号が聞こえる。
だが、パイソンは足を止めることなく、ただ眼前に見えた森に向かってひたすら奔った。
「逃がさなっ、!」
最後の一手を繰り出そうとしたモモカだったが、そこで彼女の魔力が限界を迎えてしまった。
フラリとよろめくモモカを横目にユレイが背負っていた弓をすかさず手に取る。
見えない矢をユレイがつがえると、今まで見えていなかった矢が顕現し、魔力で生成された矢へと形をなした。
「──っ」
ビュン、とユレイの手元から放たれた矢は空を切り、見事にパイソンの左腕に命中した。
「がっ?!」
パイソンはふらついて見せたものの、彼の足を止めることは叶わなかった。
ユレイはすぐさま二射目にかかるが、その時にはすでにもうパイソンの姿は小さくなっていた。
「……くっ」
ユレイは追撃をあきらめ、魔力で生成した弓矢を消し去ると、自身の右手首を口元に近づけた。
「ヴェルカン卿、こちらユレイ。
標的の集団を四十名ほど捕らえましたが一人だけ、西の森のほうに逃げました」
手首に着けた腕輪に向かってユレイが話しかける。
彼女の腕輪は小石が数珠状に連なってできており、そのほとんどがダミーの石だが、その一つだけが魔石となっている。
彼ら騎士団にとっては、仲間内で遠隔通話ができる便利な魔法道具として重宝されている。
すると、ほどなくして魔石の腕輪からヴェルカンの声が返ってきた。
「了解だ。あとはこっちに任せておけ」
ヴェルカンの声はきわめて冷静だった。
……おそろしいほどに。
その一方で、パイソンが逃げこんだ森に突如、小柄な童顔騎士が彼の眼前に颯爽と降り立つ。
「畜生!」
パイソンは苦虫を嚙み潰したような顔で唾を吐き出した。
「もうどこにも逃げる場所は無ぇぞ。
さっさと諦めて投降しろ」
ヴェルカンはそう言い放つなり、自身の両腰に差した長剣と短剣の二振りを抜剣する。
「これ以上、痛い思いをしたくないならな」
「……ちっ。もうこうなりゃヤケだ!」
そう叫び、パイソンは大事そうに抱きかかえていた緑色の包みをガバッと剥ぎ取った。
「!」
包みから姿を現したモノを目にしたヴェルカンの顔が、一瞬ぴくりと動いた。
長柄の槍を携えたパイソンはグヘヘと汚い声で笑う。
「そう簡単に捕まってたまるかよ!」
パイソンは槍の穂先に刻印された呪文をたどたどしく読みあげ、力いっぱいに叫んだ。
「出でよ! 《土塊兵》!」
呪文を唱えたパイソンは地面に槍の石突部分を思いきり叩きつける。
すると次の瞬間、パイソンを中心にした周囲の大地が震えだした。
「……!」
直後、土の柱が地面から次々と突き出し一斉に生え始めた。
ヴェルカンは身の丈よりも二倍ほど高い土柱の大群にも身じろぎ一つせず、ただその光景を静かに見つめる。
「「「「「ヌガアアアアア!!」」」」」
やがて、土柱は大型の人型へ姿を変え、約75体の怪物が一斉にヴェルカンに襲いかかった。
「ちっ」
能力差だけで比較すれば、ヴェルカンの勝利は目に見えていた。
だがしかし、パイソンが持ち出した槍から繰り出された魔法によって、ヴェルカンはバイセルン事変の時でさえも味わう事のなかった苦戦を強いる事となる。




