表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/105

50 小悪党パイソンの大勝負 前編

──“妙な異国の服をまとった桃色髪のひ弱な子ども”。


 パイソンにとって、彼女の第一印象はその程度の存在だった。

 気弱そうな声と、か(ぼそ)い体格からして、戦場に放り込めば間違いなく生き残らない“弱者”だと。


 だが、そんなパイソンの認識がいま、(くず)れ落ちた──


 あたり一面に()えたありとあらゆる植物が、いっぺんにパイソン達に襲いかかる。

 大量に押し寄せてくるツタにパイソンの仲間の半数が次々と足を(から)め取られ、モモカの操る植物にねじ伏せられていく。


「な、なんだあの女は?! 話と違うじゃねーかよ!」


 お(かしら)は大剣を大きく振りかぶり、襲い来る植物を華麗にさばきつつも、数を増していく植物の物量にじわりじわりと押され、徐々に後退していく。


「くそっ! これじゃ(らち)()かねぇ! いったん退()くぞ!」


 お(かしら)は口笛を吹き、仲間達に後退の合図を送る。


()がすものですか!」


 着物少女は力強い声をあげ、瞳を閉じた。

 刀を構えた彼女は呪文を唱えつつ戦闘態勢をとると、刀身(とうしん)を横に向けて一閃(いっせん)した。

 すると、たちまち刀身の周囲を数枚の()逆巻(さかま)き、くるくると旋回(せんかい)する。

 彼女は声高らかに魔法名を唱えた。


壱式(いちしき)──《()葉散(はちら)らし》!」


 闘志(とうし)の炎が(とも)った瞳を(ひら)いた着物少女が、刀を振り()ろした次の瞬間、刀身の周囲を旋回していたいくつもの葉が、お頭とパイソンめがけて勢いよく解き放たれた。


……()()()()()()()と、パイソンは思っていた。だが、


「ぐがっ」

「うげ」

「んぐ!」

「ぐわぁっ」


 飛んできた葉の一枚一枚が鋭利(えいり)(とが)った刃と化し、その射撃によって、パイソンの仲間はバタバタと次々に倒されていった。

 その光景を尻目(しりめ)にパイソンは必死に走った。


 仲間の命など、どうでもいい。

 大事なのは自分の命。それだけだ。


 お頭さえいれば、また新たな仲間を集めることなんて造作(ぞうさ)もない──

 ところが、お頭が石につまづき、ドサッと転倒する。


「お頭っ!?」

「……パ、パイソン! すまん。手を貸してくれ!」


 パイソンが足を止める。

 お頭の足首に視線を向けると、地面から伸びた幾重(いくえ)ものツタが、お頭の足首を絡め取っていた。

 それを見て取ったパイソンが腰に差した短剣を抜き取る。

 お頭のもとへ駆け寄ろうと一歩踏み出したその時、パイソンは途端にピタリと足を止めた。


 瞬間、パイソンの思考が数年ぶりに冷静に戻った。


……思い返すと、あれは今から一年と、一つの季節が(めぐ)る前のこと──


 とある行商(ぎょうしょう)の馬車を襲ったのが、パイソンにとって運の()き。

 馬車には予定外の連中も乗り合わせていたのだ。

 王国最強の組織である黎明(アウローラ)騎士団の連中が──


『お頭っ! すまねえ! 足が()っちまって、……もう走れねぇ!』


 突如パイソンの足裏に走った激痛。

 地べたにへたり込んだパイソンに顔を向けたお頭は、ある一言を言い放った。


『お前はもう駄目(だめ)だ。達者(たっしゃ)でな!』


 手を振り、走り去るお頭の背中が、パイソンの脳裏に(よみがえ)る。

 パイソンはくるりとお頭に背中を向け、再び走り出した。


「パイソン……!? おいっ! パイソォォン!」


 背後からお頭の怒号(どごう)が聞こえる。

 だが、パイソンは足を止めることなく、ただ眼前(がんぜん)に見えた森に向かってひたすら(はし)った。


「逃がさなっ、!」


 最後の一手を繰り出そうとしたモモカだったが、そこで彼女の魔力が限界を迎えてしまった。

 フラリとよろめくモモカを横目にユレイが背負っていた弓をすかさず手に取る。

 見えない矢をユレイがつがえると、今まで見えていなかった矢が顕現(けんげん)し、魔力で生成された矢へと(かたち)をなした。


「──っ」


 ビュン、とユレイの手元から放たれた矢は(くう)を切り、見事にパイソンの左腕に命中した。


「がっ?!」


 パイソンはふらついて見せたものの、彼の足を止めることは(かな)わなかった。

 ユレイはすぐさま二射目にかかるが、その時にはすでにもうパイソンの姿は小さくなっていた。


「……くっ」


 ユレイは追撃(ついげき)をあきらめ、魔力で生成した弓矢を消し去ると、自身の右手首を口元に近づけた。


「ヴェルカン卿、こちらユレイ。

 標的の集団を四十名ほど捕らえましたが一人だけ、西の森のほうに逃げました」


 手首に着けた腕輪に向かってユレイが話しかける。

 彼女の腕輪は小石が数珠(じゅず)状に(つら)なってできており、そのほとんどがダミーの石だが、その一つだけが魔石となっている。

 彼ら騎士団にとっては、仲間内で遠隔通話ができる便利な魔法道具として重宝(ちょうほう)されている。


 すると、ほどなくして魔石の腕輪からヴェルカンの声が返ってきた。


「了解だ。あとはこっちに任せておけ」


 ヴェルカンの声はきわめて冷静だった。

……おそろしいほどに。

 その一方で、パイソンが逃げこんだ森に突如、小柄な童顔騎士が彼の眼前に颯爽(さっそう)と降り立つ。


畜生(ちくしょう)!」


 パイソンは苦虫(にがむし)()(つぶ)したような顔で(つば)を吐き出した。


「もうどこにも()げる場所は無ぇぞ。

 さっさと諦めて投降(とうこう)しろ」


 ヴェルカンはそう言い放つなり、自身の両腰に差した長剣と短剣の二振りを抜剣(ばっけん)する。


「これ以上、痛い思いをしたくないならな」


「……ちっ。もうこうなりゃヤケだ!」


 そう叫び、パイソンは大事そうに抱きかかえていた緑色の包みをガバッと()ぎ取った。


「!」


 (つつ)みから姿を現したモノを目にしたヴェルカンの顔が、一瞬ぴくりと動いた。

 長柄(ながえ)(やり)(たずさ)えたパイソンはグヘヘと(きたな)い声で笑う。


「そう簡単に(つか)まってたまるかよ!」


 パイソンは槍の穂先(ほさき)刻印(こくいん)された呪文をたどたどしく読みあげ、力いっぱいに叫んだ。


()でよ! 《土塊兵(ゴレムド)》!」


 呪文を唱えたパイソンは地面に槍の石突(いしづき)部分を思いきり叩きつける。

 すると次の瞬間、パイソンを中心にした周囲の大地が震えだした。


「……!」


 直後、土の(はしら)が地面から次々と()き出し一斉に()え始めた。

 ヴェルカンは身の(たけ)よりも二倍ほど高い土柱(ちちばしら)の大群にも身じろぎ一つせず、ただその光景を静かに見つめる。


「「「「「ヌガアアアアア!!」」」」」


 やがて、土柱は大型の人型へ姿を変え、約75体の怪物が一斉にヴェルカンに襲いかかった。


「ちっ」


 能力差だけで比較すれば、ヴェルカンの勝利は目に見えていた。

 だがしかし、パイソンが持ち出した槍から繰り出された魔法によって、ヴェルカンはバイセルン事変の時でさえも味わう事のなかった苦戦(くせん)()いる事となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ