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07 共同作戦

 黒色の巾着袋(きんちゃくぶくろ)──

 牛皮(ぎゅうかわ)を素材にしてるだけあって、肌触(はだざわ)りは(やわ)らかくほどよい(あつ)みがある。

 巾着袋といっても、見た目は結構大きく、どちらかというとナップサックに近い。


 袋の表面には虹色(にじいろ)勾玉(まがたま)(えが)かれてあった。

《アスカナ》でお馴染みのアイコンマークだ。

 ゲーム内では入手したものがインベントリに表示されるだけの扱いだったが、こうしてゲームの要素がリアルなものへと変わってるところを見ると、ここはゲームの中の世界が現実化した世界なのかもしれない。


……なんだか、世にも奇妙な物語の世界に入ってしまった気分だ。


《アスカナ》の荷物袋──改め、“アスカナバッグ”の口を両手で押し広げ、中身を(さぐ)ってみる。

 すると、指先にコツンと(かた)い感触があった。

 袋の中のものを取り出すと、それは手の平ほどの大きさの彫像(ちょうぞう)だった。

 それはゲーム内で以前使ったことがある召喚獣にとてもよく似ていた。

 次の瞬間、小さな彫像は一気に縮んだかと思うと、小石くらいの大きさに変わり、鉄の球体へと形を変えた。


「おっ、これはもしかして……!」


 リクトは御者(ぎょしゃ)席に顔を出し、モモカさんに(たず)ねた。


「あの、モモカさん! ちょっと質問なんですけど!」

「はい! ナんデしょう?」

「あいつらを一カ所に集められる場所や建物とかって、ないですか? 完全に(ふさ)いでなくても大丈夫です! 一時的でいいので!」

「『一カ所に』……デすか」


 モモカさんはうーんと首をひねって考え込んだ。


「“リーズ城跡(じょうあと)”デしたら!」

「その城はどちらに?!」

「北西デす! ここからダと、遠回(とおまわ)リにナりますが……」

「時間はどれくらいになりそうですか?!」

「だいタい30分くラいワかかるかト!」

「……」

「向かいマすか?」

「……お願いします!」


 モモカさんは手綱(たづな)(あやつ)り、馬の走る方向を変えた。目指すは──“リーズ城跡地”!



 * * *



 荒れ果てた野原に荷馬車が差し掛かり、御者席に座っていたモモカさんは手綱を操り、馬を止めた。

 弓矢を手に取ったリクトは荷馬車からさっと飛び降りた。


「ご武運ヲ!」


 そう告げたモモカさんは手綱を操り、再び馬を走らせた。

 走り去る荷馬車を横目にリクトはため息をこぼす。


「家ん中でソロプレイしてたやつが、こんな所で何してんだろ……」


 (あきら)めて空を見上げると、飛翔(ひしょう)する6匹の《ワイバーン》が見えた。

 とりあえず弓に矢をつがえてみる。

 矢の先端には、事前にくくり付けてあった小さな球体と鈴が小さく揺れるのが見えた。


「弓矢の構え方ってこんな感じだっけ?」


 弓をキリキリと引き絞り、狙いを定め、意識を集中する──


「うまくいってくれよ……」


 吹きすさぶ風の中、心の引き金を引くと同時に矢を放つ──と、放たれた矢は(くう)を切り、カーブを描いて見事に落下した。


「ガッカリ……だけど、ここまでは想定通り!」


 放った矢にくくり付けてあった鈴の音に反応した《ワイバーン》の一匹が降下する矢を追いかけ、大口を開けてバクンと矢を呑み込んだ。


「うっし! うまくいった!」


 しかし、喜んだのも(つか)()

 鈴の音に釣られて集まった《ワイバーン》が共食いを始めてしまった。


「まずいっ……これじゃ作戦失敗だ!」


 その時、去ったはずの荷馬車が横切(よこぎ)った──


「モモカさん!?」


 モモカさんが操る荷馬車は空中で共食いする《ワイバーン》の下に差し掛かったところで、馬の走る方向をぐるんっと大きく変え、もと来た道へと引き返した。

 荷馬車に取り付けた(かぶと)の音に《ワイバーン》らが反応を示して向きを変え、再び荷馬車を標的(ひょうてき)に戻していく。

 再度、荷馬車がリクトの横を通り過ぎた瞬間、御者席にいたモモカさんと一瞬目が合った。

 モモカさんは自信に満ちた笑みで力強く(うなず)いてみせた。


“私に任せて”──


 彼女はそう()げたように見えた。

 荷馬車が走り去った後、リクトは巻き上がった土煙(つちけむり)を見つめ、(かす)かに笑みを浮かべた。


「心臓に悪い事をする人だよ……」


 リクトは背筋(せすじ)をキリッと伸ばし、走り去った荷馬車に向かって頭を下げた。


「モモカさん、どうか、宜しく頼みますっ!」



 * * *



 この世界に来て、まだ試していない事があった。

 それは自分にも“魔法”が使えるかどうか、である。


 モモカさんは勾玉に祈りを捧げ、長い詠唱を済ませた後、呪文を口にする事で魔法を発動させていた。

 だが、ゲームではそんなシーン見たことなかった。

 この違いは何だ……?

 ここは自分が知ってる《アスカナ》とは違う別の世界の可能性だってことなのか?

 そんな事を考えていた矢先──空の彼方に巨大な金色の花がド派手に咲いた。


「さすがだ。モモカさん!」


 おびき寄せ作戦が成功したら“金色の花”、

 失敗の場合は“黒の花”を空に咲かせる。

“打ち合わせ”って、やっぱり大事だな!


「……さてと。ここからは一発本番っ!」


 (ほほ)を両手でパンパンッと叩き、右手に意識を集中させる。


「神様、仏様、イエス様!

 出てきてくれ! お願いだ……頼むっ!」


 頭に浮かべたアイテムのイメージを右手に持っていく。

 すると、瞬時に見慣れた拳銃が顕現(けんげん)した。


「よし! テストその1。ここまでは難なくクリア!」


……それと、目覚めた時は気づかなかったけれど、この右腕に刻まれた勾玉の紋章(もんしょう)……。

 自分が厨二病をこじらせて()ったんじゃないとしたら、考えられる答えは一つしかない。

 魔導拳銃(グリストル)撃鉄(げきてつ)がカチッと動作した途端、全身の気力が吸われていく。


「銃の操作は念ずるだけで自動でやってくれるっぽいな。これはゲームの時と同じ。

 お次はゲームでやったことない方法だけど……理論上(りろんじょう)ならイケるはず!」


──……目を閉じ、ラジオの周波数を合わせるように意識をリーズ城の方角に向ける。

 すると、地下空洞の光景が見えた。


「おっ、すげ!」


 思わず声が出る。

 召喚士(サモナー)系の職業(ジョブ)専用スキル《招き目(サーチェント)》──職業(ジョブ)それぞれに特徴を持ったスキルというものが与えられる。

招き目(サーチェント)》は、遠く離れた召喚獣を探す際に使うスキルだ。

 それを応用して、召喚獣が封印された彫像を対象にした。 

 なんだか神様になった気分……でも──


「今は神様気分に酔ってる場合じゃない!」


 地下空洞には《ワイバーン》の群れが集まっていた。

 その内の一匹が“何か”に反応を示した。


 たぶん、この世界で自分は──……。


「彫像に封じられし被造物(ひぞうぶつ)よ、我に力を示せ!」


 呪文を唱えながら引き金を引く。

 直後、倒れた撃鉄の先端部に取り付けられた魔石が当たり金にバチンと打ち付けられ、火花が炸裂すると同時に銃口から青白い火花が散り、黒い(もや)のような(かたまり)が勢いよく放たれた──


「……頼む! うまく行ってくれよ!」


 リクトが天に向かって祈りを捧げたその同時刻、彼方から飛来した黒い靄が一匹の《ワイバーン》の腹部を貫通した。


「ギ、ギェ?!」


 怪物の腹部がみるみるうちに膨張(ぼうちょう)し始め、限界値を超えた次の瞬間、


 パァン!!


 破裂音があたりに響く。

 同時に《ワイバーン》の肉片があたり一面に弾け飛んだ。


「……ギィ?」


 他の個体が何事かと長い首を回し、破裂した亡骸の跡を見つめるなか、ふいに肉片の塊から大きな白い物体が姿をあらわした。

 白い毛に(おお)われた毛むくじゃらの皮膚と、ギラリと光る二つの赤い目が開眼(かいがん)し、《ワイバーン》の群れを見下ろす。

 白い怪物に睨まれた《ワイバーン》の群れは長い首を持ち上げ、その王者の貫禄に圧倒されながらただ茫然(ぼうぜん)と見上げ続けた。


……──勾玉(まがたま)無しでも魔法が使える!



──バクンッ!



 リクトが解き放った毛むくじゃらの召喚獣ビッグ・ピョンチュー百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の兵士達でさえ(かな)わなかった《ワイバーン》をたった一口であっさりとたいらげたのだった。



 * * *



 単眼魔導鏡(たんがんまどうきょう)(のぞ)き、その様子を傍観(ぼうかん)する鉄製面具(マスク)の男。

 軽装の鎧から露出した肌は褐色(かっしょく)で短い灰色の髪。

 背丈(せたけ)は小さく、童顔のせいで幼く見えるが、今年で20歳になったばかりだ。


 彼の名はヴェルカン──黎明(アウローラ)騎士団・団長を務める。

 一見、痩せ細った体つきをしているが、無駄のない引き締まった体である事は、彼と戦った者は身をもって知っている。

 城跡の穴からはみ出た巨大な何かの一部が小さな視界に映り込むと、ヴェルカンは自分の目を疑った。


「おいおい……あれは一体、何の冗談だ?」


 単眼魔導鏡から目を離した彼の目つきは(たか)のように鋭かった。

 顔の下半分を覆う鉄製の面具(マスク)の下でヴェルカンは唇を歪めた。

 お前も見ろと側近の一人に単眼魔導鏡を手渡すと、側近も彼と同様に顔色を(くも)らせる。


「エルマー、お前は()()を見たことがあるか?」


「いいえ……これまで多種多様のモンスターを遠征先で見てまいりましたが、あのようなモンスターは見た事がありません」


 ヴェルカンの話に聞き耳を立てていた側近の若い男はポツリとこぼした。


「こちらの兵力を使わずして、リーズ地方の民達を苦しめていた害竜を退治できたのだから、もっと喜んでもよいのでは?」


 そこへ屈強(くっきょう)体躯(たいく)をした側近の男が語気を強めた。


「見知らぬ者に手柄を横取りされたのだぞ!

 我々が遠方からわざわざ出向いた意味がない!」


「それはそうですけれど……」


 叱られた若い側近は首を(ちぢ)こめた。

 そんな側近達とは違う世界を見ていたヴェルカンは面具(マスク)を下にずらし、クンクンと(ひそ)かに鼻を鳴らした。


「……嫌な“匂い”だ。あの女を追うぞ!」

「「「「「はっ!」」」」」


 側近の騎士達を引き連れたヴェルカンは竜の紋章が刻まれた黒いマントをたなびかせて、颯爽(さっそう)と馬に乗り、桃色髪の少女が駆る荷馬車のあとを追うのだった──。

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