49 慈愛の戦士
一方そのころ、黎明騎士団の紋章が描かれたマントを羽織った二人は馬を操り、応援を要請するべく近くの駐屯地へと向かっていたが、その道中、黒のローブに身を包んだ男たちが駆る馬に取り囲まれ、行く手を塞がれてしまった。
その数、四十数名ほど。
フードを目深に被った二人は状況からして相手に分があると見て取り、手綱を操作して二人とも馬を停止させた。
「どこへ行くつもりだい? 騎士団様」
丸刈り頭の大男が、馬に跨ったまま前に躍り出ると、背中に背負った一振りの剣を鞘から抜剣し、妖しく光る剣の切っ先を二人交互に向けた。
すると突然、大柄の男の背後にいた手下の一人が話に割って入り、唾を勢いよく吐き捨てた。
「ケッ! お高くとまりやがって。こちとらお前らには恨みがあんだよ!」
そう言い放った手下の一人も大柄の男に付き添うようにして前に躍り出た。
ザンバラ髪を後頭部の低い位置で一つ結びにまとめた彼の名はパイソン。
以前は盗賊行為の容疑で黎明騎士団に捕らわれ、牢屋に入っていたが、バイセルン事変の混乱に乗じて脱走した脱獄囚である。
「この俺様を牢屋にぶち込みやがってよ」
にやにやと不敵な笑みを浮かべながら、パイソンは再度唾を吐き捨てた。
「このお礼はたっぷりとさせてもらうからな」
すると、丸刈りの大男がパイソンをなだめ、話を戻した。
「お前たちが我が物顔で大陸を支配していたのは昔の話だ。本部が潰れた今、弱体化したお前たちを恐れる者は、もう何処にもいない」
そう言い、丸刈りの大男は二人のうち、小柄なほうに鋭い視線を向けた。
「たとえ、王国最強の騎士様だろうとこの大人数にはさすがに勝てねえ事くらい分かるだろ。ほら、さっさと小僧をよこしな。そうすりゃ俺たちは引いてやる」
丸刈りの大男は二人に向けた剣をスッと下ろした。
「お頭?」
途端、パイソンは怪訝な顔をする。
彼が自身の駆る馬を丸刈りの大男のそばに横づけさせると、声を潜めて訴えた。
「お、お頭! 話が違うじゃないですか! 向かってくる奴らは全員始末する約束だったでしょ?! これがもし雇い主にバレたら、俺たち全員の命が無いですぜ!?」
すると、丸刈りの大男は声を発することなく、口のみを動かして『耳を貸せ』とパイソンに命じた。
「?」
パイソンは眉根をよせつつも、お頭に向けて身体を寄せると、丸刈りの大男は彼の耳元で囁いた。
「手を引くハナシは嘘に決まってるだろうが!」
「ひ、ひえっ!」
思いもよらないお頭からの発言にパイソンは思わず肩をビクリとさせた。
「小僧は別動隊の奴らが始末してる頃合いだろうよ。それよりもだ。相手はあの王国最強の騎士だ。なめてかかるとこっちが全滅するかもしれん。なるべく犠牲は最小限に抑えておきたいからな。いまはあいつらの出方を窺ってるところなんだよ」
「な、なるほどぉ」
頷くパイソンに丸刈りの大男は耳打ちで最後に命じた。
「あいつが隙を見せた瞬間に殺れ。いいな?」
そう言って丸刈りの大男はパイソンの顔を見たが、彼はお頭から視線を外し、口をポカンと開けている。
その様子に丸刈りの大男は訝しげな顔で目を細めた。
「なんだ。そのツラは」
「お、お頭……あれを見てください」
パイソンの震えた人差し指が向けた方向に丸刈りの大男が顔を動かす。
パイソンが指した方角は二人のうちの小柄な人物のほうだった。
その者は目深に被ったフードから覗いて見える唇を歪め、肩を小刻みに震わせていた。
その者からは肌が栗立つほどの殺気が満ち溢れ、口から漏れだした吐息はこみ上げた憤怒の炎を必死に抑えようとしているかのようであった。
「……子供を悪事に利用するなんて……!」
フードを被った小柄な人物の口から発せられたのはなんと、少女の声だった。
思いがけない相手に丸刈りの大男を含めた一同が目を丸くする。
「貴方たちは、ここで私が成敗致します!」
そう言い放ち、その者はフードを取った。
月明りに照らし出されたのは王国最強の騎士ヴェルカンの顔ではなかった。
子供の身を案じ、時には寄り添い、守ることを魂に誓い、旅に出た異国の着物少女モモカのかつてない怒りの形相だった。
この日、丸刈りの大男は新たな経験を得る。
この地で彼が冒した最も愚かな行為は、黎明騎士団を相手にしたことではなく、子供を懸命に守ろうとする小娘の“怒り”を買ってしまった事だと──。




