48 狼は嘘をつく
昼の午後は賑やかだった町も日が落ちてしまえば、夜が支配する世界に様相を変える。
街路を行き交っていた人々は家路に着き、野生の犬や鼠が食べ物を求めて夜の町を彷徨う。
しかし、今夜のドーヴァーコーストはいつもと少し様子が違った。
暗がりに包まれたドーヴァーコーストの一角に息を潜める四人の男たち。
彼らの鋭くとがった眼差しは冒険者ギルド《三脚天使》に向けられていた。
「!」
目を大きく見開いた男の瞳が、建物の裏手にある馬車小屋から飛び出す二つの影を捉えた。
影の主である二頭の馬とそれを駆る二人が羽織ったマントが夜闇に揺らめく。
マントに描かれた紋章を見た男はニタリと笑みを浮かべた。
「とりあえず俺たちの障害はこれで消えたな」
「しかし、騎士団の連中がやって来た時は肝を冷やしやしたが、まさか二人も揃って出て行ってくれるなんて、間抜けな奴らで助かりやしたぜ」
「主が俺たちの味方をしてくださってる。絶好の機会だ。お前ら、仕事にかかるぞ!」
リーダーの男の掛け声を合図にして男達は散開した。
そのうちの一人が、馬小屋の隣に積み立てられた箱を階段替わりにして馬小屋の屋根上に上り、馬小屋と隣接した建物の窓のほうに顔を向ける。
男は壁を器用によじ登ると、開け放たれた窓から部屋の中を確認したのち、さっと素早く室内に侵入した。
蝋燭の火が吹き消された暗い寝室。
寝台で眠りについた標的に気づかれぬように侵入者は慎重に足を忍ばせつつ、懐に手を差し入れ、短剣をスッと懐から取り出すと、ギラリと光る刃に男の冷徹な顔が映った。
寝台のそばに立ち止まると、男は盛り上がった敷布の上に容赦なく刃を突き立てる。
何度も、何度も、何度も──
振り下ろされる刃によって敷布はズタズタに引き裂かれた。
刺客は標的に一切の抵抗も与えず、葬り去る。
たとえその標的が子供であったとしても──
「すまんな。これも仕事なんだ」
事を済ませた男が敷布を一気にめくると、男の冷徹な顔がみるみるうちに怒りの形相へと変わった。
寝台には誰の姿もなかったのだ。
「──ガキの頃、教わらなかったか?」
突然、若い男の鋭い声が暗がりの室内に響いた。
侵入者が視線を周囲に巡らせる。
途端、影一色に染まった寝室の隅に置かれた椅子から人影がゆっくりと立ち上がり、窓から差し込んだ月明りがヴェルカンの顔を照らしだした。
「『部屋に入る際は必ずノックすること』、これ常識だろ?」
小首を傾げ、相手を挑発するヴェルカン。
だが、侵入者は相手が敵だと判断するや否や即座に襲い掛かった。
侵入者が突き出した刃をヴェルカンは子供をいなすように身を翻していとも簡単にかわす。
そして、両腰に差した二振りの剣を振り向きざまに鞘から抜き放った。
「?!」
「──ッフ!」
敵の背後をとったヴェルカンは勢いに任せて両手の二刀を交差させ、相手の背中に一撃をお見舞いする。
「ぐ」
侵入者の男は声にならない声を漏らし、ぐたりと床に倒れた。
男の亡骸を確認したヴェルカンは棚に置かれた魔導ランタンに明かりを灯す。
室内が明るく染まると、建物の外にいた男たちが事態の一変に気がつき、苦い表情を浮かべる。
「ちっ。失敗したか。いったんズラかるぞ!」
リーダーの男が声をあげたその時だった。
町中の窓から明かりがこぼれ、ランタンを掲げた住民たちが窓から次々と顔を出した。
そして次に自警団を連れて男たちの前にあらわれたのは《三脚天使》の店長兼ギルド長であるマーテルだった。
鮮やかな芸当にリーダーの男は感服し、ため息を漏らした。
「……まんまとやられたってワケか」
リーダーの男が独りごちると、男たちは携えた剣を捨て、両手をあげた。
やがて、町の中心で一塊になり、地面に座り込んだ彼らは自警団のお縄についた。
そして、男たちのもとへ建物から出てきたヴェルカンが歩み寄ると、リーダーの男が薄い笑みを浮かべる。
「なんだよ。てっきり抜け出した奴の一人がお前だと思ってたぜ」
ヴェルカンは虫けらを見るような眼差しでしゃがむと、眼光を鋭くした。
「残念だったな、お前ら。黎明騎士団はお前たちが思ってるより間抜けな組織じゃねえんだよ」
そう言い放ち、立ち上がったヴェルカンが踵を返すと、リーダーの男がニタリと笑って口を開く。
「知ってるさ。だから多めに仲間を送っておいた」
リーダーの男の言葉に町の住民からはどよめきの声をあがった。
ヴェルカンはゆっくりと顔のみを動かし、リーダーの男を睨んだ。
「残念だったなぁ!? お前の代わりにお前の大事な部下が死んじまうぞ! ざまあみやがれ! ヒャハハハハッ!!」
すると、ヴェルカンはスッと顔を正面に戻し、口火を切った。
「いや、それは問題ない」
「……あ?」
思いもよらない相手の反応にリーダーの男は眉根を寄せ、小首を傾げた。
しかし、その疑問の答えを彼はのちに知る事となる。




