47 従騎士ユレイの憂鬱
冒険者ギルド《三脚天使》の建物前に軽装の鎧を身にまとった若い女が立ち止まった途端、くすみがかった白茶色色の長い髪がその反動でなびいた。
彼女の名はユレイ。黎明騎士団に所属する従騎士であり、現在はヴェルカンの従者として仕えているが、彼の自己中心的な独断行動に日々頭を抱えている。
「あとは……ここくらい、か」
二十代の若さには似つかわしくないほどの疲労しきった顔で、ユレイがスイングドアに手をかけると、店内に設けられた一つの席に見慣れた人物の背中が目に入った。
「やっと見つけましたよ、ヴェルカン卿。ここにおいでだったんですね」
ヴェルカンが振り返る。そこでユレイは初めてその席にもう一人の存在がいることに気がついた。
桃色に染まった長い髪と卵のように丸みを帯びた顔。
おそらく十代後半に見えるが、このあたりでは見慣れない異国の衣服に身を包んでおり、全身から発する落ち着いた大人の雰囲気を放っているせいで、実際の年齢は判別できなかった。
「ユレイ、どうやらここは“当たり”だ」
言いながら、ヴェルカンは庭園が見える窓のほうを見やり、顔の下半分を鉄製の面具によって覆われた顎で指した。
「あそこにガキがいるだろ?」
「え? あ、はい。いますね」
「今から四日ほど前にガキの親父が何者かに連れ去られたらしい。
んで、ガキの家はどこにあんのか、その日に何があったのかも含めて、一回あのガキから話を聞きに行ってこい」
「は、はあ」
やや不服そうな表情を浮かべるユレイに対し、ヴェルカンの眉がぴくりと動いた。
「なんだ。他になにか言いたいことでもあんのか?」
「お言葉ですが、ヴェルカン卿。貴方はこのあたりでも大変立派な騎士様です。私みたいな無名の従者が話を聞くより、ヴェルカン卿が直接話を聞きに行かれたほうが相手も喜ぶかと」
すると、ヴェルカンはこめかみをポリポリとかきながら顔をしかめ、ボソッとつぶやいた。
「俺、ガキ嫌いなんだよ」
「……は?」
(理由、小っさ!)
ユレイは目くじらをたてつつも、笑顔を取り繕って身を翻し、渋々といった様子で彼の指示に従った。
「──!」
ユレイが席から離れた途端、ヴェルカンの肩がぴくりと動いた。
「あの方も黎明騎士団の方なんですか?」
「ア? ……ああ、まあな」
モモカに話しかけられたヴェルカンは遅れて反応する。
……しかし、彼はどこか上の空だ。
返す言葉や相槌にも芯が入っていない。
彼の視線も正面に座るモモカにではなく、席の周囲のほうに向けられている。
「? どうかしたんですか」
モモカは覗き込むような姿勢でヴェルカンの顔をじっと見つめる。
「いや、なんでもない。ただちょっとな。嫌な匂いがしただけだ」
そう告げたヴェルカンは鉄製の面具に指を添え、顎を撫でる仕草をしながら神妙な顔で目を細めた。
「もしかして私、クサいですか!?」
モモカはあわてふためき、口元を両の手で隠した。
桃髪の着物少女が一人動揺の声を漏らし続けるなか、ユレイがヴェルカンのもとへ戻ってきた。
「聞いてきました、よって……? ……あの、なにかあったんですか?」
戻ってきたユレイは顔をきょとんとした。
体中をくんくんと嗅ぎ始めたモモカに対し、ヴェルカンはユレイに向かって片手でヒラヒラとあおぎながら「気にするな」とそっけなく返す。
「それで。どうだ? あのガキの話は」
「はい。例の失踪事件と共通する部分がほとんどでした。ヴェルカン卿のおっしゃる通り恐らく当たりかと。応援を呼びますか?」
「ああ、頼む。この事件はさすがに俺達二人だけで手に負えるヤマじゃないからな」
途端、ユレイがポカンとした顔でヴェルカンの顔をじっと見つめる。
「あ? なんだ。急に黙んな」
「いやぁ、珍しく私の言うことすんなり聞いてくれたので。らしくないなぁと思って」
「お前は俺をなんだと思ってんだ」
そこへマーテルが戻ってきた。
彼はピスケの父親を捜索中の自警団と共に捜索の手伝いを無償でおこなっていた。
マーテルの姿を見るや否や、一人の女性店員が彼のもとへ駆け寄った。
「店長。その後どうですか?」
女性店員の問いかけにマーテルは神妙な面持ちで静かに首を横に振った。
ヴェルカンはその様子を遠巻きに眺めていたが、頃合いと判断して席を立ち、マーテルの背後に向かって歩み寄ると、彼とすれ違った次の瞬間、
「──店長、だな。話がある」
「っ! あなたはヴェル──」
「返事はしなくていい。誰が見てるか分からんからな。今は俺の話に耳を貸すだけにしておけ」
ヴェルカンの事情を即座に察したマーテルはヴェルカンから顔を背けると、新たに入店する客に向けて笑顔を見せつつ、ヴェルカンの話に耳を傾けた。
「いなくなったガキの親父を探してるそうだな。俺達も手を貸す」
「っ──」
ぴくっとマーテルの肩が動く。
途端、マーテルのなかで堪えていた何かがぷつんと切れたかのように目が次第に潤み始め、唇を震わせながら目頭をきゅっと押さえた。
自分ができうる術の限界を感じ始めていたマーテルの目に映るヴェルカンの姿は天から降り立つ神の使いのように思えた。
すると、ヴェルカンは「だが、その前に」と言って声を低くして告げる。
「一つ、やってほしいことがある。危険だが、簡単な仕事だ」
『簡単』と言っておきながら『危険』を孕んだ仕事。
相反する言葉を並べたことにマーテルは疑問に感じた。
「──来るか」
その一方で、ヴェルカンのほうを一瞥しながらユレイがポツリつぶやくと、モモカが「え?」と反応する。
すると、ユレイはモモカのほうに顔を向けて告げた。
「あんなに愉しそうな顔をしてる時のヴェルカン卿がやることは大抵、面倒事ですから、もし彼と一緒にいるなら覚悟してください」
そう言い、ユレイは再びヴェルカンのほうに顔を戻した。
「来ますよ。“嵐”が──」




