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40 蜘蛛婦人 其の一

 迷宮のどこか──冷気に包まれた真っ暗な空間に奴隷たちを従えた淑女が足を踏み入れると、来訪者に反応してぽつぽつと壁に飾られた青い松明の火が仄かに灯り、部屋全体の輪郭を浮かび上がらせた。

 部屋は淑女が想像していたよりも広く、床の一部は重力を無視して宙を浮遊している。

 巨大な魔法陣が刻まれた床面の中央には長剣が突き立っているのが見えた。


「あれが、例の“遺産”ね」


 黒き仮面を被った淑女が、それを見て断言する。

 しばらく淑女はじっとその剣を見つめた。

 長剣の周りを呪文が螺旋(らせん)状の粒子となって立ち昇り、突き立つ長剣を(おお)っている。

 淑女が切れ長の瞳で奴隷の一人に目配せを送り、(あご)で無言の指示を出すと、男の奴隷が前に出た。一切の抵抗も許さない強大な魔法によって奴隷の足は剣に向かって前へ前へと歩み始める。


 ようやく剣まであと数歩といったところで、奴隷の男が剣を覆う呪文印(じゅもんいん)の壁に半身を突っ込んだ直後、奴隷の男は一瞬にして(ちり)となった。

 その光景を目にした淑女は肩をすくめ、残念そうにため息をつく。


「そう簡単に渡さないわよね。じゃあ、次」


 パチン、と指を鳴らす淑女。

 続いて今度は金髪の長い髪を揺らして一人の女奴隷が前に出た。

 美しく整った顔立ちと左右の髪から飛び出た長い耳。それがエルフ族の特徴である。年齢は二十代前半に見えるが、エルフは長命のためそう見えるだけであって実際の年齢は不明だ。


「──《否定の意志(ヴィアモルフォーゼ)》!」


 エルフの女奴隷が呪文詠唱を口ずさみながら手元に顕現(けんげん)した小さな杖を振るい、魔法名を唱えた直後、彼女の全身から放出されたオーラが剣の周囲を覆う呪文印にぶつかる。

 すると、オーラに触れた呪文印が()がれ落ちていった。


流石(さすが)悠久(ゆうきゅう)の時を生きるエルフ族の魔法は万能ね」


 呪文印の(まく)が完全に消滅したのを確認した淑女が突き立つ剣のもとに歩み寄る。

 淑女は値踏みするように剣を一瞥(いちべつ)した後、臆することなく剣に手を伸ばし、(つか)を逆手で握りしめると、一気に引き抜いた。


「ウフフ。上々の得物(えもの)ねぇ♪」


 薄く黒い布地によって二の腕から手先まで包まれた淑女の長い指先が剣身を艶めかしく撫でる。

 黒き仮面から漏れた淑女の低い声には、その刃にこれから吸われるであろう餌食たちの血に心を滾らせる女の歪んだ感情が宿っていた。


「報告。第二迷宮にて“遺産”を発見。無事確保したわ」


 淑女が()いた片手で小さな球体を呼び出し、球体に向かって話しかけると、すぐに球体から若い男の柔和(にゅうわ)な声が返ってきた。


〈よくやった。これよりお前の任務を()く。次の指令が来るまで休んでおけ〉


 球体からの返答に淑女は仮面の裏で、くすりと唇に妖しい笑みを浮かべた──。


「『()()』じゃないわ。今は“蜘蛛婦人(ミス・ナクダリア)”よ。お馬鹿さん」



 * * *



 ダンテが創ったダンジョンの出口に通じる通路を駆けていたリクトらは左側の通路から突如現れた大きな人影に足を止めた。


「あーら♪ このような場所で鼠を発見するなんて、幸運の女神に感謝すべきかしら」


 真っ黒な仮面を被った背の高い女。肩と胸元を大胆に露出させ、二の腕周りを隠した毛皮付きの黒ドレスを身に(まと)ったその姿はさながら“闇の女王”のようだ。


 女の姿にリクトは見覚えがあった──たしか、ギレオンを召喚した際にあの場にいた狩人だ。

 女は(つや)のある声を黒の仮面から吐き出してリクトの前に立ちはだかると、羽根付きの扇子(せんす)をどこからともなく取り出し、優雅に、そして(あや)()にヒラヒラとあおってみせた。


「気を付けろ。この女は──……“強い”!」


 ガーランドさんはそう言って女に鋭い眼差しを向ける。けれど、その声は()()()()()


「っ! なんで……!」


 途端、強面の男が動揺の声を漏らした。リクトらが強面の男に顔を向けると、彼はある一点を指さした。

 そこへ視線を移した一同は目を疑った。

 強面の男が指さした女の背後、彼女に従うように付き添う半裸の男女たちの中に見知った女性がいたのだ。

 小太りの男が唖然とした表情でポツリつぶやく。


「……どうしてそっちに?」


 小太りの男にそう言われた人物は顔に被った山羊を()した鉄仮面をこちらに向ける。仮面の穴から覗いた片目の瞳には光が無く、抜け殻のように生気が宿っていなかった。リクトはあらためてその人物を上から下まで一瞥(いちべつ)する。

 緑のマントで半身を覆い、片目を眼帯で隠したその人物はまさしくリクト一行を歓迎した《希望の砦》のリーダー・アギレラその人だった。

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