06 希望の袋
《ワイヴァン》の荒い鼻息がニールの耳をかすめた。
ニールが告げた命令は、部下達にとっては“死”を意味していた。
誰もが息を殺し、《ワイヴァン》が通り過ぎるのを待つ。
ところが、気弱な兵士のクンツはあまりの恐怖に耐えられなくなり、その場から逃げ出してしまった。
「おい! 待っ──」
ニールが呼び止めようとした次の瞬間、
木の上から《ワイヴァン》の長い首がぐねりと勢いよく降下し、クンツの頭にかじりついた。
クンツはそのまま木の上にさらわれ、彼の姿は見えなくなった。
森には再び不気味な静寂に包まれる──……。
ニールは木の影から、そっと顔を出し、《ワイヴァン》の動向を静かに窺う。
ニール自身、自分の判断が誤りではなかった事に胸を撫でおろしたが、“ある一つの疑問”が頭に残った。
(……なぜ、あの小娘は奴の習性を知っていたのだ?)
カンカン!
すると、どこからともなく乾いた音が連続して辺りに鳴り響いた──
「「「ギャ?!」」」
《ワイヴァン》はすぐさま反応し、大きな羽を広げて飛び立った。
それに呼応するようにして二匹、三匹、と次々に飛び去っていく。
その衝撃によって突風がともない、木々が大きく揺れた。
「「「「くっ……!」」」」
なんとかその場をしのいだ兵士達。
彼らの真っ青だった顔に生気がじわじわと戻っていく。
ニールは部下数名に指示を出した。
「すぐに負傷者の手当てを急がせろっ!」
「「「はっ!」」」
……すると、どこからともなく飛んできた葉が兵士達の頭上で静止し、文字を作った。
葉のメッセージを読んだニールは眉根を寄せる。
「“馬車をお借りします”──だと?」
* * *
「──……あナタ、なンデ知ってタの?《ワイヴァン》のこと」
土煙をあげて走る荷馬車を操る着物少女。
リクトは荷車の後部からロープを垂らし、《ワイバーン》を誘導する役目を任されていた。
てか、なんだか西部劇のワンシーンっぽいな。
まだ夢を見てる可能性もワンチャン──
途端、カンカンッ! と大きな音が鳴り響く。
音の正体は荷馬車の後部に垂らしたロープの先に縛られた二頭の兜だ。
兜が馬に引きずられ、鉄製の硬い表面が地面に打ち付けるたび、乾いた音が周囲に轟いた。
空を見上げると、6匹の《ワイバーン》が兜の音に釣られ、羽音を立てながら荷馬車を標的に変えて迫り来ている。
「あいつは“目が見えない”。“音”に反応する習性があるんだ」
「質問に答えテない!」
「そう言われてもな……」
正直に『ゲームで知りました』と明かしてみるか?
いやいやいや、それで納得するわけがない。
けれど、彼女を信用させないと、この作戦は間違いなく失敗するし。
どうしたものか。
「……え」
すると、馬の手綱を握っていた彼女が、リクトの右腕に描かれた勾玉の紋章を目にして、声をあげた。
「その刻印って、まさか……!」
「へ?」
「あナタ、もシかシて《渡徒》なの……?」
え、何そのワード!? ここに来て初耳なんですけど!
「いや、ぼくはプレ……じゃなくて」
こういう時って、なんて返せばいいんだろ。
頭をかきながら彼女の顔をちらりと見ると、彼女はどうしたわけか頬を濡らして笑っていた。
「──ようヤく、本物に“会えタ”……」
「……え、それってどういう──」
その時、
空からバキバキッと骨が砕ける音が轟いた。
リクトが空に目を移すと、飛翔する《ワイバーン》の腹部から別個体の《ワイバーン》が顔を出した。
「そんなのってアリ?!」
「どうかシまシたか!?」
彼女は後ろを振り向きかけた。
リクトは慌てて言葉を投げる。
「い、いえっ! 全っ然なんでもないです! そのまま走らせて下さいっ!」
「あ、はイっ! 承知シまシた!」
リクトはため息を漏らす。
面倒事に関わってしまった……。
しかし、後悔しても時すでに遅い。
人がいない場所にヤツを誘導するだけでいいと最初は思ってたが、ヤツらをこのまま放置すれば、数を増やして人類を喰い尽くすかもしれない……。
もしそうなってしまったら、責任は自分にある。
「私の名ワ“モモカ”と申シまス!」
彼女は凛々しい顔で胸に手を当てた。
「この私、モモカがあナた様を全力で支援シマス! 私にどうかゴ指示を!」
「あ、ありがとうございます! 正直、助かりますっ!」
──とは言ったものの……どうすればいい。
いつまでも空を眺めるわけにもいかない。
とりあえず、荷車に何か使えるものはないかと周囲の荷物から探ってみることした。
しかし、荷物袋から出てくるものは食糧や布、工具など地味なものばかりだ。
《ワイバーン》どころか、イノシシ一匹退治するのも厳しい。
「使える武器は弓矢くらい、か……弓道なんて習った事ないけど」
《ワイバーン》討伐は諦め、最初のプランに戻そうかと考えた矢先だった。
ふと積まれた荷物類の奥に見覚えのある刺繍が施された荷物袋が目に入る。
「これって……?!」
積まれた荷物を押しのけ、それを手に取る。
リクトが手にした“それ”は《アスカナ》で見慣れたものだった。
その袋が、リクトの今後を左右する重要なアイテムとなる。