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39 あの角を曲がれば

──……気になる。


 機械仕掛けの奇怪な鳥に『ヴェルカン』と呼ばれたこの男。モモカは一度だけだが彼に会ったことがある。

 巨人の襲撃に遭ったバイセルン城から逃げ出す際、彼があの時、あの場所に居合わせなければ、きっと今のモモカは存在しない。そういう意味で、彼は命の恩人であり、彼には大きな恩義がある。

 けれど、敬愛するリクト様を牢獄に幽閉した張本人でもある。そういう事情もあり、モモカにとって彼に対する思いは複雑だった。


 そんな彼の見た目は一見すると少年姿。15歳の子供だと言っても誰も疑わない。しかし、それは外見だけの話であって内面は違う。彼は“狼面鬼神”の二つ名を持つティムール王国最強の騎士であり、黎明(アウローラ)騎士団・団長なのだ。


……でも、ほんとうの年齢はいくつなんだろう。すっごい気になる。


「それで? あいつとは今つるんでないのか?」

「……」

「? おい」

「……」

「おい! 聞いてんのか!」

「──あ……は、はい!」


 ヴェルカンが声を荒げたことでようやく現実に引き戻されたモモカは目の前でテーブルの上に足を乗せた格好で腰かけた無礼極まりない小柄の男騎士に向けて姿勢を正した。


「それで……えーっと、なんでしたっけ?」


 愛想笑いで返したモモカに対し、ヴェルカンは大きなため息をついた。


「あいつだよ。ほら、お前と一緒に牢にぶち込まれた蒼髪のやつ。今は一緒じゃないのか?」

「『リクト・サシューダ』でございやすよ。ヴェルカンの旦那」


 ヴェルカンの肩に乗った機械仕掛けの鳥が彼の耳もとで囁く。すると、ヴェルカンはちっと舌打ちし、機械仕掛けの鳥に顔をくるりと向けて「いいから! お前は黙ってろ!」と怒鳴りつけた。

 主人に叱られた機械仕掛けの鳥は途端にしゅんとなり、ヴェルカンの様子を見守り続ける鳥と化した。


「彼は行方知れずの男を捜しに行ったきりよ。もう四日目になるわ」


 二人の席に歩み寄ってきた女性店員がモモカの代わりに答えた。

 ヴェルカンが彼女に顔を向けると、鋭い視線を彼女の全身に滑らせてから「まあいい」と言って、モモカに顔を戻しながら、


「居なくなったそいつは”冒険者”か?」


 彼の一言に女性店員が目を見開く。


「ええ。調査中の自警団から聞いたわ。だけど三年前に辞めちゃったらしいけどね。でも、どうして分かったの?」


 ヴェルカンは少し間を置いてから答えた。


「おそらく、俺が調査してる事件と同じだ」

「え……?」


 そう言われ、途端に不安の色がモモカの顔に浮かぶ。


「ここ最近、冒険者の失踪が相次いでる。ただ単に連絡を絶って依頼が長引いてるだけの可能性もあるが、失踪者の多くがランクの低い奴らばかりだ。……妙だろ?」


 モモカは視線を落として顎に手を当てながら「確かに」と口にした後、はっとした顔でヴェルカンに顔を向けた。


「もしかして……リクト様も!?」


 不安の色で揺れる瞳に映ったヴェルカンは確信を持った顔で頷く。


「あいつ、またやばい件に巻き込まれちまったのかもしれないな……」


 ヴェルカンはそう言い、物憂げな眼差しで窓に映る空をしばらく見つめるのだった。



 * * *



 人影が通路を横切るたび、壁に飾られた松明の蒼い炎が激しく揺れる。


「この先の突き当りを左に曲がれば、あとは出口に繋がる一本道です!」


 リクトらの後方から必死に追いすがる小太りの男がそう叫んだ。


「しっかし、ダンテ爺さん考案の避難通路! 作っておいて正解だったな!」


 強面の男が息を切らしながらリクトらと共に並列して通路を駆けていく。

 突き当りの壁に辿り着くと、足を止める事無く角を曲がる。だが、その先にぽつんと(たたず)んだ人影が全員の目に留まる──


「……」


 リクトはその姿をじっと見()えた。

 カミラフカを被った神官見習いの格好をした少女の後ろ姿──そこから導き出された答えは一つしか無かった。


「出た。百合(ゆり)の悪魔!」


 直後、その人物がくるりと振り返り、棒状の何かが少女から突き出されたかと思うと、リクトの(ほほ)錫杖(しゃくじょう)の先端がめり込んだ。


「勝手に悪魔に分類しないでくれるカナ?」


 錫杖(しゃくじょう)の持ち主はルースさんだった。

 顔はぎこちない笑みを浮かべているものの、吐き出されるその声色には煮えたぎった怒気(どき)を含んでいて、神に仕える者には到底見えない。


「つか、『()()』ってなに?」

「し、知らなくていいよ……」


 その横で強面の男が彼女の足元を見やる。ルースさんの周囲にはいくつものモンスターの死骸(しがい)が転がっていた。


「すげえな……これだけのモンスターをあんた一人で殺ったのか?」


 圧巻の芸当に感嘆の声をあげる強面の男だったが、その顔はルースさんに対する感心と(おそ)れが入り混じった表情で引きつっている。


……つまり簡潔(かんけつ)に述べるとドン引きしている。


 ルースさんは力強く錫杖を突くと、目を閉じ、片手を胸に当てながら「私は神に仕える身ですので、このくらい当然です」と言ってみせた。


「とりあえず話は(あと)だ! 出口はこの先か?」


 ガーランドさんが小太りの男に道を(たず)ねると、小太りの男は大きく(うなず)く。


「はい。あとはここをまっすぐに進むだけです!」


 一同はその言葉を希望の灯火(ともしび)にして、同時に(うなず)き合う。

 鬼の鉄仮面騎士との戦いで死にかけた男達もその言葉で活力を取り戻し、我先(われさき)にと走り出した。

 続いてガーランドさん、小太りの男、強面の男が駆け出すなか、ルースさんは一人だけ釈然としていない様子だ。

 見かねたリクトが声をかける。


「なにしてるんですか! 早く行きましょう!」

「ええ……」


 何かを言いたげな顔だ。けれど今はそれどころじゃない。

 各々の心情を胸に秘め、リクト一行は長い通路を駆けていった。

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