31 獣を迎え撃て
松明の灯りによって全面的に青く彩られた石造りの通路を5人、8人、と次々に人々が駆けていく。
そのなかで、最も若い男のアントンが舌打ちをうち、恨めしそうに顔を歪めた。
(こうなったのも全部ガーランド一行のせいだ! あいつらさえ来なきゃ俺達はずっと平和に生き残れたんだ! なのにぃ……!)
アントンはぎしりと歯を食いしばり、通路の先を睨んだ。
(ここから生き延びたらアギレラさんに抗議してやるっ! 敵襲の元凶となったあいつらをなんとかして追放しないと!)
頭で先の事を巡らせていたその時、天井の穴から突如人型のモンスターが現れ、アントンに飛びかかった。
敵の正体はすぐに分かった。
蜥蜴の頭を持った亜人種・《蜥蜴人》だと。
だがそれを知ったところで時すでに遅く、身体は反射的に両腕で顔を覆った。
それが無駄な行為だと知りながら──
「《聖灯弾》!」
突然、通路全体がまばゆい光に染められ、一つの大きな光弾が《蜥蜴人》の腹部に炸裂した。
鋭い金切り声をあげ、通路奥へと弾き飛ばされた《蜥蜴人》の姿を指の隙間から覗き見たアントンは、顔を覆っていた両腕をゆっくりと下ろし、何が起きたのか状況を掴めないままその場に立ち尽くした。
「フゥ~。事前に詠唱の準備しておいて正解だったわね」
後ろからため息まじりでつぶやく気だるげな少女の声がして、アントンは振り返った。
そこには不安げに傍観している他の仲間達を背にして佇む黒の神官服を身に纏った眼鏡少女の姿があった。
天井の穴からは無数のモンスターの鳴き声が近づいてくる。
レンズにヒビが入った丸眼鏡をかけた少女は錫杖頭をアントンに向けた。
「あたしがここで足止めしておくから!」
ルースはそのまま背後に立ち尽くしていた者たちにも顔を向けて声を投げる。
「ここはあたしに任せて! あんた達はとっとと行って!」
ルースに発破をかけられ、一人、二人と次々に走り去っていくなか、アントンは悪びれた様子で口をモゴモゴとしながら何か言いかけたが、眉間にしわをよせるルースと目が合ってしまうと、逃げ出すように走り去った。
通路に一人残されたルースは溜息を吐き、天を仰ぐ。
(リクトがどれほどの実力者かを計るために面倒くさい人探しクエストを手伝ってやったってのに、あいつといるとろくでもない事だらけ)
「ほんと、厄日だわ……」
* * *
血だまりと腕や脚がちぎられたいくつもの遺体が転がる空間に佇んだ甲冑騎士の人影。
そして、その者に首元を掴まれた小男が顔を歪め、宙に浮いた足をばたつかせて無い地面を必死に探すたびに彼の短い足が何度も空を切る。
瞬間、コツン、と甲冑騎士の鎧に小石がぶつかった。
小石が飛んできた方向に狩人が鬼の鉄仮面の正面をくるりと向けると、そこには筋肉質な体の金髪男とその仲間達が待ち構えるようにして立っていた。
「こっちへ来な! 新入り。俺たちが相手してやる!」
すると、鬼の鉄仮面騎士は飽きた玩具を手放すかのように小男を床に落とし、そのまま男達のもとへ歩み始めた。
ガーランドはそばに立つ小太りの男にそっと耳打ちする。
彼の作戦を理解した小太りの男が男達の間を縫うように後退するなか、ガーランドはジャケットから小瓶を取り出し、尽きかけた魔力を補給し終えると、戦意を奮い立たせるように空になった小瓶を床に叩きつけた。
(先にルースに頼んでカラダを回復させておいたのは正解だったな!)
「よしっ、これで存分に戦える!」
ガーランドが眼光を鋭くしてブツブツと小声で呟いた瞬間、彼の肌を包み込んでいたジャケットが波打ち、彼の分厚い胸板を晒してガーランドの前で黒い液体状の渦を巻くと、彼が指さした方角に向かって勢いよく射出された。
放たれたソレは瞬時に網の形状へと変わる。
生ける網は鬼の鉄仮面騎士を標的として捉えると、一瞬の内に狩人の体を絡めとった。
ガーランドに続き、小太りの男も携えた鎖を振り回し、狩人に向かって投げつける。
他の男達も素早く狩人の周りを取り囲むと、順々に鎖を幾重にも投げつけ、四方八方から狩人の手足を縛り、動きを完全に封じ込めた。
「悪ぃーな。汚えやり方でよう。だが、こっちも命賭けなんでな!」
捕らわれた鬼の鉄仮面騎士は天に向かって獣の咆哮をあげた。
野獣のけたたましい呻声が広間に轟き、その声に周りの男達が怯みを見せるなか、ガーランドは一人依然として戦意を失わず、闘志を滾らせた眼光でゆっくりと口を開いた。
「行くぞ、アーティ! 《暗翳の外套》タイプ──《黒鉄ノ処女》!」




