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26 死線の先

 オスヴァルト様……、ふと頭に浮かべた男の顔に対し、ルースは走りながら頭を横に振った。


(なんで、こんな時にあの男の顔を思い出すの!

 こういう時に思い浮かべるのはフツー美少女の顔でしょうがっ!)


 ルースが苛立ちを隠せずにいた理由──

 それは先刻おかした自分の失態にあった。

 伝説級魔法──

 あの時、本来であればルースは《反魂滅葬(エクソドゥーザ)》を本気で使う気は無かったのだ。

 その理由は二つ。


──倒した狩人から情報を聞き出し、脱出の糸口を掴むため。

──今後の戦闘に備えて、魔力を温存するため。


 ところが、《怨屍鬼(タキシム)》の一件で感情に揺らぎが(しょう)じ、冷静な判断が鈍くなってしまったルースは、咄嗟の判断で最後の切り札を全力で使い果たしてしまった。


(あたしは立派な聖職者なんかじゃない……自分が一番有能だと思い込んでた、ただの馬鹿女)


 彼女は走りながら顔だけを動かして、後ろを振り向いた。

 ルースらの後方からは硬い金属音と獣のけたたましい唸り声が迫ってくる。


「この先です!」


 くしゃくしゃになった紙切れを広げ、紙切れに視線を滑らせていたアイシャが顔をあげて前方の角を指さした。

 一同は言葉を発することもなく、目と目を合わせて互いにコクンと頷き合う。

 その先にある“希望”を信じて──。



 * * *



 鼠狩り(カカラトス)の観客席では、いつしかとある一組のに注目の視線が集まっていた。


「あの鼠どもめ、なかなかしぶといですな」

「狩人の魔法道具を使えるだなんて、低レベルの鼠にしては知能が少しお高いようね」

「だが、奴らの運もこれまで。悪食公(あくじきこう)の標的になったのだ。生きては出れまい」


 各席から観客の会話が漏れるなか、ワイングラスを唇から離した青年ユノスは、グラスを揺らしながら鏡が映すリクトらの様子を眺めつつ、微笑みを口元に浮かべる。


「……どうやらチェックメイトのようだね、姉さん」


 彼の反対側の席に腰かけた長身の麗人(れいじん)は、ぼんやりとした目で見つめていた鏡から視線を外すと、細長い脚を組み替え、長めの前髪に隠された切れ長の目をそっと閉じた。


(相変わらず、何を考えているのかさっぱり分からないな、姉さんは……)


 沈黙する長身の麗人を横目にユノスはもう一度ワインを口に含むと、鏡に視線を戻した。



 * * *



「見えました! あれです!」


 リクト一行が通路を走るなか、アイシャが高らかな声をあげ、正面を指さした。

 その先に一同が目をやる──すると、そこには巨大な石橋が見えた。

 瞬間、安堵の表情を浮かべたガーランドだったが、橋の先に視線を滑らせた途端、一気に顔を引きつらせた。


「おいおいおいおい。冗談だろ……!」


 橋の先には一同の行く手を塞ぐように巨大な石壁が横たわっていた。

 壁一面には翼の生えた人間と異形の怪物が争う様子が掘られていて、リクトはその石壁を見るなり「あれ」と小さな声を漏らしたが、途端にルースの声が割り込んだ。


「行き止まりじゃん! ほんとにあそこで合ってんの?! でございます?!」

「はい! と、とにかく走ってください!」


 アイシャの指示にリクトとガーランドとルースはやむなく従い、全力で橋を駆け抜けた。

 橋の下にリクトが顔を向けると、橋の真下は奈落の闇が広がっている。

 リクトの足が限界に達しかけた直後、橋を渡りきった一同は壁にぶち当たり、すぐさま背中を壁にくっつけて振り返った。

 一同の視線の向こうには、もう鬼騎士の姿がはっきりと見えていた。

 鬼騎士は足を止める事無く、もうすでに橋の入り口に差し掛かっている。


「で、どうすんの!? これでおしまい?! でございます?!」


 焦りに満ちたルースの声が迷宮(ダンジョン)内に反響する。


「みんなこのままじっとしてて! 絶対に動かないでください!」


 アイシャが一同に呼びかける。

 すると、鬼騎士は途端に橋の中央で速度を緩めた。

 両手斧を握りしめ、ジリジリとリクト一同に迫る。

 鬼騎士は獲物を前にして興奮が収まらなくなったのか、鉄仮面の口からは白い吐息が次から次へと漏れ出し、(くう)に何度も溶けた。

 硬い金属の足音が次第に近づいてくると、ガーランドが声をあげた。


「これで死んじまったらあの世で会おうぜ! 一杯おごってやる!」


 恐怖に耐えられなくなったリクトは頭の上に乗っかっていたエレウとほぼ同時に目をギュッと閉じた。 


(死ぬならせめて痛みは感じない方法にしてください! お願い!)


 鬼騎士が両手斧を振り上げ、走り出した次の瞬間──

 バチン。

 何かが(はじ)ける音がした。

 ゴウンッ!!

 闇色に染まった天井から(くう)を裂き、巨大な刃があらわれた。

 刃は橋を一気に横切り、鬼騎士の横腹に直撃した。


「!?」


 瞬間、野獣の咆哮が轟く──

 橋の外に投げ出された鬼騎士は落下に身を任せつつ、橋の上から様子を窺うリクトらに顔を向けた。


「──!」


 ぞくり。

 リクトは鬼騎士と目が合った直後、寒気が全身を走った。

 鬼騎士は鉄仮面の奥から殺気を帯びた目を光らせたまま、徐々に姿が見えなくなり、やがてフッと闇の世界に消えた。


 ジャラリ……。

 鬼騎士を橋から突き落とした巨大な刃が振り子のように揺れている。

 刃をしばしの間、目を細めて見つめていたリクトは次第に目を見開き、口を開く。


「まさか、ここって──」


 途端、ガチャリと大きな音がすると、巨大な壁が二つに割れ、ゆっくりと左右に滑りながら動き出した。


「まさか壁が、“門”そのものだったとはな」


 ガーランドが呟いた途端、一同は壁の向こう側から現れた集団を目にして言葉を失った。

 壁の向こうにいたのは老若男女の集団だった。

 数は50名ほど。

 着ている恰好や種族は皆違えど、冒険者バッジを身に付けた者が何人か見えた。

 優しげな視線でこちらを見つめる壮年の男もいれば、猜疑心に満ちた目つきでこちらを睨みつける青年もいる。


「はいはい、ちょっとごめんねぇ」


……すると、人と人の間を縫うようにしてリクトらの前に長身の女戦士が姿を現した。


「よくぞここまで生き延びた。歓迎する」


 緑のマントに身を包み、栗色のショートヘアの女戦士は腰に手を当ててそう言うと、前のめりになってリクトらに視線を這わせた。

 彼女の黒い眼帯で塞がれていない片目の瞳で、美女にじぃっと見つめられたルースは頬を赤く染めて顎を引き、唇をきゅっと結んだ。

 女戦士はリクトらをしばし観察したあと、うん、と力強く頷くと姿勢を戻したのち、白い歯をちらりと覗かせた。


「ようこそ、“希望の砦”へ──」

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