23 怨屍鬼・後編
「畜生……! 動きが早ぇ!」
体力の限界が近づくなか、ガーランドは背中と片足に走る痛みと闘いながらも《怨屍鬼》の短剣二刀流による度重なる斬撃を必死に躱していく。
幾度となく攻撃をすんでのところで躱すたびにガーランドの金髪の毛先が数本刻まれ、空を舞う。
戦況を静かに観戦していた黄金の髑髏仮面の男は仮面の裏で不敵な笑みを浮かべた。
(お前たちに奴の息の根を止めることは不可能。なぜならジョン・ドゥは俺が研究し、蘇らせた屍のなかでも一級品。首を吊られる前、奴は国中を恐怖に轟かせた凶悪殺人鬼だった……。だが、今では俺のコレクションのなかでもお気に入りの死体だ)
男は顔を歪めるガーランドを見やり、仮面の裏で興奮のあまり吐息を漏らす。
(そのしぶとさと耐久力、俺のコレクションの一つとして加えるに相応しい。さぁ……諦めて俺の屍となるがいいっ!)
「おっさん! もういいから! さっさと降参しなさいよっ!」
限界に達したルースが片足を前に踏み出し、声を荒げる。
即座にガーランドは反応し、苦笑いを浮かべて攻撃を躱しつつ口を開けた。
「へへ、どうやらそうみたいだな……! それじゃあ仕方ねえ、降さ──」
彼が言い終える前に一本の短剣が空を切り裂き、ガーランドの顔めがけて飛んできた。
ギリギリのところで躱したガーランドは顔をしかめ、「おい──」と言葉を発しかけたが、その隙も与えず、ジョン・ドゥの攻撃は短剣一本になりながらなおも斬撃を繰り出した。
「ちょっと! 彼、『降参する』って言おうとしてるでしょ! ちゃんと聞きなさいよ!」
ルースが前のめりの姿勢で声をあげる。
「あぁ? 聞こえなかったな? 死死ッ! もう一度言ってみな! 言えるもんならな!」
「あいつ! 見た目だけじゃなくて中身も腐ってる!」
やがて、繰り出される斬撃はだんだんと下がり、ガーランドの片足へと狙いの的が変わった。
「薬で治りかけてた傷をわざと狙ってる……!」
リクトがそう発言するなり、ルースはリクトに一度視線をずらして目を見開き、再度ガーランドのほうへと顔を戻すと、彼女の顔は焦りの色に変わっていく。
ジョン・ドゥは腕と足を器用に使い、後方回転しながら床に落ちていた両刃剣を取り戻し、床を強く蹴り上げて最後の突撃を仕掛けた。
「これで終わりだ──」
途端、ジョン・ドゥの動きがぴたりと止まる。
ガーランドは思わず閉じた目をゆっくりと開いた。
すると、自身の上半身を覆っていたジャケットが消失し、いつの間にか半裸の姿に戻っていた事に気がつく。
視線を正面に移すと、信じられない光景が目の前にあった。
黒い大蛇がジョン・ドゥの全身に絡みつき、相手の動きを完全に封じ込めていたのだ。
大蛇の正体を察したガーランドが口をぽかりと開ける。
「お前……」
「ガーランドさん、今ですよっ!」
「さっさと降参して!」
リクトとルースの声が飛んできて、ガーランドは二人に顔を向けた。
「ああ、わかってる」
顔をジョン・ドゥに戻したガーランドは物凄い剣幕へと変わる。
「だが、その前に……」
怒りを一歩一歩に乗せて相手に近づいたガーランドはジョン・ドゥの眼前で足を止める。
体の自由を奪われ、悔し気な顔でガーランドを睨みつけるジョン・ドゥに対し、ガーランドはニッコリと笑った。
そして、
「ブハァッ!!」
笑みが一瞬で消え失せると、額に青筋を立てたガーランドは拳を握りしめ、ジョン・ドゥの腐りかけた顔面に渾身の一撃を喰らわせた。
同時に大蛇の巻きつきが解けてガーランドのもとに戻っていく。
「ふぅ~……スッキリした」
数メートルほど飛ばされて床に叩きつけられ、口から泡を噴き出すジョン・ドゥをよそにガーランドは飛んできたジャケットを手に取る。
颯爽とジャケットを肩にかけた彼はリクトらのほうへと歩を進めつつ、満足げに口を開いた。
「──“降参”だ」
ルースらが安堵の声を漏らすなか、リクトは柔らかな笑みでガーランドの帰還を出迎えた。
「その子、すっかりガーランドさんになついちゃったみたいですね」
ガーランドは口角を少し上げて、ああ、と返し、ジャケットに温かな笑みを向ける。
「ありがとな、“相棒”」
その様子をじっと眺めていた黄金の髑髏仮面の男は仮面の裏で思いもよらない展開に目を細めた。
(まさかあのような者が、会って間もない魔法生物を手懐けてしまうとは……いや、飼い主に元々好かれていなかったのか)
すると、男は前に出てきたリクトと目が合った。
(幸運はそう長くは続かないぞ? 鼠め……)
途端、床に倒れていたジョン・ドゥが血が混ざった唾を乾いた口から勢いよく飛ばし、フラリと立ち上がる。
殺気が滲んだ顔つきと眼差しからは、ガーランドとの戦いでは見せなかった彼の本気度が窺える。
緊張で顔が強張ったリクトの耳元にガーランドの口がそっと近づいた。
「あいつ、攻撃を繰り出す時に右足を前に踏み出す癖がある」
「……え?」
「それと、首をたまに押さえていた。負傷してるのかは知らんが、もしかすると人間だった頃の痛みが残ってるのかもしれない。とすればだ、おそらくあいつの弱点はあそこかもな」
ガーランドはそう囁くと、リクトを送り出すように彼の肩を軽く叩いた。
「俺にできるのはここまでだ。幸運を祈る」
リクトはくるりとガーランドに身体を向けて、礼を言った。
「ガーランドさんが必死に探し当てた情報、必ず役立たせてみせます!」
ガーランドは力強い眼差しでリクトを見つめ、コクリと頷いた。
対戦相手のほうに身体の正面を向けて振り返ったリクトの掌に黒い粒子が集まり、魔導銃が手元に出現する。
瞳に闘志が宿ったリクトが魔導銃をすかさず手に取ると、ジョン・ドゥは肩をすくめた。
「ケッ。妙な骨董品を使いやがって。鼠の趣味は分からねえな」
「彫像に封じられし被造物よ、我に力を示せ──」
詠唱しつつ、リクトは床に銃口を向け、引き金を引いた。
ズドンッ!
撃鉄に取り付けられた魔石と当たり金がぶつかり、青白い火花が炸裂する。
ほぼ同時に銃口からも火花が散り、床面に弾丸が弾けた直後、円形状の魔法陣が床面に浮かび上がった。
途端、冷たい風がどこからともなく吹き込んだ。
不気味な風音だけが静寂になった空間を支配し、やがて床面に浮かんだ魔法陣が霧状となって形を変え、霧の塊が風に乗って虚空を漂い始めた。
すると、たちまち霧の中から白目をむいた巨大な馬の姿が浮かび上がり、男とも女ともつかぬ掠れた囁き声が辺りにこだました。
「さっさと来やがれ!」
両刃剣を構えつつ、ジョン・ドゥが腐った歯を剥き出しにして、生き物のように揺らめく霧を血走った眼球で追いかけるなか、リクトはそっと目を閉じて囁いた。
「この世にのさばる悪に恐怖の夢を与えよ──来たれ、《夢魔》!」
直後、霧がリクトの前面に集まり、人の形を成す。
背中に伸ばした鮭色に染まりし後ろの長い髪の毛が揺らめき、それに対して黒き前髪で片側の目を隠した馬耳の少女が、シースルードレスの裾をなびかせて床にそっと降り立った。
「マスターのお望み、承知致しました」
長い眠りから目を覚ました子供のように閉じた片目をゆっくりと開けた彼女はぼんやりとした顔をしつつも、目の前のジョン・ドゥを視界に捉えた瞬間、鋭い目つきへと変わる。
「──……ここからは、私の時間です」




