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20 無謀なる挑戦

 壁にかけられた松明の火が揺らめく通路。

 下の階から床をぶち抜き、足元に開いた大穴を境界線にして、ルースさん達と狩人の男二人、そして下の階から現れた珍客のリクトとガーランドさん含めた三組は突然の状況に困惑した顔で、それぞれが相手側の出方を(うかが)っていた。


「あんた、どうして──」


 ルースさんが口火を切ったその時、

 彼女の肩の上を浮遊していたエレウが一目散に飛び出し、困惑するリクトの顔面にエレウの全身がびたんっと張り付いた。


「ふぎゃっ!?」

 

 突然の顔面直撃にリクトは驚きつつも、小動物をつまみあげるようにエレウの小さな身体をそっと引き離す。

 リクトの眼前では、頬を濡らしたエレウがうるうるとした目でこちらを見つめていた。


「……また会えたね、エレウ。嬉しいよ」


 堪えていた感情が波のように押し寄せてきたリクトは顔をうつむいた。


「正直、もう会えないんじゃないかって思ってた。

 よかった。ほんとに……」


 顔をあげたリクトがエレウと目を合わせる。

 少年は瞳を揺らし、口元を(ゆる)ませた。


「ずっと怖かったけど、エレウの顔見て安心した。

……怪我とか、してない?」


 リクトの手から離れたエレウが宙にふわりと浮かぶ。

 エレウはこぼれた涙を小さな手で拭い、かぶりを振ってみせた。

 静かに歩み寄るルースさんの気配に気がついたリクトが視線を彼女のほうに向ける。

 すると、ルースさんはびくっと肩を震わせ、ぎこちない笑みを作った。


「や、やっほ……」


 ルースさんは片手を遠慮気味にあげ、グーとパーの手振りを数回繰り返しながら、再会の挨拶をしてみせた。


「……ご無事で何より……でございますわ、ね」


「あのう。ルースさん。ちょっといいです?」


 ルースさんはぴくりと反応し、二、三歩ほどずずずと後退(あとずさ)りした。


「い、いや……あ、あれだよ? 助けに行こうとしたんだよ? 一応。

 あの時はあたしもね?」


 ルースさんは急に早口に変わり、醜い言い訳を始めた。


「わかってます」

「……え?」


 ルースさんはリクトの顔を見た途端、丸眼鏡の奥にある目を丸くした。

 リクトは柔らかな笑みを浮かべて告げる。


「ルースさんは、こういう人だって分かってました」


 ルースさんは安堵した表情を一瞬見せたが、数秒遅れて言葉の意味を理解したようで、顔を一気に赤面させる。


「な、なによ! あたしにだって良心くらいは残ってるわよ!」

「いや無いでしょ」

「っはぁ?! あんたねぇ!」


 ルースさんはムッとした顔でリクトに急接近すると、頭一つ分ほど背の高いリクトの顔をつま先立ちで見上げ、キッと睨んだ。


「お前たち、喧嘩するのはあとにしておけ」


 そこへガーランドさんが二人のもとに歩み寄る。

 彼は目配せして二人の視線をある一点に向けさせた。

 視線の先には床の大穴の向こう側に立つ仮面の男二人の姿があった。


「クハハハハッ!」


 広い肩幅を震わせながら、黄金の髑髏仮面ゴールドスカル・マスクの男が高らかに笑う。


「いやはや、これほどまでに常識外れの行動を取る者を見たのはいつぶりだろうか。

 長きに渡り、(せい)に執着した甲斐(かい)があるというもの」


 仮面の口に手を当て、笑いをこらえる男の姿にルースさんとガーランドさんは眉をひそめた。

 そして、黄金の髑髏仮面ゴールドスカル・マスクの男は仮面に開いた二つの穴の奥からギラリと目を光らせる。


「……殺すには惜しいなァ」


 黄金の指輪で彩られた右手で握りしめた短杖(ワンド)を狩人が振りあげた次の瞬間、黄金の髑髏仮面ゴールドスカル・マスクの男の背後に無数の白い人影がゆらりと現れた。


「《亡霊(ゴースト)》……!」


 ルースさんはボソッとつぶやく。

 白い影たちはまるで、もやのように空気と半分同化していた。

 性別が分かるほどの人の形はある程度残していたが、男の影も女の影も同様、目の周りはどす黒く、ボコッとへこみがあり、へこみの中心に宿した眼は小さく、縦に切り目がある眼球を爬虫類のようにぎょろりと動かしている。

 生前の面影がない《亡霊(ゴースト)》の大群を背にして、黄金の髑髏仮面ゴールドスカル・マスクの男は人魂のように燃えさかる青い眼を光らせた。


「魂を肉に縛られし鼠たちよ──ここで、死合(しあ)おうぞ!」


 狩人の二人が今にも飛びかかってきそうな気配をリクトが感じ取った瞬間、ルースさんが「まった」と告げた。

 彼女は左の掌を狩人らに向けて突き出す。


「ただ戦うだけじゃ、つまらないでございましょ?

 ここは“個人戦の勝ち抜き戦”で勝負しませんか?」

「「「は~?!」」」


 ルースさんの突飛な提案に男性一同は顔をしかめた。


「なに言ってんだよ。一対一で勝てるわけないだろ!」


 問い詰める強面の男に続いて、ガーランドさんが口を開く。


「なにか策はあるんだろうな?」


 ガーランドさんは小声でルースさんの真意を問いかける。

 すると、ルースさんはガーランドさんの目をしっかりと見つめ、コクリと力強く頷いた。


「ふむ……分からぬな」


 突如、黄金の髑髏仮面ゴールドスカル・マスクの男が低い声を出した。

 男の声に引き寄せられるようにリクトらは自然と男のほうに顔を向ける。


「なぜだ。なぜ、わざわざ不利な状況の戦いを望む?

 多数で我々と戦うほうが、お前たちにとっては有利になるはず。

 お前たちの意図がまったく見えぬ」


 すると、傍らに佇んだ死面の少年が不気味な笑い声をあげた。


「少しでも長生きがしたいんだろ?

 オレらと遭遇して助かる保証はどこにも無いんだからサ」


 ねっとりと語る死面(デスマスク)の男に対し、ルースさんは毅然とした態度で「ええそうよ」と返した。


「結局、どうあがいたって、あんた達が勝つ。

 だったら死に方くらい、選ばせてあげてもいいんじゃない?」


 黄金の髑髏仮面ゴールドスカル・マスクの男は鼻で笑った。


「鼠の考える事は常軌(じょうき)(いっ)しているなァ。まあよい」


 呆れながらも狩人は彼女の提案を受け入れた。


「それともう一つ。

 負けたら勝ったほうの言う事を聞く──で、どう?」

「ちょっとそれは……!」


 言いかけたリクトに顔を向けたルースさんは人差し指をリクトの唇に当てた。


「仮にだ。

 お前たちが奇跡的に勝利したとして、何をオレ達に要求するつもりだァ?」


 死面の少年が問う。

 すると、狩人らに顔を戻したルースさんは自信に満ちあふれた顔で言った。


「もしも、あたし達が勝ったら『迷宮(ダンジョン)からの脱出に協力する事』──

 それが、あたし達の要求よ」

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