04 花吹雪
広い野原に辿り着くと、野原には幼い子供らが一か所に集まっていた。
さっき走り去った子供の姿も見える。
子供らは一人の少女に向けて好奇な視線を注いでいた。
欧米風の服装の子供らに対し、少女は桜色髪のポニーテールに黒い風車の形をした和柄の髪飾りをして、白と赤をベースにした着物と黒の袴姿、腰には桜や紅葉があしらわれた刀の鞘を差している。
草の茂みから目を凝らし、少女の顔をよく見ると、日本人離れした自分の顔よりも、日本人の顔に近かった。
目はパチッとしていて、鼻筋も通っている。
背丈は小さく、アバターキャラのリクトと同じくらいの年頃に見えた。
着物少女が何やら呪文のような言葉を口ずさむと、葉が宙に浮かんで集まり、文字を形作った。
その光景に子供らは目が釘付けだ。
少女は虚空に葉を集めると、二羽の鳥が仲良くスリスリと体を寄せ合い、口づけをかわす様子を作ってみせた。
子供らはキャッキャと喜び、元気な拍手を彼女に送る。
ところが、興奮おさまらない様子の子供らは同じフレーズを連呼し始めた。
途端に少女は眉を八の字に垂らし、困り果てた表情を浮かべつつも、諦めたようにため息を吐き、着物の懐に右手を入れた。
どうやら子供らのアンコールを受け止めたようだ。
懐から赤い勾玉を取り出した彼女は子供らからそっと離れると、深く息を吸う。
見開いた彼女の瞳には、どこか不安の色が揺らいで見えた。
“──できるかな……”
瞬間、彼女がそう呟いたような気がした。
「この地にスまう花霊よ、我の祈りに答えタまえ。葉に泡沫のイノちを与え、我の元に咲キ乱レよ」
着物少女の詠唱が始まると、周りの草木が激しく揺れ、木の葉が集まって空に舞い上がった。
そして彼女は声高らかに魔法の名を口にした。
「──《万華爛漫》!」
彼女が呪文を唱えた瞬間、舞い上がった葉は子供らと近くにいたリクトを巻き込み、葉で紡がれたドームの中へと閉じ込められた。
一枚一枚の葉から蕾が生え、一気に開花した。
右を見ても、左を見ても花、花、花……種類の異なる花たちが色鮮やかに咲き乱れた。
それは、まるできらめく万華鏡の中に入ったような感覚だ。
ゲームの演出を遥かに凌ぐ迫力を見せつけられた自分は目の前に顕現した幻想的な光景に口を開く。
「……これが、本物の“魔法”」
すると、肩に一滴の水滴がポタリと落ちた。
肩に当たったものを何気なしに指で擦り取ると、思わず顔を歪めた。
「きったな!」
指先は黒々とした液体で濡れてしまっていた──液体の正体を探して空を見上げると、怪しい雲が頭上の空を覆っている。
途端、湿気を帯びた生温かい風がどこからともなく吹きつけてきた。
……たまらなく嫌な感じがして、その場から離れようか思案していたその直後、カチャカチャと金属同士がぶつかる音を鳴らして西洋風の甲冑を着た兵士らが続々と現れた。
駆けつけた兵士の一人から、何かの指示を受けた少女は、一瞬悔しそうな表情を浮かべたが、渋々といった様子で虚空に浮かばせた花々を残したまま子供らを引率し、その場から離れて行く。
「……なんだか慌ただしくなってきたな」
ふと、心の声が漏れたその時、虚空に浮かんでいた花々に黒い雨が当たると、たちまち花々は一気に萎れ、やがて黒ずみ、灰となって消え去った。
次々と地面に落ちた黒い雨粒は蠢き、水滴の一つ一つが一か所に集まり、“黒い塊”と化した。
嫌な予感は見事に的中した。
黒い水の塊は一匹の“黒い小竜”に姿を変えたのだ。
しかし、小竜と言えど、大きさはゾウほどもある。
毒々しい皮膚からは激しく脈打つ血管が浮き出ていた。
鳥のような二本足で立ち上がった黒い小竜はコウモリのような羽をバサッと広げ、空に向かって咆哮をあげた。
「ギシャアアアアッ!!」
──その姿は、《アスカナ》に登場するドラゴン系モンスター《ワイバーン》にそっくりだった。
「ゲームと同じ姿の《ワイバーン》がこの世界に存在するって事は、ここはもう《アスカナ》の世界で確定だな!」
そう結論づけて、腰に差した短剣を手に取る。
「ここがゲームと同じなら、自分でも戦える……はずっ!」
瞬間、整列した兵士らの中にいた指揮官らしき男が、高らかに声をあげた。
指令を受け取った弓兵達は《ワイバーン》に向かって次々と矢の雨を降らした。
──ドスッ!
──ドスッ!
──ドスッ!
「ギャッ!?」
《ワイバーン》の背中にいくつかの矢が突き刺さり、怒り狂った《ワイバーン》は長い尻尾で周囲にいる兵士らをなぎ払う。
それによって、十数名の兵士が後方へ弾き飛ばされた。
指揮官らしき男は《ワイバーン》の咆哮に負けじと声を荒げ、怯んだ兵士らの士気を高めた。
瞬間、《ワイバーン》の首がぐねりと伸び、正面に突き出た蜥蜴のような口がガパッと開いたかと思うと、指揮官らしき男をあっと言う間に呑み込んだ。
「え、ほんとうに……人が……死んだのか……? いや、まさかな」
《ワイバーン》の口がムシャムシャと動く。
凄惨な光景を目の当たりにした兵士らは、身をガタガタとこわばらせて、剣を構えたまま後退していく。
そんななか、若い男の兵士はあまりの恐怖のせいか、立ち尽くしたままその場に取り残されていた。
……だが、《ワイバーン》は怯える若い兵士の横を、あっさりと通り過ぎた。
まるで関心がないかのように。
《ワイバーン》の白濁とした目は、近くに佇んだ若い男の兵士ではなく、後退した兵士らに向けられていた。
そこで、リクトはあることに気が付いた。
「──そうか! あいつは■■■■■■■■っ!」