19 混沌
即席パーティは結成したものの、戦力が増えたところで、危険性が下がったわけではない。
体力と魔力を温存しつつ、モンスターや狩人との遭遇を避けて進んだ。
仲間を見つけ次第、来た道を戻れるように分かれ道には必ず目印を刻んだ。
ルースの勘の鋭さと偵察に長けたエレウの活躍もあり、戦闘に突入する事はほとんどなかった。
「このまま進めば、仲間の救出も問題なくいきそうだな」
「だな☆」
安心しきっている強面の男とマロンとは違い、ルースは神妙な表情を浮かべた。
(なんだろう。このざわざわした感じ……。
進めば進むほど得体のしれない何かに近づいていってるような……やな感じだわ)
途端、後ろから小太りの男がふいに「あ」と声をあげた。
肩越しにルースが振り返ると、マロンは正面を指さしていた。
「一瞬だけど、あっちでなんか光った!」
そう言われ、ルースは正面に顔を戻す。
目を凝らしてよく見ると、正面に伸びる通路に横道があった。
横道の角からは靴らしきものがちらりと覗いていた。
そろりそろりと近づき、角をゆっくり曲がる。
すると、若い女が一人倒れていた。
女は軽装の防具に身を包んでいて、切り裂かれた腹部からは大量の血が溢れ、床を赤黒く濡らしている。
「メイナ?!」
彼女の姿を目にした途端、ミトラとアイシャは顔を真っ青にして彼女のそばに駆け寄った。
アイシャが呪文を詠唱し、メイナと呼ばれた若い女に治癒魔法を施す。
遅れてメイナに駆け寄った強面の男は彼女の耳元で何度も語りかける。
「こんなところで勝手にくたばんじゃねえぞ! ぜってえ助けてやるからな!」
緊迫した場面に茫然と立ち尽くすルース。
はっとして我に返ったルースは、治癒魔法の効果を早めるべく錫杖を振りかけた。
だが、彼女が一歩踏み込んだ次の瞬間、ルースの頭の中に映像が割り込んだ。
──神官見習いのルースには生まれながらにして、特別な力がある。
それは生者の魂が遺した痕跡を視る力。
そして、彼女にはもう一つ、秘められた才能があった。
『幻視』──魂が遺した最期の瞬間を、彼女は視ることができるのだ。
「あなた達、そこから今すぐ離れてっ!」
ルースの鋭い声が鳴り響き、強面の男とアイシャ達は驚いた顔をルースに向ける。
「な、なに?! いきなり」
ミトラが訝しげな顔でルースに問うと、ルースはためらいながらゆっくりと告げた。
「彼女は、もう──“死んでる”」
「なぁに言ってやがる。こいつはちゃんと息をして……」
強面の男が言いかけ、視線を落とした次の瞬間、
女の目が薄く開き、口に妖しげな笑みを浮かべた。
「!」
ぞわり。
背筋に悪寒が走った強面の男はアイシャとミトラを反射的に抱きかかえ、メイナからさっと離れた。
その直後、ケタケタと笑い始めたメイナの腹を破り、巨大な二枚の刃がメイナの腹の内側から突き出した。
「っ?!」
ガチン!!
赤黒く濡れた二枚の刃が虚空を断ち切り、その風圧がアイシャ達の顔にかかった。
──狩人の“罠”だ。
ルース達がそれに気が付いた時には、もうすでに手遅れだった。
「シシシシシシッ!!」
奇妙な笑い声とともに穿たれた天井の穴から、何者かの影が降り立った。
立ち上がった人影はフードを頭に被った少年だった。
歯肉がはっきりと見えるほど怒り狂った形相をしている。
……だが、少年の顔にしては、どこかイビツだ。
ルースは胸にこびりついた違和感の正体に気がつくと、気味が悪くなり、思わず顔をしかめた。
(こいつ、死びとの面を被ってる!)
死びとの面──蝋や石膏で死者の顔の型を取ることにより、死に顔を遺したもの。
衣服から覗く少年の腕と脚は黒くただれ、まるで水分を絞り取られたかのように骨と皮になっていた。
半分割れた死面から剥き出しになった少年の目がぎょろりと動く。
その目は生きた者とは思えぬほど白目をむいていた。
「ご機嫌いかが? ねずみの諸君。シシシシシッ!」
死面の少年は不気味に笑いながら、腰に差した両刃剣を手に取り、ルース達のもとへにじり寄る。
ルース達は正面を向きつつ、後退するほかなかった。
途端、ルース一行の背後にまた一つ影が差した──
「?!」
くるりとルースが振り返ると、彼女よりも頭二つ分ほど背の高い大男が、後ろに待ち構えていた。
新手の男は黄金色に輝きを放つ髑髏の仮面と、全身を彩った派手な装飾品の数々、
そして魔術師の必須アイテムである杖を携えている。
唇を噛んだルースは直感した。
(この男……強い!)
二人の狩人に逃げ道を塞がれ、嫌な汗がルースの頬を伝う。
ルース一行が即座に武器を構えるなか、黄金の髑髏仮面から、威厳のある男の声がした。
「……こんな古いことわざを知っているか?
『篝火に釣られて焼かれる小鬼のように』
まさに今のお前たちにふさわしい言葉だと思わないか?」
ルースは彼らを睨み、口元を歪める。
「《屍鬼》と《不死の魔術師》か。
……これは少々、厄介ね」
両者の睨みあいが数秒、あるいは5分ほど過ぎた頃。
突然、足元の床がぐらぐらと大きく揺れ始めた。
「「「「「!?」」」」」
床面に大きな亀裂が走る。
途端、床面が山のような形に隆起した。
身の危険を感じ取ったルース達は隆起する床を蹴り、一斉に飛び降りる。
狩人らも状況が呑み込めていない様子で、その場を動かずに状況を見届けている。
天井につくほどにまで床が隆起した直後、天井に衝突した床面が豪快な破裂音を轟かせ、辺り一面に床の石と土がそこかしこに飛び散った。
一瞬にして土煙がその場にいる全員の視界を遮る。
ルース達は吸い込んでしまった粉塵にやられ、激しく咳き込んだ。
──……するとその時、土煙に巨大獣の影が揺らめく。
「グオォォオオオオンッ!!」
全員の耳をつんざく獣の咆哮。
獣の唸り声が空気を裂くように轟いた。
やがて土煙が薄まり始め、巨大獣の姿が徐々に露わになった。
黒い皮膚と体毛に覆われた獅子──
その姿を目にしたルース達は口をぽかりと開けた。
途端、ルースを視界にとらえた獅子が頭をおろした。
まるで女王に跪く家来のような光景にも見え、強面の男は口を震わせる。
「あんた……何者だよ?」
「え? いやいやいや、違うからっ!
あたしこんな獣、全然知らないから!」
ルースが顔を真っ赤にして、この場の誤解を解く言葉を探した次の瞬間だった。
シュルシュルシュル!
突然、空気を抜いた風船のような音が辺りに響く。
「「「!」」」
ルース達が一斉に獅子のほうへと顔を向けると、獅子の姿がみるみるうちに黒い液体状に変わっていく。
パン!
膨らんだ黒い液体が弾けた直後、中から二人の人物がルースの前に降り立った。
「いってぇ……どこだ? ここは?」
「うう……感覚からすると、三階以上の階層には行けたかと。たぶんですが」
ルースの前にあらわれたのは、蒼髪の少年と上半身裸の色男──リクトとガーランドであった。
飛び散った黒い液体はガーランドのほうへと吸い寄せられ、彼の肩にまとまり、ガーランドが身に纏う黒いジャケットへと形を変えた。
ガーランドは振り返り、足元にできた大きな穴を見下ろしながら、舌打ちするとともに安堵の笑みを浮かべる。
「お前さんの勝ちだな。
……まったく、こうなるんだったら、お前と賭けなんてしなきゃよかったぜ」
二人が喜びを分かち合ったのも束の間、
ふと、ルースの存在に気がついたリクトとガーランドは、ぱちぱちと目を二、三度瞬きさせた。
「「「「「「「「……?」」」」」」」」
その場にいる全員が、思考を停止した。
全員から視線を浴びたリクトは恥ずかしげに片手を頭の後ろに当てながら、声にならない声を漏らす。
「あ、あのう……。
ル、ルースさん……?
これぇ、一体どういう状況です?」




