18 即席パーティ、結成
「これは……」
通路の隅に落ちた残骸を目にしたルースは足を止めてしゃがみこんだ。
ルースの背中から顔を覗き込んだ男二人は、ごくりと大げさに息をのむ。
「それって……罠だよな?」
「え、わなってなに?」
「そそそ、それにアレって血じゃない?!」
「ヤバ!」
強面の男と付き添いの女子3人は怯えた顔で、それを凝視する。
鉄製のガラクタと化したそれが、本来何のカタチをしていたのかは判別不可能だったが、ところどころにギラリと光り輝く刃から、それが罠の一つであると、おおよそ窺い知る事ができた。
問題は、それに付着した血痕だ。
「でも、血の量は思ったより少ないね。
たぶん、誰かが罠にかかってダメージを負った。
そして、罠を壊して、自力で脱出したってところかな」
フードを被った少女がそう推測すると、強面の男はため息まじりに口を開く。
「狩人が仲間の罠にかかったんなら、こっちとしては願ったり叶ったりなんだがなぁ」
「それは無い、と思う……」
大人しげな少女が発言し、一同が彼女に視線を向けると、視線恐怖症なのか、一転して今度は自信なさげな口調へと変わった。
「あ、相手は狩りのプロです。
ボクたちがここに来る途中、いくつかの死体を見てきました……ですが、か、狩人の死体はひとつも見当たらなかった、です。
彼らがそんなヘ、ヘマをするでしょうか?」
少女たちの話に耳を傾けつつ、ルースは刃に付いた血を小指にこすりつけた。
「まだ温かい……」
そう言い、ルースはしばしの間、目の前の三叉路をじっと見つめた。
そして、一人納得したような顔で腰を上げると、左の通路を指さした。
「霊気は左のほうに続いております。行きましょう」
「あんた……もしかして視えるのか?
それじゃあ、あいつは……」
遠慮気味にそう訊かれ、ルースは数歩進んだどころで立ち止まり、肩越しに振り返った。
「大丈夫です。視えるのは“生きてる霊”だけですから──」
──ことのあらましは、数分前に遡る。
ルースとエレウの前に現れた強面の男と女子3人。
彼らの話によれば、はぐれてしまった仲間を捜しているところだったらしい。
近くに彼らの拠点があるらしく、そこへ連れて行ってもらうのと並行して彼らの仲間捜しを手伝う流れとなった。
彼女の才能『霊視』を使って──。
* * *
「まずは名乗らせてもらおうか。俺は」
「あなたはコワモテでいいです」
ルースが間髪入れずに横入りしたことで、強面の男の呼び名は『コワモテ』になった。
「あ、あの」
声がしたほうにルースが顔を向ける。
声の主は大人しそうな少女だった。
小柄でルースよりも一回り背丈が小さかった。
淡い水色に染まった短い髪、
パッツン前髪の下にあるタレ目の奥に宿した紫色の瞳が、ルースの顔を映し、煌めいて揺れている。
青と白を基調とした軽装に身を包んだ少女は短パンの生足をもじもじとしながら口火を切る。
「お、おねえさんも、ぼ、冒険者なんですか?」
自分に問いかけてきた大人しげな少女に対し、ルースは込み上げる何かを押し殺し、毅然とした顔で頷いて見せた。
「ええ。そうでございますわ」
すると、少女の背後からひょっこりとまた別の少女二人が顔を覗かせた。
「お姉ちゃん、おもしろい話し方するね!」
「あんたは余計な事を言わない」
元気ハツラツな女子といった感じの丸顔の少女がケタケタと笑い、それを影のある少女が釘を刺す。
ルースは丸顔の少女に目を通す。
彼女の背中には、ぱんぱんに詰まった荷物袋を大事そうに背負っており、彼女の役回りは何となく想像が出来た。
「それにしても、お姉さん、強いんだ。
神官にしては見た目弱そうだけど」
ぐさっ。
ルースに見えない言葉の刃を刺してきたのは、先ほどの大人しそうな少女とは真逆のタイプだった。
くすんだ黄みの赤に染まった潤朱色の髪を頭の低い位置でとめた短めの御下げ髪、
つり目の奥にある青い瞳が、ルースを鋭くとらえる。
全身濃い紺色に染まったフード付きの軽装に身を包んでおり、細長い脚は黒タイツのようなものに包まれている。
さっきの少女が荷物持ちだとすれば、こっちの少女はシーフといったところか。
「わ、わたしはアイシャです。よろしくおねがいします!」
大人しげな少女はぺこりと頭を下げた。
「こちらこそ! どうぞよろしくで御座います!」
ルースもアイシャに続いて頭を下げた。
ルースが顔をあげると、アイシャの背後に佇んだシーフ少女と目が合う。
シーフ少女はめんどくさそうな顔で唇を小さく開いた。
「ミトラ、よろしく」
「あっちはマロンだよ♪ よろしくだぜ⭐︎」
元気ハツラツな少女もシーフ少女に続いて名乗り、これで強面の男一行は自己紹介を終えた。
この出会いからルースは急に人が変わったように大人しくなり、口調も清楚な言葉つかいに変わっていったのである。
「──しかし、霊が視えるヤツと出会えるなんて、ブキ、いや幸運だったな」
強面の男は言いかけた言葉を即座に変えたが、ルースは眼鏡越しにジトリとした目で睨む。
「聞こえましたわよ?」
穏やかな口調で答えたルースだったが、眉は吊り上がっていた。
「で、でもあなたのその力。ほんっとに助かります!
ボクたちに霊感なんてこれっぽちもありませんから」
大人しげな少女がすっきりした顔で述べると、ルースは「ありがとう」と天使のような微笑みを彼女に向けた。
「けれど、わたくし物心ついた頃には神殿暮らしだったので、世の中の常識がよく分からないのでありますが、この力を持ってらっしゃる人って、そんなに稀有なんでありますか?」
強面の男一行はところどころルースの言葉の使い方にクセを感じつつも、顔を一度見合わせたのち、強面の男が口を開いた。
「まぁ、俺らもそんなに世界を見て回ったワケじゃないんで世間には疎いが、少なくともそんな才能を持った人間とは今まで一度もお目にかかった事はねぇな」
強面の男が後頭部を触りながらそう言うと、マロンは腕組みをして、うんうんと頷き、「ねぇな」と返した。
「なるほどね……。
ところで、あなた達って、家族なの?」
ルースの問いかけに少女3人は首を横に振る。
すると、強面の男が少女達の頭をわしゃわしゃとしながら答えた。
「こいつらは俺の兄貴が結成したパーティメンバーだ。
奴らに捕まってから、いまは兄貴の代わりにこいつらの面倒を見てる」
そのお兄さんは……?
ルースは言葉を紡ぎかけたが、触れちゃいけない話題だと察して、口から出かかった質問をぐっと胸の奥に押し込んだ。
「それで、あなた達の腕前はどうなんでありましょうか?」
ルースは機転を利かして、質問を変えてみた。
「ああ。剣の腕にはそれなりに自信はあるぜ?
なんせ3年前の全国剣技大会では準優勝した事もあるからな!」
剣を肩に担いだ強面の男が口角をあげてそう答える。
すると、マロンも彼に続いて「あっちもあるよ!」と言ってにんまりと笑みを浮かべ。
しかし、その直後「子供の頃の大食い競争で、3位でした」とアイシャがマロンの代わりに言葉を付け足した。
「それ言うな〜!」
過去を暴露された事にマロンは頬を真っ赤にして、ポカポカとアイシャの肩を叩く。
(それにしても、緊張感がまるでない。いつ殺されるか分からない状況なのに)
不思議に感じたルースが口火を切る。
「あなた達は狩人とやり合ったことはありますかしら?」
すると、強面の男は恥ずかしげに頭をかいた。
「それが……ねえんだよ。
ゲームのルールを聞いたあと、運よく砦の仲間と出会ってそのまま保護されたからな」
男の背中に隠れたマロンが顔をひょっこりと出し、小首を傾げた。
「かりうどって、強い?」
「ええ。とっても」
ルースが急に低い声を出して述べたことで空気がガラッと変わり、強面の男一行はぞくりと身震いした。
「ダンテさん、勝手に出て行ったこと……お、怒ってるかな?」
アイシャが不安そうに言う。
「この際、怒られるほうが百倍マシ。狩人に遭って殺されるより」
ミトラがツンとした顔で返すと、アイシャは「うん、そうだね」と小さく頷いた。
「ダンテさん?」
ルースがピンと来ない顔をするので、見かねた強面の男が答えた。
「砦の管理をやってる人だ。
リーダーはべつにいるが、ずっと昔から砦にいる人らしくてな、頼りになるいい人だぜ」
「ふーん、そう」
ルースは口元に指をあて、考えた。
浮かんだ考えをまとめ終えると、人差し指をたてて、彼らに話を切り出す。
「それじゃあ、あなた達の仲間を見つけたあとで構いませんですので、あなた達の仲間に手伝ってほしいことがあるんです……よいですか?」
「いいぜ☆ これも何かの縁だからな」
腕の力こぶを見せて強面の男がそう告げると、マロンも「だからな!」と続いて力こぶを見せた。
しかし、彼女の力こぶは真っ平らだった。
「ちなみにだが、何を手伝ってほしいんだ?」
一拍の間を置いて、ルースは中空を漂うエレウと目を合わせたのち、唇を開く。
「“蒼髪の男の子”を、捜してほしいの」
彼女の一言にエレウは少し驚いたように顔をルースに向ける。
「その少年とここへ来る途中まで一緒に行動してたんですけれど、狩人の罠にかかってしまいまして、はぐれはぐれに……」
それを耳にしたエレウはじとりとした目つきに変わる。
ルースはエレウの冷たい視線を反らして続ける。
「ですが! わたくし一人の力では捜すにも限界があります! だから! あなた達の力を借していただきたいんですの!」
「なるほど。そういう事ならお安い御用だ!
同じ迷宮に閉じ込められた者同士、助け合わなきゃな!」
「なきゃな!」
強面の男がガッツポーズをすると、マロンも真似をしてみせた。
彼の返答を聞いたルースは、片側の口角をほんの少しあげるのだった。
「決まりね」
こうして、即席パーティは結成されたのである。




