17 邂逅
松明の灯りに照らされた迷宮の通路を往く途中で、女神官ルースは足を止め、ため息をこぼした。
彼女が携えた錫杖の頭部からは光の糸が伸び、その先に小さな光の球がひとつ、宙にふわりと浮かんでいる。
光の球のなかには、身を縮めて三角座りする《妖精》エレウの姿があった。
二人きりになってから、かれこれ四十分ほど経過したが、あちこち彷徨い、長い階段を登り終えた今になってもエレウはほっぺたをずっと膨らませていた。
「そんなに怒らないでよ、《妖精》ちゃん」
ルースは眉根を寄せて、光の球に囚われたエレウに顔を向ける。
「ほんとはアイツのこと、助けてあげたかった。……だけど、あの状況じゃどうすることもできなかったのよ」
先刻、リクトが冒険者のガーランドを助けようとして狩人の罠にかかった。
しかし、ルースはリクトを助けるどころか、エレウを連れて逃げてしまったのだ──あっさりと。
口をきゅっと結んで、ご機嫌斜め状態のエレウの目は松明の灯りに反射して、ゆらゆらと輝いている。
自分がとった行動で、この世で最も穢れの無い存在である《妖精》を泣かせてしまったことにルースは心を痛めた。
「あたしだって、嫌いだよ。こんな自分……」
雲がかかった表情を浮かべ、ルースは視線を下に落とす。
「自分が、『男嫌い』だから。
自分が、『人を信じていない』から。
自分が、『人とズレている』から。
自分の心が──」
言葉を切り、ルースは強く拳をきゅっと握りしめる。
「どうしようもなく、醜いから……」
自分が嫌いで、嫌いで、嫌いで、仕方ない。
目を閉じても『自分』という肉体を捨てない限り、嫌いな自分からは一生逃れることができない。
そんな鬱々とした感情が、体の奥底から込み上げてきて、ルースは唇を噛み締めた。
すると、とんっ、と小さな何かがルースの額に当たる。
目を開けて顔を上げると、巨大化したエレウの姿があった。
いや、実際はエレウが巨大になったわけじゃない。
ただエレウがぐんと近づいたから、大きく見えただけだ。
エレウは赤子のような小さな腕を伸ばして、ルースの額をすりすりと撫でた。
「……慰めてくれるの? こんな駄目なあたしなんかを……」
目と鼻の先でフワフワと浮遊するエレウは彼女の問いかけに答えず、ただこちらをじっと見つめるだけだった。
それまでずっと目を合わさなかったエレウが、こうして目と目を合わせてくれている。
言葉を介さずとも、エレウの温かな気持ちが、愛らしくきらりと光る丸い目を通して、伝わってきた。
「……ありがとう。妖精ちゃん」
すると、その呼び名は違います、と言わんばかりにエレウは口を尖らせて、ぷいぷいっ、と顔を横に振った。
「そうだ。そういえばあなたの名前、ちゃんと聞いてなかった。ごめんね?」
コホン、と咳払いして、ルースは胸に手を当てた。
「改めまして。あたしの名はルース。それで、あなたの名前はなんていうの?」
優しげな口調で訊ねると、エレウは誇らしげに小さな胸を張り、口を開きかけた──
瞬間、エレウの顔が一気にこわばった。
何かに怯えたような表情をしているが、どうしたのだろうか。
そこでふと、ルースは“違和感”を感じた。
エレウの視線が、わずかにズレている──。
明らかにエレウの視線は、自分の後ろを見て怯えていた。
喉を通る唾液の音が、大きく鳴る。
恐る、恐る、首を後ろにねじっていくと──
「こんにちわぁ」
突如ヌルリと現れたのは、凶悪そうな男の顔だった。
ルースは叫び声をあげるよりも先に拳を突き出した。
「グヘッ!!」
男の顔にルース渾身の打撃が見事にクリーンヒットし、
男の鼻はぐしゃりと潰れ、身体は後方へと吹き飛んだ。
ピューッと噴き出した男の鼻血が虚空に弧を描き、宙を舞う強面の男の姿を呆然と眺めていた女の子三人に見事、着弾した。
「はぁ……はぁ、はぁ……あ、あれ?」
落ち着きを取り戻したルースは、思わず閉じた目を開き、顔をあげた。
そろりそろりと近づき、エレウとルースが見下ろすと倒れた四人は目をぐるぐると回していた。
はっとして、ルースは口を塞ぐ。
(この人たち、仮面を着けてない──つまり、狩人じゃない!
……って事はあたし達とねずみ側の人!?)




