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16 獣か、人か

 石造(いしづく)りの床面にモンスターの肉片(にくへん)がべちゃりと落ちた。

 犬のような頭と黒い体毛(たいもう)(おお)われた小柄(こがら)の身体。

 人間の真似事をするかのように青銅(せいどう)の短剣やトゲのついたこん棒、小型の石の円盾(まるたて)などで武装した人型モンスター《コボルド》の群れを片付けた3人の冒険者たちは、手慣れた様子で血の付いた剣を払ったり、伸びをしていた。


「まったく……いくらやってもキリがない」


 (ひたい)の汗を(ぬぐ)いつつ、軽装(けいそう)(よろい)に身を(まと)った黒肌の男は言う。


「たとえ数を集めても、雑魚(ざこ)は雑魚。俺たちの敵じゃあないよ」


 青年は剣を()るって何度か(くう)を切ると、刃を上から下まで視線を()わせた。

 剣の状態を確認し終えた青年が、腰のそばに剣を振り()ろした途端、剣は(またた)()霧散(むさん)し、青年の手もとから消えた。


「だが、油断は禁物(きんもつ)だぞ、ルシェン。階層を(のぼ)るごとに相手の力は確実に強くなっている」


 二十代後半ほどのダークエルフの女が神妙(しんみょう)な顔で青年に返した。

 わかってるよ、『ルシェン』と呼ばれた青年はそう言い、彼女の言葉を軽く受け流した。


 長い髪をポニーテールに(たば)ねたダークエルフの女は、黒肌の男よりも露出(ろしゅつ)が多い恰好(かっこう)をしているが、あちこちから()()しになった筋肉質の肌と背中に背負った巨大斧が、彼女の実力を物語っていた。


「しかし、何なんだここは……。何処かの古代遺跡だということはおおよそ見当はつくが、壁に刻まれた文字は今まで見たことがない文字ばかりだ。俺たちは一体どのあたりにまで連れて来られたんだ?」


 頭を(かか)えつつ、黒肌の男がそう(なげ)くと、ルシェンは口角(こうかく)をわずかに持ちあげた。


「出れば分かるさ」


 ルシェンの顔には余裕の笑みが浮かんでいたが、内心は(あせ)りがちらついていた。自分たちの実力がどこまで通用するのか、全く分からなかったからだ。


「──!」


 直後、ルシェンは素早い動きで左の通路に顔を向けた。

 その眼光は鋭く、彼の表情は緊張を()びている。

 どうした、とダークエルフの女が(たず)ねると、ルシェンは左の通路に顔を向けたままぽつり(つぶや)いた。


「……いま、左のほうで、かすかに音がした」


 途端、ダークエルフの女は静かに背中に手を回し、手に取った両手斧をブンッと正面に振り下ろし、両足を大きく広げて体勢を整えた。

 同時に黒肌の男も手もとに出現させた片手杖を(つか)み取り、戦闘態勢をとった。


 三人は足音と周囲の警戒に気を配りつつ、通路をじわりじわりと進んでいくと、やがて音の発信源を突き止めた。


 音は通路の先に現れた分かれ道から漏れている。

 三人が現在いる大きめの灯りに照らされた通路とは違い、その通路は狭く仄暗(ほのぐら)かった。

 闇色に染まった通路の奥からは、くちゃくちゃと何かを咀嚼(そしゃく)するような湿(しめ)った音が闇奥から絶え間なく響いていた。


 壁際(かべぎわ)に集まった三人は武器を握りしめ、互いに目配(めくば)せを送り合う。

 まずは黒肌の男が先行して、暗がりの通路を覗き見た。


「……どうだ? 何か見えるか」


 男のすぐ後ろにいたルシェンが声を潜めて男に訊ねると、黒肌の男は目を()らして、通路の闇奥をじっと見つめる。

 徐々に暗闇に目が慣れていき、咀嚼音の発信源がその全貌(ぜんぼう)をあらわにした。


……くちゃくちゃ。


 暗がりの通路奥には、人間の死体に囲まれて一人の騎士が背中を向けて床に座り込んでいた。

 騎士の男は上半身のみとなった男の死体を大事そうに抱きかかえ、首元にかじりつき、時おり血をすする音が辺りにこだました。

 黒肌の男はごくりと生唾(なまつば)をのんだ。


「男がいる……甲冑の鎧を着けた男だ……そいつが、人間を食べてる……」


 凄惨(せいさん)な光景を目にした黒肌の男は喉奥(のどおく)からせり上がってくるものを無理矢理()さえ込もうとして、両手で口を(ふさ)いだ。

 背中に走る悪寒でガタガタと震えながらも、目は離さず、ルシェンに目の前の状況をなるべく正確に伝えた。


「……分かった。それじゃあ、まずお前の魔法でヤツの動きを封じる。それから俺が斬りつけて、それでも息があるようだったら、最後にジェノラが()()()を──」


 そう言いかけて、後ろを振り返ったルシェンだったが、そこにジェノラの姿はなかった。


「ジェノラ……? あいつ! どこいったんだ!」


 二人は周囲に視線を(めぐ)らせた。すると、暗がりの通路に顔を戻した黒肌の男は目を大きく見開(みひら)いた。


「いない……消えてる」


 動揺と高まる恐怖心が入り混じったかのような男のか細い声を耳にしたルシェンは、腹の中で嫌な胸騒ぎが(うず)を巻くのを感じた。

 ルシェンが暗い通路をそっと覗いてみると、そこにあったのは鮮血(せんけつ)に染まった行き止まりの壁と死体の残骸(ざんがい)だけだ。騎士の姿はどこにもいない。


 すると、ポタリと生温(なまあたた)かなものが黒肌の男の(ほほ)に落ちてきた。


 男は咄嗟(とっさ)に上から落ちてきたものを指で触った。その感触(かんしょく)には覚えがあった。

 視界に指を持っていくと、人差し指の先は赤い液体でべっとりと()れていた。

 それを見るなり、男は顔を(ゆが)めた。


 ポタッ……ポタッ……、


 赤い液体は男の視界の(すみ)で今もなお上から()り続けていた。

 男は顔をゆっくりと上に動かし、液体の源流が何なのか突き止めようとした。

 だが、その必要は無かった。


 男の眼前にダークエルフの女の顔が(すべ)り落ちてきたからだ。


 女の顔はまるで()り子のようにぶらんぶらん、と()()なく左右に()れ、男の視界を何度も横切(よこぎ)った。

 生首(なまくび)となったダークエルフの女の瞳からは光が消え、唇はわずかに(ひら)いたままであった。

 胴体(どうたい)から切り離された女の頭部は(ほど)かれた長い髪が絡み合い、天井から吊るされたような状態になっていた。


……いや、正確には少し違う。


 天井にへばりついた何かの口が、首無しとなった彼女の胴体(どうたい)部分を口に(くわ)えていたのだ。


 (うつ)ろな瞳を宿(やど)した骨と皮になった男の顔。

 肩のあたりまである白い髪の毛をダランと下に垂らしたその男は、甲冑と鎖帷子(くさりかたびら)に身を(つつ)んでおり、その姿は騎士というよりも、さながら亡霊騎士のようだった。


 女の変わり果てた亡き(がら)を見つめたまま黒肌の男はただ呆然と立ち尽くした。

 すると、ようやく男の異変に気が付き、遅れて天井を見上げたルシェンはその異様な光景を目にした途端、怒りに満ちた顔つきへとみるみる変わり、雄たけびをあげて剣を振り上げた。


 激しくぶつかりあう鈍い音が何度も何度も通路に鳴り響く。


 天井から降り立った亡霊騎士による豪快(ごうかい)な剣さばきを必死に剣で受け止めるルシェン。

 その光景をしばし呆然と見つめていた黒肌の男は、はっと気がつき、長い詠唱とともに片手杖を振るい、呪文を唱えた。


 黒肌の男の片手杖の先から青白い光弾が放たれ、亡霊騎士めがけて虚空に青白い光の筋が走る。

 光弾が亡霊騎士に命中するまでほんの数秒といったところで、亡霊騎士は飛び上がり、目にも留まらない動きで後退した。

 先ほどまで亡霊騎士がいた場所に光弾が着弾し、青白い火花が儚く散った。


 光弾のまばゆい閃光にルシェンと黒肌の男は思わず目を閉じた。

 しかし、目を開けると亡霊騎士の姿は消えてしまっていた。


「くそっ、どこへ行きやがった?!」


 苦虫(にがむし)を嚙み潰したように顔を歪める黒肌の男を横目にルシェンが視線を走らせると、男の背後からこちらに向かって飛んでくる物体がちらりと見えた。


「いけない! ()けろ!」

「──っ!?」


 黒肌の男はルシェンの声に反応し、咄嗟に後ろを振り返った。

 だが、時すでに遅かった。

 男の視界がぐるんと一回転する。

 黒肌の男は自身の身に何が起きたのか分からぬまま床にドタッと転がった。思いのほか自分の身体が軽くなったことに少し戸惑(とまど)った。

 下半身だけになったまま床の上に(たたず)んだ死体を男は不思議そうに見つめた。

 やがて、男の瞳からは徐々に光が消え入り、虚ろな目はただ同じ方向をじっと見つめるだけになった。


 ズガンッ! と、石を(くだ)く重い音と共に両手斧が床に突き刺さった。

 斧の刃に付いた血の(しずく)が刃の輪郭(りんかく)をなぞって()れ落ちていく。

 ほんのわずかの(あいだ)で二人の仲間を(うしな)ってしまったルシェンは一瞬フラッと意識を持っていかれそうになった。

 破かれた服の裂け目から血が(にじ)みだし、腹部が真っ赤に染まっていく。

 激痛が走る腹部を押さえながら、ルシェンは口を震わせた。


……カチャ、カチャ、と鎧の音が近づいてくる。

 こちらへ向かってくる亡霊騎士の姿が目に入った途端、ルシェンは目の色が変わった。


「……お前ら、許せ。(かたき)()つ!」


 ルシェンは目を閉じ、剣を構えたまま詠唱を始めた。すると、剣の刃だけがガタガタと震えだした。

 詠唱を終えたルシェンは目を大きく開き、突進を始めた敵を見据(みす)え、口を開く。


「……秘技──《虚空斬り》!!」


 ルシェンは激しく振動する刃を横に倒し、剣を構えたままぴくりとも動かなかった。

 そこへ、迫ってきた亡霊騎士がルシェンの眼前にまで近づいたその刹那(せつな)、風を切り裂く音が通路を駆け抜けていった。


 亡霊騎士の頭が宙を舞う。

 首無しとなった亡霊騎士の胴体がぐたりと床に倒れた。


 ルシェンは緊張の糸が()けて一気に力がだらんと抜け落ち、(ひざ)立ちになった。

 だがその直後、ルシェンの背後で音一つ立てることなく、床に倒れた騎士の胴体が糸で釣り上げられたかのようにゆらりと起き上がった。

 背後に気配を感じたルシェンの顔から一気に血の()が抜けていく。

 くるりと後ろを振り返ると、そこには首無しの騎士が立っていた。


「そんな馬鹿な……! 確かに首を切断したはず……」


 ルシェンが剣を構えたその瞬間、どこからともなく騎士の男の生首が飛びかかり、ルシェンの頭をかっさらった。

「なのに」と続きの言葉が宙に吐き捨てられた後、残されたルシェンの胴体はよろめき、首の切断面から大量の血潮を噴きだしながらバタリと倒れた。


 首無しの騎士は床に転がった自身の生首を拾うと、首の断面に生首を強引に押し込めてもとに戻し、新たな死体にかじりついた。


 途端、亡霊騎士の背後に二人の影が現れた。

 二人とも髑髏の仮面を(かぶ)っている。


「ここにいたのか」


 先に口火を切ったのは二人のうち、全身に貴金属のアクセサリーを身に着けた男のほうだった。

 金色に輝く髑髏仮面の口から、威厳のある男の声がした。


「食事が済んだら、(かぶと)を被っておけよ。ルールを忘れるな」


 男は頭二つ分ほどもある長い杖を携えながら、片手に持った兜を亡霊騎士に向かって投げ飛ばした。

 すると、亡霊騎士は反射的に後方から飛んできた(かぶと)を掴み取った。

 途端、フードを被った少年が肩を震わせた。


「死死死死死死死ッ! あんまり死体散らかすんじゃねえぞ。なんせ“客”が見てんだからなァ」


 二人は食事をすませた亡霊騎士が、鬼の鉄仮面をカチャリと被り直す様子を見届けると、亡霊騎士を従えて、新たな獲物を求めて迷宮を進むのだった──。

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