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15 何者

──リクトと胡狼仮面(ジャッカルマスク)の男との戦いが決着する数十分ほど前。


 館の観戦席にはそれぞれ目隠し用の魔法が(ほどこ)され、黒い影が天蓋(てんがい)のカーテンのように覆いかぶされていた。

 席に腰かけた貴族たちは各々の仮面を外し、ナイフとフォークを美しい所作で使いこなしながら、次々と運ばれてくる料理を舌で味わっている。

 彼らの視線はテーブルの中央で浮遊する魔法鏡に注がれていた。


 各々が鏡の中で行われている狩りの様子を観戦するなか、両目に包帯を巻いた少女の狩りの様子にひと際大きな歓声があがる。


「もう6匹目か。早いな」


「彼女はたしか、前回の鼠狩り(カカラトス)にもいたな。名はなんといったか?」


「“冷血ノ幼童(オルレアン)”──前回の狩りでは3分の1の鼠を始末した実力者ですよ」


「外見は可愛らしい子供のくせに……フン、まったく女というものは(すえ)恐ろしい」


「この勢いでは彼女が鼠を丸ごと狩ってしまうんじゃないか?」


「それはあまりに早急な考えですわ。

 狩りはまだ始まったばかり。

 本格的に狩りが動き出すのはこれからですわよ」


「ほっほっほ! それは楽しみですな」


 観客一同が盛り上がりを見せるなか、誰もいない闇の空間に傘を差した長身の女がゆらりと現れた。

 長身の女がロングコートをはためかせた瞬間、すらりと伸びた長い脚を包み込んだ細身のズボンがちらりと覗かせる。

 女が傘を閉じると、傘は煙のようになってどこかへと消えた。

 その顔には一つ目の模様が描かれた白い仮面を被っていた。


 するとそこへ、顔に笑みを浮かべた仮面を被ったスタッフの男が長身の女のもとに駆け寄ってくる。

 スタッフは慣れた様子で彼女の背後に回り、彼女のコートを綺麗に脱がし終えると、足早に闇の中に溶けていった。


 単眼仮面(サイクロマスク)の女はお目当ての席を見つけ、一つのテーブル席を覆う影をくぐり抜けると、そのテーブル席には一人の若い男がすでに腰かけていた。


「姉さんにしては、()()()()()()だね」


 整った顔立ちの若い男はそう言い、ワインを口に運ぶ。

 穏やかな海のように透き通った蒼い瞳でくすりと柔らかな笑みを浮かべながら、グラスを置き、唇を素早く舐めた。

 皮肉を含ませた若い男の言葉に対し、単眼仮面(サイクロマスク)の女は気が乗らない声で、ああ、と軽く返す。

 女はテーブルの中央に浮遊する鏡をちらりと見やり、座席に腰かけると、気だるそうに口火を切った。


「……それでどうだ、ユノスよ。進捗(しんちょく)のほうは?」

「グラシャは早速調査を始めているよ。

 リュドミラは仕事を忘れて楽しんでる。

 ()()()()()()()()


 単眼仮面(サイクロマスク)の女は関心を示さず「そうか、だいたい想像がつく」と口にして仮面を外した。

 途端、女の仮面は煙となって消えていく。

 女の鼻に少しかかるくらいに伸びた長い前髪、

 そして、前髪の奥に宿した大きく黒い瞳はまるで闇の深淵を映したかのように光が無かった。

 女は手元からブワッと噴き出した煙と共に顕現したパイプを唇にくわえ、優雅に一服しつつ、前髪の隙間から闇の瞳を覗かせる。


「つまり、()()()()()()()()──ということか」


 女は少し残念そうにパイプをふかした。


「まあまあ。気長に待とうよ」


 そう言い、『ユノス』と呼ばれた若い男は手に取ったグラスを揺らす。


「たった今、狩りの記録を更新する狩人が現れたところなんだ」


 ユノスは楽し気に語りだした。


「姉さんも観戦を楽しみなって。きっといい刺激になるはずだよ」

「フン、命が保証された場所で行う狩りなど、たかが知れている」

「そう?」


 ああ、と言って女はパイプをふかしながら続けた。


「トップを飾る狩人は毎年同じ顔ぶればかり……。

 魔法だけは年々派手になってきているが、所詮は見世物レベルのお飾りにすぎない。

 それに集めてくる鼠はどれもレベルの低い虫ケラばかりだ。

 これを退屈と言わずに何という?」


「……姉さんは、鼠に勝ってほしいと思ってるの?」


「ユノスよ、いいか?

 どちらが勝利の美酒を味わい、どちらが敗北の苦汁をすするのか──

 勝敗が読めないゲームこそ、一見の価値がある。

 これはゲームと呼べるものではない。ただの“私刑(リンチ)”だ」


 女は自論を展開すると、椅子の背もたれに寄りかかり、パイプを唇から外して天をあおいだ。


「本来ならば、仕事が無ければわざわざこんなところへ出向くことはなかったのだ。

 これでも時間を調整したつもりだったんだが、近くまで乗ってきた馬車が思いのほか早く着いてしてしまった。

 屋敷でもう少し珈琲(コーヒー)(たしな)んでおけばよかった、と今更ながら後悔しているよ」


 女が退屈そうに影色の天井を眺めたその時だった──


「……なんということっ?!」

「し、信じられん!」


 突然、隣のテーブル席からどよめきの声があがる。

 女は声が聞こえたほうに顔を向けた。


「騒がしいな」

「どうやら、最下層のほうで何かあったようだね」


 ユノスが鏡に向けて呪文を唱えると、鏡面がぐにゃりと歪んだ。

 鏡面に映し出されたのは、胡狼仮面(ジャッカルマスク)の男と対峙する鼠二匹──リクトとガーランドの姿であった。



 * * *



 巨大獣との戦闘で床面がえぐり取られ、足元が悪くなった床の上を慎重に歩くリクト。

 リクトはお目当てのものを発見すると、それをひょいっと拾い上げた。

 リクトが拾ったものは、巨大獣のなれの果て──胡狼仮面(ジャッカルマスク)の男が羽織っていた《生ける人造物アーティファクト・モンスター》だった。


「お前、ただの《銃士(ガンナー)》じゃないだろ……。

 いったい何者なんだ?」


 石壁にもたれかかったガーランドが、豹もどきに噛まれた足の痛みを堪えながら、神妙な顔でリクトに問いかける。

 すると、リクトは照れくさそうに言った。


「べつに何者でもないですよ。

 でも、強いて言うなら、そうですね……」


 少しの逡巡(しゅんじゅん)(すえ)、リクトは頬をボリボリとかきながら恥ずかしげに答えた。


「《召喚士(サマナー)》と《銃士(ガンナー)》の両方をくっつけた──

 ただのしがない《召魔銃士(ガンサマナー)》ってところです」


「ガン……サマナー?」


 ガーランドはリクトが口にしたワードを反芻(はんすう)する。


「お前、ふざけてるだろ」


「いえいえ! 大まじめですよ!」


 リクトはあわてて片手をうちわのように(あお)ぎながら、必死な声で訴えた。

 しかし、ガーランドがリクトに注ぐ(いぶか)しげな視線は変わらぬままだった。



 * * *



『──なんでこんな場所でふざける必要があるんですかっ!』


 蒼髪少年の情けない大声が観客席に轟く。

 それを眺めていた観戦席からは再びどよめきの声があがった。


「たった一匹の鼠が、狩人を倒しただと!? ありえん!」


「全盛期の野蛮な骨董品(こっとうひん)を使って入り中の魔法使いを(ほふ)るとはね。

 魔無しといえど(あなど)れませんな」


「フフフ。こんなこともあるのですねぇ。

 アイテムや物資を使うことなく、真っ先に狩人を倒すなんて、なかなかの逸材(いつざい)ではないかしら?」


 観客席が各々の感想を口にするなか、前髪の長い女はグラスを置き、前髪の奥から覗かせた目を薄く細めた。


「ユノスよ、さっきの発言は訂正する。今夜は来てよかった」

「?……姉さん?」


 予想だにしなかった女の言葉にユノスは目をわずかに大きく開いた。

 女は鏡に視線を送りつつ、グラスを手に取って静かに揺らし、微笑を浮かべて告げた。


今宵(こよい)の狩りはいいものが見れそうだ」



 * * *



 女は満足げに仮面を被り直して席を外し、蝋燭の蒼い火が妖しく揺らめく廊下を進み、一人化粧室に入った。


……しばらくして、個室から出てきた女は汚れ一つない洗面台の前に立ち、呪文を唱えた。

 すると、宙に水の粒があらわれ、ブクブクと泡立ちながらバスケットボールほどの大きさへと変わる。

 女は球体状になった水の塊に両の手をためらいなく突っ込んだ。

 途端、水の塊のなかでたちまち乱流の渦が形成され、水が容赦なく女の白く細い両手を叩きつける。


「……」


 水の魔法で手洗いを済ませた女はふと、正面の鏡に顔を向ける。

 仮面をスッと外し、洗面台の空きスペースにそっと仮面を置くと、じぃっと鏡を見つめた。

 女の顔は()()()()()


「驚いた。私も笑うことができるのだな……」

「もう! ほんっと、仮面つけて仕事するの息が詰まるわ〜」


 その時、女の背後からメイド服姿の若い女が化粧室に突然入ってきた。

 すると、メイドの若い女は鏡越しに女と目を合わせた途端、きゃっと甲高い声をあげる。


「も、申し訳ございません! お客様がいらっしゃるとは思わなくて……!」


 メイドの若い女はあわてふためき、その場から立ち去ろうとしたが、女は笑みを浮かべて「構わない」と言葉を返した。


「仮面を外してしまったこちらも悪かった。申し訳ない」


 そう言われたメイドは立ち去りかけた足をぴたりと止めた。


「どうかな? 君の瞳に映った私の顔は……」


 女からの予想外な言葉に対し、メイドはおそるおそる女のほうを振り返ると、ちらりと女の顔を見やる。

 女の顔は美しくも危険な匂いを漂わせていた。

 長く見つめれば見つめるほどメイドの頬は次第にほんのりと赤く染まっていく。


「と、とても……う、美しいです……」

「そうか、じゃあ──」


 女は艶のある声を出した途端、メイドの左手を掴み、ぐっと引き寄せた。


「──え、きゃ!?」

「もっと近くで……見てくれないか?」


 目と鼻の先ほどの至近距離で女はメイドの顔をじっと見つめた。

 メイドは女の前髪の隙間から覗かせた黒紫色の瞳に魅入られ、女の口元に唇を寄せた。

 二人の唇が重なった瞬間、廊下の灯りが一斉にフッと消えた。


 それからほどなくして、蝋燭の灯りが再び廊下を照らしだした途端、化粧室から出てきたのは女一人のみだった。

 仮面を着けた女は何事も無かったかのように席に戻った。


 やがて、化粧室の個室から扉がきぃと開き、メイドの若い女が姿を現した。

……だが、先ほどのメイドとは明らかに雰囲気が異なっていた。


 瞳を失くした白目と、目から頬にかけて伝う黒い涙。

 口元からはヒックヒックと泣き声が混じりながらも、止まる事のない笑い声が漏れ出ている。


「イヒ……イヒッイひッ……」


 フラフラとおぼつかない足取りでメイドが化粧室から廊下へ出ると、廊下の奥──蝋燭の灯りが届かない闇の中に溶けていった。


……しかし、不気味な笑い声はメイドの姿が消えてもなお、廊下に響き続けた。

 蠟燭の火が吹き消されるまでの間、ずっと。


(もしかしたら、ここで私の願いが叶うかもしれないな……)


 単眼仮面(サイクロマスク)の女はテーブルの席に向かう最中、仮面の裏で三日月のように大きく裂けた笑みを浮かべるのだった。

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