13 目には目を
石壁に並び飾られた蝋燭たちの灯りに照らされた通路の奥で、十数個ほどの光る目がこちらを獲物として捉えた。
豹もどきの群れは鋭い牙を剝き出しにして、飼い主からの殺戮許可を今か今かと待ちわびている。
「おい! 何か手はあるのか?!」
真後ろからガーランドさんの急かすような声が飛んできて、リクトは空っぽの頭を無理矢理フル回転させた。
結界の中じゃ、魔法は封じられて使えない。……だったらこれならどうだ?
頭に浮かんだ考えを即座に実行すべく、右手にイメージを込めると、掌から黒い粒子がブツブツと掌から小さく放出された。
粒子はやがて集まるようにして黒と茶色の二色に分かれ、中折式の水平二連散弾銃に変貌した。
空間から呼び出した散弾銃を手に取ったリクトは銃弾を生成しつつ、銃身を根本から折り開き、二発の銃弾を装填する。
──カシャン。
銃身を元に戻し、豹もどきの群れに向かって銃を構える。
「っ! お前、他にも魔法道具なんか持ってたのか?!」
「いえ、持ってません。これはあくまでも普通の銃です。銃弾は魔力で作りましたが、本物の銃弾を真似しただけですんで、威力は保障できません」
ガーランドさんは空笑いした。
「無いよりマシか。だが」
ガーランドさんはそこで言葉を切った。
「──お前……手が震えてるぞ」
言われて、はっとしたリクトは手に視線をおろした。銃を構えた手はガタガタと小刻みに揺れていた。
あわてて震えを封じこめる。
「銃を撃った経験はどれくらいある?」
「……数えられる程度しか」
真後ろからガーランドさんのため息が聞こえた。
そりゃ頼もしい限りだ、と皮肉たっぷりの言葉で返された。当然の反応だ……。
職業が《銃士》系のくせに銃を使った経験が数回程度しかないとか、あまりに馬鹿すぎる。
そんな奴を見かけたら一発ぶん殴ってやりたい。
どこのどいつだ? ごめんなさい。その馬鹿者はここにおります。
「……喰え」
リクトたちの無意味な作戦会議を相手が待ってくれるはずもなく、胡狼仮面の男がこちらに向けて指を差し、合図を唱えた次の瞬間、檻から放たれる日を幾日も待ち望んだ獣の如き勢いで、豹もどきの群れが一斉にこちらへ迫ってきた。
「く、くる!」
二つのハンマーを起こし、伸ばした人差し指をトリガーガードの上部に添える。
水平二連散弾銃にはトリガーガードの中に二つの引き金が前後にある。
前側の引き金を引くと、右の銃口から弾が射出され、後方側の引き金を引くと、左の銃口から射出される。
さらに右と左で近距離用と遠距離用の使い分けができるというクセのある銃だ。
リクトは狙いを定める暇もなく、後方側の引き金を引き、一発お見舞いした。
ズドン!
……だが、弾は見事に外れた。
「まだ撃つな!」
「え? いやいやいやいや……そんなこと言われても、撃たなきゃこっちが死んじゃいますって!」
……と言ってはみたが、撃ったところで自分のエイム力の低さじゃ、散弾とはいえ、全てが無駄弾になるオチしか浮かばない。でもどうすれば。
「まだだ。……まだ撃つな」
ガーランドさんは念を押すように声を低くして言う。
ガーランドさんにはガーランドさんなりの考えがあるようにも聞こえる。
けれど、そこまで待つ必要があるのか?
近づかれてしまったら攻撃を避けようが……──!
「そうか。そういうことかっ!」
床を蹴り上げ、飛びかかってきた豹もどきにリクトは銃口を向けた。
ガーランドさんの言葉にすべてを託し、鼻先に豹もどきの吐息がかかりそうになるほどの近さになった次の瞬間──
「今だ! 撃て!」
ガーランドさんの掛け声と同時にリクトは前側の引き金を引いた。
──ズドン。
銃口から火花が噴きだすとともに銃口から放たれた弾丸が、大口を開けた豹もどきの口内をド派手にぶち抜く。
口のなかにドでかい風穴が開いた豹もどきはみるみるうちにぐしゃりと歪んだかと思うと、黒い液体状に変わり、墨汁を撒き散らしたかのようにびしゃりと床石の上に飛び散った。
「まずは一匹!」
安堵の息を漏らしかけたその時──今度は二つの黒い影が飛びかかってきた。
獣の爪と牙に身体中をズタズタに引き裂かれるイメージが脳裏によぎったが、その直後、頭の上をガーランドさんの片足が風を切り、二匹の豹もどきを蹴り飛ばした。
壁に叩きつけられた二匹の豹もどきは黒い液体となってド派手に壁面を黒く濡らした。
「気を抜くな! 次が来るぞ!」
「は、はいっ!」
カシャンと銃身を折り開くと、使い終えた空になった薬莢がシャコン、と勢いよく排出されるのを目視したのち、次なる銃弾を再度装填する。
カシャン、と装填し終えたリクトはガーランドさんから言われた通り、豹もどきをギリギリの距離まで引き寄せたのち、至近距離で銃弾の雨を浴びせた。
射出された弾は上手い所に当たったようで、今度は一気に三匹が弾け飛んだ。
……これならイケる!
だが、そう思ったのも束の間だった──次の瞬間、ギリギリまで狙い、撃ち放った弾丸が豹もどきの頭上をかすめた。
リクトの脳裏に全身を怪物に食いちぎられる光景がよぎり、思わず目を背けた。
「っくそ!」
その直後、顔の横からガーランドさんの右足が飛び出し、豹もどきの顔面にガーランドさんの足がぐにゃりとめり込んだ。
前蹴りを受けた豹もどきはその衝撃で後方へと吹き飛んだ。
更にもう一匹が息つく暇もなく、ガーランドさんの右足に齧り付いた。
「──っ! くそ野郎! 放しやがれ!」
すぐさま銃口をガーランドさんの足に食らいついた豹もどきに向け、引き金を引いた──が、銃口からは火花が散る代わりにカチッと空しい音だけが鳴る。
銃弾が底を尽きたのだ。
「そんな……!」
「こんのぉぉぉぉおおお!!」
ガーランドさんが力いっぱい右足を天井に向かって蹴り上げ、それによって豹もどきの腰が天井に激突した。
次の瞬間、黒い液体となった豹もどきのなれの果ては天井に飛び散った。
……その時だった。
豹もどきが天井にぶつかった衝撃によって、ガーランドさんの頭上にあった天井に大きな亀裂がピシピシと走り、天井に固定された鎖の留め具がバキッと音を立てて壊れた。
ガーランドさんは留め具から外れかけた鎖を力を込めて引っ張った。
直後、手錠と繋がっていた鎖がジャラジャラと上から落ちてきた拍子にガーランドさんが崩れるようにして床に倒れこんだ。
「大丈夫ですか?!」
ガーランドさんは激しく咳き込みながら、それよりアレを見ろ、そう言って頭上を顎で指した。
頭上を見上げてみると、石がびっしりと敷き詰められた高い天井にうっすらと刻まれた魔法陣が見えた。
どうやら先ほどの衝撃によって、魔法陣に亀裂が入ったらしく、結界は消えたようだった。
「立てますか?」
「……ああ」
ガーランドさんはそう言いながらも少し辛そうな顔で半身を起こし、片膝を立たせて自力で立ち上がろうとした。
明らかに無理してるガーランドさんを見ていられなくなったリクトはガーランドさんのそばでかがんで彼の片腕を持ち上げて肩に回し、彼の背中を手で支えながら、ゆっくりと彼を立ち上がらせた。
……その様子を眺めていた胡狼仮面の男は鼻で笑う。
「結界から抜け出したところで、貴様らの結果は何も変わらん」
そう言って胡狼仮面の男は指をパチンと鳴らした。
すると、それまで天井や床、壁に張り付いていた黒い液体がうねうねと波打ち、胡狼仮面の男のもとに吸い込まれ、肩にかけられた黒のジャケットへと形を戻した。
「これで終いにするとしよう。《暗翳の外套》タイプ──“《黒き獅子》”」
男が呪文を唱えた途端、黒のジャケットは瞬く間に黒い液体状へ形を変え、再び放たれた。
だが、今度は先ほどとは違った。
一か所に黒い液体が集まり、通路を塞ぐほどの巨大な獣が目の前に姿を現した。
獅子のように見えるが、目に生気は無い。
しかし、激しい息遣いと口からよだれのような液体を垂れ流し続けている様子から、こちらに向ける殺意だけはビンビンに伝わってきた。
大きくなったからってなんだ。
確かに少しは怖いけど……。
いえ、めちゃくちゃ怖いけど──
「ただ的がデカくなっただけだろ!」
目の前の恐怖を振り払うようにリクトは再装填し、銃を構える。
石造りの通路に銃声が轟き、凄まじい反動が銃を握った手に伝わった。
だが、弾道は大きくズレた。
しかし、巨大な的の前において、狙いを定める行為は無意味に等しい。
──ガキィィン!
金属板を叩いたような音が響き、銃弾は獅子もどきの皮膚を貫くどころか、いとも簡単に弾き返された。
「嘘っ!?」
「銃弾が効かないだと!?」
目の前で起きた事象にリクトとガーランドさんは呆然と立ち尽くした。
すると、巨大獣の後方から胡狼仮面の男が鼻を鳴らして言った。
「貴様らは勘違いしている。先ほど貴様が必死になって撃ち倒した獣たちは、もともと一体のモンスターから分離したものだ。
分離すればするほど質量は薄くなり、弾を通しやすくなる。
……つまり、これが本来持っている耐久性なのだ。ハナから銃弾などで殺せやしないのだよ」
すると、ガーランドさんは口から勢いよく唾を吐き出した。
「そんなモンスターがいるなんて話、聞いたことねぇ」
「無知な凡人はこのモンスターが何なのかすら知らぬか。フン。冥土の土産として教えてやろう」
胡狼仮面の男は勝手に語り始めた。
「“《アーティファクト・モンスター》”という名の存在を貴様らは知っているか?」
「……あーてぃふぁくともんすたー?」
ガーランドさんは眉根をよせた。
「フッ、知らないのも無理はない。なにせ世界にまだ数十体しか確認されていないのだからな」
男は愉悦に満ちた声で話を続ける。
「古代の人工物でありながら生命を宿した生き物。それが《アーティファクト・モンスター》だ。こいつは装備した者が見た生き物の容姿と能力をコピーし、複製が可能。そして、圧倒的に強い強度を誇る。こいつを貫ける武器はこの世に存在しない」
……そんなの勝てるわけないじゃないか……。
歯を食いしばり、悔し気な表情を浮かべたガーランドさんが吐き捨てるように言う。
「本物のバケモンかよ!」
「ククク……ハハハハハハッ!!」
男の高笑いが通路に鳴り響いた。
「どうだ? 身の程を知ったか? この《影鎧獣》の前では所詮、貴様らは無力なのだよ! さぁ、自らの死を受け入れろ!」
ピクリと、リクトはあるワードに反応した。
「……ガーランドさん」
「なんだ」
「この戦い──勝てますよ」
「あ?」
ガーランドさんは呆れたように鼻で笑う。
「さっきまで腰を抜かしていたお前が、どうしてそう言い切れる?」
掌に黒い粒子を集め、粒子から顕現した魔導拳銃を呼び出したリクトは、とある名言を思い出した。
「ぼくが昔いた故郷には、こんな言葉がありました。“目には目を、歯には歯を”──」
そして、ここからはオリジナルの言葉。
「《スライム》には《ビッグ・ピョンチュー》を……──」




