12 遭遇
突然の反応に驚いたリクトは思わず足を止めた。
すると、男は背中の筋肉を震わせて笑いだした。
「とうとう死神様のお迎えってことか。なら、さっさとやれよ」
「いえ、違います! 人間、です」
リクトは慌てて男の正面に立ち、顔を見せた。
男はうなだれた頭を上げ、こちらに視線を向ける。
肩までつくほど伸びた長い金髪。
ダンディズムを感じる色っぽい声と汗で濡れた筋肉。
男の自分でもドキッとするくらい色気を感じる。
年齢は40代くらい、だろうか?
「ガキまで拉致るとはな。あいつらどこまでイカれてやがんだ」
「あいつら……って、狩人のことですか?」
男は顔を背けると、口からペッと唾を勢いよく吐き、フッと不敵に笑う。
「狩人、ねぇ……違うな。あいつらはただのイカれた殺人集団さ」
「狩人に会ったの?」
男の後ろにルースさんがいつの間にか腕を抱えて佇んでいた。
しかし、男は背後から突然現れたルースさんに対して驚く素振りを見せず、ルースのほうをちらりと見るなり、口を開く。
「お前ら、冒険者か。しかも、まだ駆け出しみたいだな」
「鋭いじゃない。どうしてわかったの?」」
男は視線をルースの胸のほうにずらした。
ルースは彼の視線を追って顔を下に向けると、察しがついたようにああと小さな声を漏らした。
「冒険者バッジはギルドの建物以外では外しておいたほうがいい。
新米狩りを行う連中の標的にされるだけでろくな目に合わない。
今回みたいにな」
そう言われた途端、リクトはバッジの存在に気がつき、ルースさんとほぼ同時にすぐさまバッジを取り外した。
……知らずにつけてた自分が恥ずかしい。
ルースさんも同じ心境のようで顔をムスッとさせていた。
「で、ランクは?」
「Eだけど」
ルースさんがそう答えると、男はため息まじりに口を開く。
「やっぱしな。
あいつらは富裕層の魔法使いの中でも人殺しが大好きなイカれた奴らばかりだ。
ここは奴らの殺人欲求を満たすために作られた遊び場であり、“狩場”ってところだな。
ここには様々なアイテムや食糧などが宝箱に隠されてる。
俺はなんとかその辺のアイテムを使い倒してここまで生き延びてこられた。
つまり、魔法が奴らより劣っても勝機はある」
「なら勝てそうね」
ルースさんが安堵した声で返すと、ガーランドさんは険しい表情を浮かべ、ルースさんに鋭い視線を向けた。
「あくまでこれは俺が遭遇したケースだ。
気を抜くと……狩られるぞ」
そう言ってガーランドさんはルースさんに釘を刺すと、ルースさんの喉元からごくりと音がした。
「奴らはどうやら自分の魔力を誇示するためにあえてランクの低い俺やお前らのような新米の冒険者を捕まえては、ここに放り込んで殺しのゲームを楽しんでやがるらしい」
そう言い、男はまた口から勢いよく唾を吐き飛ばす。
「この階にはやたら罠が仕掛けられてあるから気をつけろ。
気になったモンがあっても決して拾うな。絶対に無視しろ。命が惜しかったらな」
「詳しいのね。
罠の存在を知っている割には大した傷が見当たらないけど」
「俺を疑ってるのか? へっ、ガキのくせに賢いじゃねえか」
そう言われ、ルースさんはムッとして眉間にしわを寄せる。
「この情報は全部“タロン”って奴から聞いた話だ」
「タロン?」と思わず聞き返すと、男は続けた。
「そいつはなんでもずっとこの遺跡に隠れて奴らをやり過ごしてるんだと。
賢いよな。
戦わずとも生き残る方法がまさかずっと隠れる事だとはよ」
すると、男の後ろに立っていたルースさんはイケオジの正面に立ち位置を変えた。
腕を組んだままのルースさんの目には光が宿っていない。
どうやらまだルースさんは彼のことを信用していないようだ。
それとも、単純に男だから?
「で。そのタロンとは一緒に行動していないようだけど?
彼とは別れたの? それとも……」
「あいつはドジ踏んで罠にかかりやがった。
俺はそいつを見捨てて逃げればよかったんだけどな。
良心ってやつが疼いてそいつをつい助けちまった。
んで、代わりに俺が捕まっちまって、このざまだ……アホだろ」
「とにかく、このままここにいるのも危険だと思う。
いま、縄を解くよ」
「ちょっとそれ。本気なの?」
振り向くと、ルースさんは不服そうに顔をしかめていた。
「たぶん、この人は悪い人じゃないよ」
なんでそう言い切れるの? と言わんばかりの呆れ顔でルースがこっちを睨んでくる。
「眼鏡ちゃんの言う通りだ。俺のことはほっとけ」
「誰かを一人犠牲にして進めば、たくさんの可能性を失う……“あの時”みたいに」
「何言ってんの? 急に」
「昔大好きだった物語があったんです。
勇者が旅の道中で出会った人の困りごとを解決したら、その人がお礼に薬草をくれて、その時にもらった薬草のお陰で命拾いしたり、野党に襲われた女性を助けたら、その女性のお腹の子が大人になって、世界を救う勇者になってたり……」
ガーランドさんはフッと笑う。
「そんな都合のいいこと、現実には起きねえぜ。
現にみろ。今の俺がいい例だ。
他人を助けちまったお陰で最悪な結末に向かってる」
リクトはそっと口をつぐんだ。
ガーランドさんやルースさんにこれを話したら、きっと笑われちゃうだろう。
……けれど、ここは自分が好きだった物語の世界と、瓜二つなんだ。
だから、悪いヤツが好き勝手するのを見て見ぬフリするような、自分が暮らしてたあの町みたいにはなってほしくないって……そう思うんだ。
自分に力があるなら、なおさら。
「とにかく、俺のことはほっとけ。お前らにはどうする事もできん」
「でも、試してみないと何も分からないじゃないですか」
そう言い、諦めずにリクトが縄に手をかけようとした途端、男が凄い剣幕で顔を上げ、怒鳴った。
「これが“罠”だとまだ気づかねえのか?!」
「……え?」
縄に触れかけた手をピタリと止める。
うなだれた男は嘆くように言う。
「狩人に捕まった俺がこうして生きてる時点でおかしいと思うだろ、フツー。
俺が生かされたのは、こうやって他の冒険者をおびき寄せるためだ」
「……人間がやることじゃない」
気が付くと、思った言葉が口から出てしまっていた。
「だから言ったろ。あいつらは“イカれてる”って」
すると、ルースさんは踵を返し、「行こう」と言った。
「あたしらには役目がある。ここで死ぬワケにはいかないんだから」
ルースさんにそう言われたが、リクトは頑なに動かなかった。
まだ何か手はあるはずだ。
……なにか。
……あ、そうだ!
咄嗟に思いついた方法があった。
これならいけるかもしれない。
「おい。なにするつもりだ?」
訝しむガーランドさんを横目にリクトは手にイメージを送り込み、音を打ち消すサイレンサー付きの銃を顕現させた。
これなら、縄に触れずに音も出せずに彼を助け出せる!
「じっとしてて下さい!」
縄に向けて銃の引き金を引いた瞬間、パシュッと小さく音が鳴った。
けれど、予想に反した事態になった。
ちゃんと縄に当てたはずなのに、縄には傷一つ残らなかった。
ガックリと肩を落としたその時だ。
天井からいくつもの人形の頭が滑り落ちてきた。
「うぎゃ!」
たまらず、まぬけな叫び声をあげるリクト。
いくつもの目を閉じた人形の頭にあっという間に囲い込まれ、人形の目と口がカッと開いたその直後、耳をつんざくほどのけたたましい金切り声が鳴り響いた。
「奴らが来るぞ……!」
筋肉質の男は通路の先をキッと睨んだ。
一刻も早くこの場から脱出しようと踵を返したが、ゴツンと見えない壁に頭をぶつけてしまった。
どどどどどうしよう!?
なすすべもなく慌てふためいていると、少し離れていたおかげでトラップに引っかからなかったルースさんが手を振って叫んだ。
「なんとかそこでがんばってぇ! あたし先行ってるからー!」
神官の服を身に纏った冷酷無慈悲の悪魔の後ろ姿を、リクトは恨めし気に睨んだ。
すると、一緒に取り残されたイケオジの男が皮肉交じりに言った。
「いい仲間を持ったな」
そう告げたガーランドさんにリクトは何も返さなかった。
ルースさんに最初から期待してなかったからトンズラされても動揺することは微塵もなかった。
それでもルースさん無しでは復活できなくなったことに関しては、打撃ではあるが、ルースさんに貸しは作りたくない。
とりあえず、リクトは目の前の件に集中することにした。
「ぼくの名前は『リクト』っていいます。あなたの名前はなんですか?」
イケオジの男は一瞬、面倒くさそうな顔を見せたが、床に視線を落としたまま答えた。
「……ガーランドだ」
「ガーランドさん、一緒に地獄行きになるかもしれませんが、諦めずに頑張りましょう!」
気づくと、自分らしくもない台詞が口から出ていた。
本心は絶望の淵に立っているというのに。
「結界を張られちまったんだ。
どう考えたって、お手上げだ。
結界の中じゃ魔法道具はガラクタ同然。もう諦めるしかないだろ」
すると、リクトたちの周囲を取り囲んで宙に浮かんでいた人形の頭部たちが一斉にフッと消えた。
途端、辺りはしんとなり、ひんやりとした寒気が全身を撫でるなか、どこからともなくブーツの靴音が鳴り響いた。
「……来たぞ」
ガーランドさんの鋭い視線の先──
通路の曲がり角から靴音と共に一人の仮面を被った男が現れた。
男は胡狼のような獣の頭の皮を被っていた。
獣の下顎だけが抜かれていて、仮面を着けた者の下顎がむき出しになって見えた。
黒色のジャケットの袖を通さずにベストの上から肩に掛けた格好で、中世のネクタイと言えるヒラヒラとしたレースの胸飾りを首に付けた男の風体は、いかにも貴族って感じだ。
立ち襟が男の自信に満ちた高慢さを感じさせる。
「なんだ。釣れたのはたったの二匹か……まあいい。加点は加点だ」
人を人とも思っていない口ぶり。狩人で間違いない。
胡狼仮面の男は残念そうな様子から気持ちを切り替えたかのように、ジャケットを取って翻した。
「《暗翳の外套》タイプ──“《影豹》”」
胡狼仮面の男が呪文を唱えた途端、翻した黒いジャケットはみるみるうちに液体のようになって、床にバシャッと落ちた。
すると、液体は意思を持ったかのように分離し、黒豹のような姿の獣へと変わる。
その数、全部で12匹。
この世界に来て、二度目の“対人戦”が、いま始まる──。




