11 裸の男
「あらかた雑魚は片付いたみたいね」
ふぅ、とルースさんは錫杖を床に突くと、まるで仕事を終えたおじさんのように額の汗を拭った。
いや、女性でも同じ動きはするのだけれども、ルースさんがやると、おじさんっぽく見えてしまう。
……実に不思議だ。
すると、ルースさんが横目でジロリと睨んできた。
「あのさ」
「は、はい! なんです?」
「あんた戦う気ある?」
「……え?」
「さっきから、ずぅ~とあたしばっか戦ってさ! あんたは後ろに突っ立ってるだけで何もしてないじゃんっ!」
えっ、バレてたの?!
「ぼくは……ほら! 後方から支援してたよ。
『がんばれ~! ルースさんならやれる!』って」
「いや、それ“支援”じゃなくてただの“声援”だから」
死んだ魚の目でルースさんはリクトを睨んだ。
どうやらルースさんは冗談が通じないタイプだったらしい。
リクトは少し考え、真面目に答えた。
「……温存しておきたいんだ。できる限り」
ルースさんは目線を下ろした。
その視線はリクトが戦闘中に魔導銃を出現させてる右手に向けられていた。
「“召喚獣”っていうんでしょ? それ。
出せる時間はどれくらいなの?」
「時間計ったことないから、正確な時間は答えられないけど、たぶん……15分くらい、かな」
「じゃあ、もう一度出せるまでの時間は?」
「1日はかかると思う」
ルースさんはため息を吐き出して頭を抱えた。
「それが、あんたの切り札ってところね」
残念そうな様子のルースさん。ひょっとして召喚獣に結構期待してたのかな?
そりゃ自分だって、できれば召喚術を使いたい。
だけれど、いま現在召喚できるのは《ビッグ・ピョンチュー》とメアのみだ。
本来ならあと二体召喚できたけど、《ルキアナ》はもういない。
もう一体はバイセルンで一度召喚したっきり。
しかも、どうしたわけか、あの時確かに召喚したはずなのに姿を一切見せていない……。
《ビッグ・ピョンチュー》とメアを使いこなす事が出来なければ、このままだと待ってるのは“死”だ。
……こういう状況なら、“彼女”が一番適してるけど、彼女は召喚スロットから外していたから使えない。
ここはできうる限り、召喚獣に頼らず、自分の力で頑張っていかないとな。
「今度はこっち行ってみよっか」
来た道を戻り、分岐した二つの分かれ道から未踏の道である左のルートを攻略することにした。
しかし、そこで気がついた。
ルースさん、あれからずっと前を歩いてるよな……。
ここは男子として、自分が前を歩くべきか?
いや、欧米には『レディーファースト』って言葉もある。
それにこちらが心配しなくてもも、ルースさんは充分強い。
だから強いルースさんが前を歩き、弱い自分が後ろを歩く。
なにもおかしくはない。
むしろ当然の配置である。
ベストポジションというやつだ。
自分にそう言い聞かし、角を曲がりかけたところでルースさんは急に足を止めた。
またモンスターかと思ったリクトは顕現させた魔導銃を手に握る。
「こっちの準備はオッケーだよ。次はぼくもちゃんと戦うから」
「違う。そうじゃない」
「え? なにが」
神妙な表情を浮かべたルースさんは低い声を出し、曲がり角の先を指さした。
「……あそこ。人がいる」
え。なにその言い方。怖い。
あんたも見てみなよとアゴで指すルースさんに促された。
急に胸が落ち着かなくなる。
明らかにホラー映画でしょ、このシチュエーションは。
覗いたヤツが殺人鬼と目が合って殺されるやつ!
深呼吸で息を整え、曲がり角からゆっくりと顔を出す。
……すると、長い通路の途中に立つ男の人の後ろ姿がちらりと見えた。
よくよく観察すると、男は上半身裸だった。
遠目でも鍛えられた筋肉肌がはっきりと見える。
筋肉質の男は高い天井から伸びる縄に両手を縛り上げられていた。
ルースさんのほうにいったん顔を戻すと、ルースさんが耳元に囁く。
「どう? アレ生きてると思う?」
「ここからだと……なんとも言えないな。もっと近づいてみないと」
すると、なぜか肩をポンッと小突かれた。
「じゃあ、よろしくたのんだ」
「……え、ええ?」
まさかそんなワケないよねと思いつつ一応、聞いてみる。
「もしかして、ですけど……ぼくが行くんですか?」
「あんた男でしょうが」
「いや、ここまで来たら男とか女とか、関係ないと思いますけど……」
「あ、ちょっと待った」
ルースさんはそう告げた途端、目にも留まらぬ手さばきで胸ポケットからエレウをかっさらう。
「大丈夫。あんたがこの先でやられたら、代わりにあたしがこの子を守るから」
「いや、死ぬ前提でそれ言うの辞めてくれません?」
いや、もし自分がここで死んだとしても、ルースさんなら生き返すことができる。適材適所というやつか。
「はぁ。死にたくないな~……」
すべてを諦めたリクトは曲がり角を曲がり、男の背後から忍び寄る。
できる限り足音はたてずに。
一歩ずつ慎重に。
しかし、
あと数歩といったところで、男の汗で艶めかしく光る背中の筋肉がぴくりと反応した。
「……そこに誰かいるのか?」




