07 蠢く影
探索を始めた遺跡の通路は真っ暗で、中はひんやりとしていた。
ルースさんの周りをゆらゆらと揺らめく四匹の羽虫が、暗闇に包まれた通路に幻想的な青白い光の空間を作り出し、周囲を明るく照らす。
進めば進むほど天井は高くなり、羽虫の光も届かぬほどの高さになると、通路の幅も段々と広くなっていく。
巨人が通る通路と言っていいほどの広さだ。
広くなればなるほど闇の世界は広がる。
まさに一寸先は闇、か……。
「気を付けなよ。光のサークルから出たら、《闇を這うもの》の餌にされちゃうから」
「ははっ。虫なんかにぼくが負けるわけないじゃない。ははっ」
と、陽気に答えてみせた──が……。
「キシャアア!」
途端、何かの鳴き声が響き渡った。
思わずルースさんの背中にサッと隠れる。
ルースさんはジトリとした目つきで振り返った。
「虫ごときにぼくが負けるわけないじゃない~?」
ルースさんはそう言って冷ややかな笑みを浮かべた。
リクトはこのままじゃカッコ悪すぎると思い、ガウンコートの襟を正す仕草をしてみせた。
「そりゃ、時と場合による! ……でしょ」
自分なりにカッコよく台詞を決めたつもりだった。
しかし、隠しきれなかった自信の無さが言葉の語尾にポトリとこぼれ出てしまい、試みは空しく終わる。
「あんたの弱味、見つけちゃった~♪」
にやりと悪戯な笑みを浮かべるルースさん。
本当にこの人、神官なのかな……?
……その時、後ろから複数の足音が聞こえた。
二人の間に流れた空気が一瞬にして変わる。
互いに意思を確認し合うようにルースさんと目を合わせた。
“後ろから来てる!”
やがて二人の正面からも、複数の足音が。
前からも後ろからも足音に挟まれた!? これって滅茶苦茶まずくない?!
「《光虫よ、戻れ》!」
緊張を帯びたルースさんの引き締まった呪文の掛け声が口から飛び出すと、光を放っていた羽虫たちはまるで蠟燭の火を吹き消したかのように一瞬にしてフッと姿を消した。
「こっち! はやく!」
左右の壁と壁の間に大人一人入れるほどの隙間を見つけたルースさんは、肩をぐいっと掴むと、壁と壁の間にリクトの身体を無理矢理押し込んだ。
「ぎゅふっ!」
次第に近づく足音はだんだんと大きくなっていく。
松明の揺らめく炎が闇を破って前からも後ろからも現れた。
ルースさんは素早く反対の壁と壁の間に身を隠した。
すると、五秒もしないうちに、リクトたちがやってきた方向からぞろぞろとゴロツキの男たちが現れた。
男らは闇に身を潜めるリクトたちの横を通り過ぎる。闇の中から息を潜め、彼らの風体を観察する。
正体はなんとなく察しがついた──あいつらは“野盗”だ。
すると、反対の方向からも松明を片手に荒くれ者達が続々と現れた。
彼らのうち、片目だけが白く濁った男は顎をしゃくるようにして、対面する野盗らの後ろを指した。
「捕まえたか?」
「へい。それが……」
片目の男に問いかけられた部下は、ためらいがちに自分の背後に視線を送る。
背後には、縄で縛られた者達が3人。
虚ろな目を浮かべ、口も半開きのまま抵抗する様子もない。催眠療法をかけられたような状態だった。
「逃げたヤツを捕まえに行ったんじゃなかったのか? 一人足りんぞ」
「す、すいやせん……。
残りの一人はあまりに足が速かったもんで、矢を沢山放ってたら、一本が脳天に当たっちまいまして……ぽっくり死んじまいました」
「まったく、お前というやつは……」
まあいい、と言って、片目の男は顎で自分の背後を指して言った。
「さっさと片付けてこい。こんな薄気味悪いところに長居すると、こっちの気が狂っちまう」
片目の男は数名の仲間とともにぞろぞろと外へと繋がる通路に向かうと、闇の中に溶けていった。
「ほら、来い!」
残った野盗二人のうち、一人は手に持った縄を力強く引っ張り、捕らえられた者達の歩を強引に進ませて闇の奥に消えていった。
その様子を闇の中から息を押し殺して観察していたリクトたちは壁と壁の間から、ゆっくりと体を出すと、互いに顔を見合わせてコクッと頷き合った。
“あいつらを追いかけよう!”




