04 驟雨
「──マスターは、お馬鹿さんです」
満天に広がる青空の下。
通行人が行き交う街のど真ん中で、午後の日差しに照らされるなか、ムスッとした顔で目の前に立つ一人の亜人少女にそう言われた。
馬人の姿をした召喚獣だ。
この世界にやって来てから、まだ一年も経っていない新参者のリクトにとって“人探し”というのは生まれて初めての経験だった。
あるとしてもそれは子供の頃、スーパーではぐれた母親を血眼になって捜した経験くらいだ。
インターネットも無ければ、警察も存在しない世界で、行方不明になった人を捜すとするなら、一体どこから手を付けるべきなのか。
リクトは人探しのスタート地点にすら立てていなかった。
頭を抱えてしばらく悩んだ挙句、頼った相手がメアだった。
「もしかして……怒ってる?」
「なぜ、私が怒っているか、その理由は分かりますか?」
その答えは、メアとの記憶を遡ってすぐに判明した。
あれから一度もメアを呼んでいなかったのだ。
「ごめんっ!」
手を合わせて深々と頭を下げた。
メアは腰に手を当てて、ため息を吐く。
「あれから全然きみと話す時間作れなくて……ほんっとにごめん!」
メアは腕を組んで、ぷいっと顔をそむけた。
「いいえ。絶対許しません!
今後マスターに危険が及ぶ時以外は、私を呼び出しても、絶対に出ません!」
ですよねぇ……。
すると、メアは顔をそむけたまま口を小さく開く。
「……ですが、ジェリームを私への供物として捧げるのでしたら、考えを改めるかもしれませんよ?」
* * *
スプーン無しでアイスカップを手にしたメアの横顔をちらりと見る。
胸中では、今すぐにでも男児の父親を探しに行きたいところだったが、しかし、いま頼れる相手はメアしかいない。
自然とメアに注ぐ視線が熱くなる。
それに対して、メアはチロチロとジェリームを舌で堪能し、馬耳をぴょこぴょこと動かしている。どうやらご満悦の様子だ。
とりあえずよかった。
この世界に好感度システムがあったなら、好感度1ぐらいは少なくとも上がっただろう。
それから機嫌を取り戻したメアを連れてモモカさんと先ほどいた氷菓子店に戻り、メアに指定された供物を捧げた。
メアが日陰になっていた白い建物を指差したので、とりあえず建物の壁を背に佇んだ。
「……私ならまず、現場を調べることから始めると思います」
そうか。警察だって、現場から調べるのが基本だもんな!
「じゃあ、早速あの子の家に……!」
しかし、一歩進んで足を止める。
「どうかしました?」
メアは小首を傾げた。
「あの子の家どころか、あの子の名前すら聞いてない……」
「マスター……」
メアの蔑む眼差しがチクリと刺して痛い。
すると、次の瞬間、メアはビクッ! と体を震わせた。
「どしたの? メア」
メアの顔を覗き込むと、彼女の顔は真っ青になっていた。ジェリームで体を冷やしすぎたのかな?
「何故かはわかりませんが、どうしたわけか、急に悪寒が……すみません!」
そう叫ぶなり、メアはアイスカップを手渡し、シュン!とたちどころに姿を消してしまった。
咄嗟の反射で虚空に舞うものを掴み取る。
掴んで握りしめた手の指を離して広げると、手の上にはメアの姿をした被造物人形が転がっていた。
その直後、白いローブに身を包んだ一人の神官少女が、行き交う通行人達を押しのけて、丸眼鏡をギラリと光らせて、目の前に飛び出してきた。
丸眼鏡の神官少女──ほんの少し言葉を交わした程度の関係だったけど、彼女の姿を見た瞬間、メアが怯えた理由をなんとなく察した。
「あんた! 今さっき馬耳の可愛い女の子と話してなかった?!」
「……え?」
「さっき遠くからあんたと可愛い女子が一緒にいるのが見えたんだけど……ちっ。見失ったか」
そう言い、丸眼鏡の神官少女はまるで大きな魚を逃したような口ぶりで、遠くを睨みながら爪を噛んだ。
メアのことを『女子』ではなく、『可愛い女子』と誇張して表現する彼女の姿をしばしの間、傍観し、そしてちょっとだけ引いた。
「じゃあ、自分はここで……」
「待ちなって」
丸眼鏡の神官少女に呼び止められてしまった。
諦めて振り返る。
「は……はい」
「あんたさ、さっきのクソガキの家に行くつもりっしょ? 場所とか知ってんの?」
「そりゃ、もちろん……!」
丸眼鏡の神官少女は、疑いの目でこちらをジーッと見つめる。
「いえ。……全然知らないです」
リクトは男のプライドをかなぐり捨てると「すいやせん」と謝り、彼女に向けて頭を下げた。
丸眼鏡の神官少女は肩を落とし、気だるげに口を開く。
「あたしに感謝しなよ? ほら」
丸眼鏡の神官少女は勝ち誇ったように言うと、眼前に一枚の紙をぱっと出して見せた。
紙には、男児から聞いたのであろう簡単な地図と失踪した父親の似顔絵が描かれていた。
似顔絵を見る限り、男児の父親の頬には古い傷跡があるようだ。
これならすぐに見つけられそうだな。
すると、紙の横からひょっこり顔を出した丸眼鏡の神官少女は“ある提案”を申し出た。
「ヒト探しなんて一人じゃ手こずるっしょ?
だからあたしとさ、“パーティ”組んでみね?」
ニッと白い歯を見せる神官少女にリクトは半分嫌な予感を感じつつも、とりあえず彼女の提案を承諾することにした。
* * *
冒険者ギルド《三脚天使》の入り口には相変わらず長い行列が出来ていた。
二階の奥にあるギルド長用の個室からも扉の隙間から一階の賑わいが漏れ聞こえてくるなか、モモカは布団の横に置いた椅子に一人座り、ベッドの上で寝る男児の様子を静かに見守る。
「……おとう……ちゃん……」
男児の口から寝言がこぼれるたび、モモカは胸の奥が締め付けられる思いでいっぱいだった。
モモカには子供の頃よく可愛がってくれたジンおじさんがいた。
病に倒れたジンおじさんを静かに見送ったあの日の喪失感と絶望感は頭で何度振り払っても、忘れることはできない。
一刻も早くリクトのあとを追いかけねば──
「!」
モモカが椅子から立ち上がったその時、モモカの腕を男児の手が掴んだ。
男児は寂しそうな眼差しで口を開いた。
「どこ行くの? お姉ちゃん。
……父ちゃん探すなら、おれも……いっしょに行く」
モモカは椅子に座り直すと、男児の手をぎゅっと握り返した。
「私はどこにも行かないから。
あなたのお父さんはきっとすぐ見つかる。
だから今はゆっくり休んで。私がそばについてるから。ね?」
男児はモモカにそう言われて安心したのか、目をゆっくり閉じると、再び静かな寝息を立てた。
モモカは目を細め、小窓に顔を向ける。
さっきまでは快晴だったはずの空はモモカの胸の内を映し出すかのように一気に曇り始め、大粒の雨が小窓を激しく叩いていた。
(リクト様……どうか、ご無事で──)




