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03 大人と子供と、大人の子供

 “冒険者ギルド”──

 近隣住民からの様々な仕事の依頼を受け付ける場所であり、仕事を探し求める冒険者と依頼主との仲介役を務める民間委託業者である。


 そして、“冒険者”──とは広い範囲で活動する傭兵のようなもの。

 子猫探しから薬草採取、害モンスターの討伐、遺跡の調査などの幅広い仕事依頼をこなす。

 そのため、人々の間では『便利屋』と陰でこっそり呼ばれている。


 モモカさんの話によれば、この世界では成人になると冒険者の資格を取得できるそうで、おもに国外への渡航に必要な提示書類で使われるのが一般的なんだそうだ。

 身分証明書とパスポートの合体版、といった感じだろう。


……しかし、幅広い依頼を受け持つ冒険者ギルドと言えど、どんな仕事でも受け付けるワケでは無いようだ。


 時刻はお昼を過ぎた頃。

 事件は一陣の風とともに突如舞い込んできた。

 出入り口のスイングドアが大きく開け放たれ、一人の男児が来店するなり大声で叫んだ。


「ここに強いヤツはいるかっ?!」


 冒険者ギルド内に転がり込んできた男児に一同の視線が集まる。


「戦えるヤツなら誰でもいい!

 とにかくオレについて来い! 早くしないと──」


 すると次の瞬間、大柄の男が、男児の首根っこを(つか)んだ。


「離せっ! 何すんだ!!」


「『はい分かりました』つって、すぐに出動するほど、俺たちは都合のいい便利屋じゃねえんだよ。

 そもそも金はあんのか?」


「金? んなこと言ってる場合じゃねえっ!

 こっちは時間がねえんだ! こんなことしてるうちに」


「──待った」


 マーテルさんの声にギルド内は一瞬で、しんと静まり返った。

 階段を駆け下りるマーテルさんを見て、二階から様子を見下ろしていたモモカさんは彼のあとを追うようにして、彼と一緒に一階へと下りていった。


……自分も下りるしかないか。もめ事にはあんまり関わりたくないけど。


 ちらりと受付カウンターのほうを見ると、受付嬢と依頼の件でやり取りしていたあの神官少女も、マーテルを目で追いかけ、事態を静観していた。

 大柄の男は空気を読んだようで、男児をゆっくりと下ろした。

 マーテルさんは男児のもとに歩み寄ると、しゃがみこみ、男児と同じ目線になって、柔らかな物腰で男児に話しかけた。


「まずは深呼吸しよっか。息を吸って」

「……すぅ」

「吐いてぇ」

「……はぁ」

「よし。いい子だ」


 よしよしと、マーテルさんは男児の頭を撫でた。


「何があったの? ゆっくりでいいから、最初から話してごらん」


 男児は鼻をすすりながら、話し始めた。


「……きのう、いたずらで父ちゃんの嫌いな虫をパンの中にいれて、びっくりさせたら……ヒクッ……父ちゃんに怒られて」


「そりゃ、ぶちギレられて当然だわな」


 大柄の男は腕を組んで頷いた。


「うん。それで?」


「……ヒクッ……木に縛られて、何時間たっても、父ちゃん来なかったら……。

 じぶんでナワをなんとか切って、ウチに帰ったんだ……。

 そしたら、おうちの中はめちゃくちゃになってて……ヒクッ。

 父ちゃんが、いなくなってたんだ……」


「子供への罰のつもり……にしては、やり方が物騒すぎますね」


 すると、いつの間にかマーテルさんの横に立っていた神官少女が、眼鏡をくいっと持ち上げて言った。マーテルさんは彼女の出現に驚いたようだ。

 いきなり後ろから声出されたら、そりゃ驚くよな……。


「きみっ! いつの間に……」


 マーテルさんは男児に向き直り、優しく言う。


「わかった。話してくれてありがとう。

 あとのことは、お兄さん達に任せて。

 今日はボクの部屋でゆっくり休むといい」


 そう言って、マーテルさんは一人の店員を呼び、男児を部屋に案内させた。

 男児が部屋に入るのを見届けたマーテルさんは、神妙な表情へと変わる。

 口火を先に切ったのは、神官少女のほうだった。


「すぐ探しに行きましょう! マーテルさん!

 何人かメンバーを(つの)って……」


 しかし、マーテルさんは「待って」と言って、神官少女を制止する。


「冒険者を行かせる事はできない……」


 モモカさんは眉間にしわをよせて、声を張り上げた。


「どうしてですか?!

 もしかしたら、野生のモンスターに襲われたのかもしれないんですよ?!」


「あの子から、まだ依頼の報酬金を受け取っていない。

 依頼として成立していない以上、冒険者をこちらから派遣することはできない……」


「お金とか、そんなのどうでもいいじゃないですかっ!」


 モモカさんの怒りがこもった声がギルド内に響く。

 しかし、マーテルさんは穏やかな口調でモモカさんに答えた。


「『あの子を助けたい』って思う気持ちは、私も同意見」


 マーテルさんは悲し気な目をしてそう言った。

 彼の目を見たモモカさんはフツフツとこみ上げるやりきれない感情を自分の足元に向ける。

 マーテルさんは続けた。


「依頼の裏取り調査は本来こちらの役目なんだけど、いまは人手が足りなくてね。

 騎士の手を借りたいところだけど、町の騎士は他の案件でみんな出払っちゃっててね。

 だからギルド長として私にできることは自警団にこの件を報告することぐらい」


 そっか。事件の調査は自警団の仕事になるのか。

 しかし、「でも」と言って、マーテルさんは神妙な顔で口元に手を当てる。


「ドーヴァーに自警団はいない。

 ここから自警団がいるヴェストレーへ行くにしても、片道半日はかかる」


 重い空気に包まれるギルド内。

 マーテルさんは受付カウンターの奥にいったん消え、フード付きのロングコートに袖を通しながら出てきた。


「ギルド長! どちらに?」


 今すぐ出て行ってしまいそうなマーテルさんの様子を見て、不安になった女店員が、慌ててマーテルさんを呼び止める。


「……“子供”ってのは無力だからさ。

 大人が頼りにならなかったら、絶望を受け入れるしか(すべ)がないのよ」


 どこか遠くを見つめるようなマーテルさんの寂しげな目を見た瞬間、過ぎた記憶の数々が頭の中を駆け巡った。


──リクト・サシューダが“釘宮凜來”だった頃、中学生時代にいじめを経験した。


 小学校時代から付き合いが長かったいじめっ子による過剰なイジリが発展し、『いじめ』へと形を変えていったのだ。

 だが、悲しき事にクラスの誰一人として凜來の味方になってはくれなかった。

 担任の先生も、幼稚園の頃から一緒だった幼馴染でさえも。

 今まで親しかった友人達と別のクラスになった事が、ここで彼の運命を大きく変えてしまったのである。


 凜來は『引きこもり』という手段を取った。

 それが、結果的にいじめの事実を親や学校側に認知させてしまう事となった。


 それからどういう流れでそうなったのかは覚えていないが、凜來は担任の手から離れ、別の教師が担当する事になった。


雄二郎(ゆうじろう)先生』──


 その名前は一度大人になって、そして、この世界で二度目の人生をスタートさせた今でもはっきりと覚えている。

 雄二郎先生は、生徒に冷たかった担任教師とは違って、優しい大人のヒトだった。


 川遊びをしたり、

 好きな漫画を読み合ったり、

 自宅から凜來がお気に入りのDVDを持ってきて、

 映画を一緒に鑑賞したり……。


 クラスガチャで友達との付き合いが無くなり、仕事や受験などで忙しくなった両親や兄姉(きょうだい)との会話も減ってしまっていた幼き頃の凜來にとって、雄二郎先生は唯一の『友達』と呼べる存在になっていた。

 そんな優しき大人の支えもあって、凜來は無事に中学を卒業する事ができた。


 卒業の日。

 先生との別れの際、顔をくしゃくしゃにして泣いてた雄二郎先生の顔が、いまだに頭から離れない。

 あの時、自分も照れ隠しせず、素直に泣いておけばよかった。


……もしも、あの日、あの時、


 大人が何もしてあげていなかったら、中学生時代の釘宮凜來はどうなっていただろう。

 おそらく人生の暗闇に押し潰され、自暴自棄になり、夕方の報道番組を騒がす犯罪者になっていたかもしれない。

 そして、冒険者ギルドに助けを求めた男児に対し、大人としての立ち振る舞いを見せたマーテルさんを、一人の人間として尊敬したリクトは彼に熱い眼差しを向ける。


「とりあえず、やるべきことはちゃんとやっておかないと!」


「待ってください! ギルド長! あたし、店番なんてした事ないんですよ~!」


 マーテルさんは呼び止める女店員に構うことなく、せっせと出発の支度を始めている。


「でも、こうして待っているうちに、もしも手遅れになったら……」


 ぽつりとこぼしたモモカさんの一言を最後まで聞く間もなく、出入口のスイングドアを開けた。


「リクト様! どちらへ?!」


「あの子のお父さんを探しに行ってきます!

 モモカさんはそこで待っていてください!」


 そう言うなり、モモカさんの返事を待たずに建物の外に飛び出した。

 その先で、何が待ち受けているのかも知らずに──。

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