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02 いま、私にできることを

 冒険者ギルド《三脚天使(トリステル)》に(おもむ)くと、建物の入り口には、すでに長い行列が出来上がっていた。

 リクトは口をあんぐりと開ける。


「嘘でしょ……」

「すごい行列ですね。冒険者の港町と呼ばれるのも納得です」


 リクトは長い行列を指さしてモモカさんに恐る恐る(たず)ねる。


「モモカさん、あれってさ……冒険者登録の受付で待ってる人じゃないよね?」


「そんなまさか。

 ここドーヴァーは『騎士の都』とも呼ばれていて、冒険者や自警団が必要ないくらい大陸でもっとも治安がいい町と呼ばれてるくらいですよ?」


 あーそうだった……。

 だからこそ、他の国と比べて冒険者の免許試験難易度がゆるいこの町を選んだんだよな。

 まあ冷静に考えてみれば、冒険者志望の人がたくさん来ていても何ら不思議じゃないか。


「これは思った以上に時間がかかりそうだな」


 リクトはため息まじりに肩をすくめた。


「そうですね」


 モモカは困った顔で相槌をうつ。


「ん?」


 ふと、視線の端にずらすと黒い神官の衣服を身にまとった少女が一人、うずくまっている姿が目に留まった。

 少女の事が気になったリクトは少女のもとへおもむろに近づき、おそるおそる声をかけた。 


「あ、あのう」

「……はい?」


 青春真っ盛りな十代後半くらいの見た目に反して、とてつもなく暗い声が返ってきた。

……まるで、悪夢世界の住人のような。


「なにか、お(こま)りごとですか?」

「は? 逆に何に見えんの?」


 こ、怖っ!

 神官少女から常時発せられる負のオーラにリクトはたまらず後退(あとずさ)りした。

 そこへモモカさんが駆け寄ってきた。

 なぜかモモカさんの顔は申し訳ない表情を浮かべていた。


「すみませんっ!

 あのう……もしかして、あなたが探してらっしゃるのって、()()じゃないですか……?」


 神官少女はゆっくり振り返り、目を細めてモモカさんのほうをじっと見た。

 モモカさんが差し出した手のひらの上には丸眼鏡が乗っていた。

 よく見ると、片方のレンズだけ割れている。


「あ……」


 シュッと風を切る音がしたかと思うと、モモカさんが差し出した丸眼鏡が消え、いつの間にか神官少女の顔に丸眼鏡が装着されていた。

 そのあまりの手さばきにモモカさんとリクトは言葉を失う。


「ありがとうございます。貴女に神の思し召しがあらんことを」


 そう言い、神官少女は深々と頭を下げた。

 リクトは改めて彼女の全身を上から下まで視線を巡らせる。

 円柱形の黒い修道帽(カミラフカ)を頭にかぶり、

 白襟の黒いロングチュニックに身を包み、

 くるんと外向きに髪の毛先をハネさせたボブヘアーカットの黒髪少女。

 彼女の暗い影が差した表情も相まって、地味な雰囲気を感じさせた。


「っ?!」


 神官少女は丸眼鏡の位置ずれを調整し、モモカさんの顔を見た途端、棒立ちになって動かなくなった。

 その様子を見たモモカさんは、はっとして頭を深々と下げた。


「ご、ごめんなさいっ! 大事な眼鏡に傷をつけてしまって……」


 顔をあげたモモカさんは「すぐに弁償しますので──」と袖に手を入れ、巾着袋を取り出した。

 その直後、神官少女は生気を取り戻したように声をあげた。


「ひえっ! あああ、あの、ぜぜぜぜ全然っ! だい、だだだだ、大丈夫ですっ!! むむむむむしろっ、貴女のようなお美しい女性に踏んでいただきまして、たたたた大変ありがたき、ししし幸せでででででございましゅっ!!」


 街道は、しん──……と静まり返った。

 胸ポケットの中で、ムニャムニャと絶賛熟睡中だったエレウは、コロンと寝返りをうった。

──コホン。神官少女は咳払いしたのち、穏やかな表情にシュッと変わり、清楚な声を発した。


「この(たび)は私の眼鏡を拾っていただきまして、誠に有難う御座います」


 ゆっくりとした動きで神官少女は頭を下げた。


「い、いいえ……それよりも、眼鏡の傷が──」


「この傷はわたくしが生まれる以前からありました。

 代々受け継がれてきた家宝ですので」


「そうだったんですか……それでしたら、やっぱり尚更(なおさら)弁償を──」


「それには!」


 神官少女は突然声を張り上げた。再び周りがしんと静寂に包まれた。

 神官少女は落ち着いた声色に戻り、モモカさんの手を取って、静かに首を横に振る。


「それには……及びません。お気持ちだけで十分で御座います」


 モモカさんの手をそっと離すと「それでは」と一言添えて、神官少女は会釈(えしゃく)し、リクト達に背中を向けた。

 去り際、リクトのほうをちらりと見た。

 目が合ったリクトはぴくりと反応する。


「……チッ」


 舌打ちをうった神官少女は丸眼鏡の奥から憎悪に満ちた眼差しをリクトに向けて送ると、冒険者ギルドの中に入って行った。

 リクトはぼうっとした顔で、ポツリとこぼした。


「変な人……」


 気を取り直して、リクト達は冒険者ギルドの扉を開けた。

 田舎町ということもあって建物の中は、こじんまりとしていた。

 吹き抜けの構造になっており、一階は酒場、二階は宿舎になっている。


「いらっしゃいませ~!」


 元気な声とともに、トレーを抱えた若い女店員がこちらに駆け寄ってきた。

 日焼けした肌。金髪の長い髪。飛び出しそうな胸を際立たせるタンクトップと美尻に目が行ってしまうショートパンツ姿。

 服の上からエプロンはつけているので、一応、店員で間違いなさそうだ。

 露出度高めな女店員にリクトは言葉を失った。


「ご来店ありがとうございます! 本日はどういったご用件ですか?」


 置き物と化したリクトの代わりにモモカが答えた。


「この方の冒険者登録をお願いできますか?」


 すると、女店員の顔から笑みが引っ込み、眉を八の字にして答えた。


「大変申し訳ございません。本日は冒険者の登録希望者が多くてですね。

 しばらくお時間を頂戴する形になってしまいます」


「そうですか……」


 カチンコチンになった石像(リクト)(かたわ)らで、モモカさんは残念そうに言った。

 モモカさんが視線を行列の最前列に移すと、長い行列は冒険者ギルドの受付カウンターから始まっていた。


「列に並んでお待ちになるか、別の日にいらしてください」


 女店員はそう言って申し訳なさそうに頭を下げ、足早に酒場のほうへと戻っていった。

 モモカさんは女店員の背中を目で追いながら、不満げな顔で口を(とが)らせる。

 すると、扉を開けて入店した大柄な男が、肩に強くぶつかってきた。明らかにわざとだ。

 石化が解除されたリクトの身体はそのままバタリと床に倒れ込んだ。


「へぶっ!!」


「ちょっとあなた!」


 モモカさんが、大柄の男をキッと睨んで呼び止める。

 振り返った大柄な男はまったく悪びれる様子もなく、倒れ込んだリクトの姿を上から見下ろした。


「なにしてんだ坊主。床に寝転んでると、誰かに踏まれちまうぜ?」


 大柄の男はヘラヘラと笑って酒場のほうに歩いて行こうとすると、モモカさんが男の行く手を遮った。


「『人にぶつかったら、まずは謝る』子供の頃、大人の人にそう教わりませんでしたか?」


 自分よりも歳下のモモカさんにまるで子供を叱るような台詞を言われてしまった大柄の男は殺気を込めた眼差しをモモカさんに送り、ピクピクと青筋を立てた。


 その直後、突然カウンターの向こうから一人の細身の男が駆け寄ってきた。


「──ちょっと! ここで、もめ事は御免だよっ!」


 細身の男はモモカさんと大柄な男の間に単身割って入り、きりっとした眼差しを二人に向けた。


「どうしてもやりたいんだったら、外でやって──」


 細身の男はリクトの顔を見た途端、目を大きくした。


「あなたは、もしや……“救世主様”っ!」


 冒険者ギルド内はざわめいた。

 二階の吹き抜けから、女神官が怪訝な顔で騒がしくなった一階の様子を見下ろし、ぽつりとこぼした。


「……救世主? あんな子供が?」



 * * *



 仲裁に入った細身の男。

 彼の名はマーテルというらしい。

 ここの冒険者ギルド《三脚天使(トリステル)》を取り仕切るギルド長兼酒場の主人のようだ。


 二階にある会議室へ案内されたリクト達は横並びになって椅子に腰かけた。こういう場所に来ると気がそわそわして落ち着かないな~。

 リクトは部屋に飾られた世界地図に目が留まり、食い入るように見た。


 《アスカナ》の大陸って、全体図で見ると、リング状のカタチしてたんだ。

 へぇ、それは知らなかった……。

 すると、奥の部屋からマーテルさんがトレーを持って出てきた。


「大変お待たせ致しました」


 マーテルさんはトレーからカップが乗った受け皿を二つ手に取り、リクト達の前に置いた。


「どうぞ、遠慮なくお召し上がりください。これは私からのおごりです」


「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます。いただきます!」


 マーテルさんは向かいの席に座ると、生まれ故郷の話を始めた。

 彼の故郷はバイセルンだったらしい。


「妻からバイセルンで何があったのか聞いた時は、言葉を失いました……。

 ですが、うちの娘を助けてくれた人がいたという話を妻から聞いたんです。

 そして、その方がバイセルンを滅びから救ってくれた、と……」


 ああ。あの時、助けた子供の……この話し方だと、あの子供も無事だったっぽい……よかった。


「僕一人の力では……色んな人が頑張ったおかげだと思います。

 正直、僕一人じゃ全然太刀打ちできませんでした」


「だからこそ、です」


「……え」


「私はあの日、バイセルンには仕事でいませんでした。

 何もしてやられることもできなかった……。

 この町に流れて来る者の多くはバイセルンで仕事を失った人達です。

 もともと冒険者という職業は低賃金で保険も効かない仕事なので、賃金が高く保険も完備されている騎士を目指す人が多かったんですが、騎士になるためには長い修行期間が必須。

 なので、バイセルンが復興するまでのあいだ少しだけでもお金を稼ごうと、こうして一から冒険者の仕事を始めようとする年配の方が大勢押しかけてきているのが現状です。

……私はいま私にできることを生き残ったバイセルンの方達にしてあげたい」


 マーテルさんは「そして」と言葉を付け足し、リクトの前に一枚のカードを差し出した。


「──あなた様にも……」


 それは有翼の帽子を被った青年の横顔が描かれたカードだった。

 ゲームの《アスカナ》において、渡り人が愛用するツールとしてお馴染みのキーアイテムでもあった。


「リクト・サシューダ様のギルドカードでございます」


──これが、不知火先輩から頼まれたクエストの一つ、“冒険者登録完了”の瞬間だった。

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