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01 九転十起

 (しお)(かお)りが、(なま)ぬるい風に乗って鼻をつく──

 空を見上げると雲一つない。すこぶる快晴(かいせい)だ。

 ここは石畳沿(いしだたみぞ)いに真っ白な壁の建物が立ち並んだエリア。


 小さな建物の入り口スペースに設置(せっち)された円形(えんけい)のベンチに(ひざ)にヒジをついて座ったリクトは、一人考え込んでいた。

 そこへ、小さな建物の出入口からモモカさんが出てきて、こちらに駆け寄ってくる。

 両手に銀製のスプーンが入ったワイングラスを持った和服の格好(かっこう)

 うん。普通に考えて、この町の景色とはミスマッチな恰好である。

 だがしかし、街を行きかう通行人の視線がモモカさんに(そそ)がれても、本人はとくに気にしていない様子だ。


「はい、どうぞ♪」


「あ、ありがとう」


 リクトは口元にぎこちない笑みを作り、ワイングラスを受け取った。ワイングラスの中には真っ白な氷菓子(こおりがし)が入っていた。

 すると、胸ポケットから、ぴょこんっとエレウの顔が出てきた。

 好奇(こうき)な眼差しで、まじまじと見つめるエレウの熱い視線を横目(よこめ)に、スプーンですくい取った氷菓子をパクッと食べる。

 口に広がった味にリクトは思わず大きな声を出した。


「ん! おいしいっ!」


 モモカさんは「でしょう」と嬉しげに言う。


「ジェリームはティムール王国でもとくに有名な氷菓子なんですよ。

 粘りがあって伸びるのが特徴で、あっさりながら生乳のコクをしっかり感じる味わいは国をまたいで人気があるんです!

 味はホワイト、ブラック、ミックスも揃っていて、さらにジャイアントサイズもあるんですよ。沢山味わいたい方にもおすすめですね♪」


「へぇ」


……なんだかトルコ風アイスっぽいな。

 ふと、()()()()()()()()()()()()

 視線の源に顔を向けると、エレウの熱い視線がジェリームに注がれていた。


「食べたい?」


 こく、と力強く頷くエレウ。

 エレウはジェリームから一切目を離さなかった。

 リクトはその様子を見て取り、くすっと笑う。

 スプーンでジェリームを()って混ぜたのち、びよーんっと伸ばしながら、すくい取ったジェリームをエレウの口元近くに差し出してみる。


「っ!」


 エレウは丸い目をぱちくりと(ひら)き、すぐさまパクッとかじりついた。

 びよーん、と(もち)のように伸びる光景が大層(たいそう)()()したようで、エレウはリクトからスプーンを奪い取ると、どこまで伸びるのか挑戦をし始めた。

 その様子を見たモモカさんがふふっと笑う。


「新しいスプーンもらってきますね」

「あっ、ごめんね。ありがとう」




──ここは、バイセルンから3キロほど離れた海沿()いにある町“ドーヴァーコースト”。

 リクト達は“ある目的”のためにこの町を訪れていた。

 どうして、三人がドーヴァーコーストを訪れたのかと言うと、置き手紙を残して消えた不知火(しらぬい)から、ある提案(ていあん)を受けたからだ。


……手紙には、以下のような文面が(つづ)られていた。


『せっかく再会できたのに、すぐに去ってしまってすまない。

 ちょいと別件が立て込んでいてね。

 別件(べっけん)が片付き次第、連絡用のハトを送るよ。

 ()もる話は会ってからおいおい話すとして……。

 とりあえず、少年はまだこの世界に来たばかりなんだから、気晴(きば)らしに観光でもしてきなよ。

 あと、冒険者ギルド登録を済ませて、ついでに冒険レベルを30まで上げておいてくれ。

 じゃあーよろぴぃ☆』


 手紙を読み返したリクトは、(あき)れて大きなため息をこぼした。

 円形ベンチの中心にそびえたつ白い時計塔をモモカさんは見上げ、手を(ひたい)にかざして日差(ひざ)しを(さえぎ)り、(まゆ)(はち)の字にして言う。


「冒険者登録の受付はまだ始まってないみたいですね。

 ここでしばらく時間を(つぶ)しましょうか」


 モモカさんはそう口にすると、リクトの隣に(こし)()ろし、スプーンですくい取ったジェリームを口に運んだ。


「でもほんと、勝手だよなぁ……あの人は……」


 ボソッとつぶやくと、モモカさんは首を(かし)げた。


「不知火様、のことですか?」


「え? あっ……う、うん」


 しまった……独身生活が長かったせいで、つい心の声が……。


「不思議な方でしたね。自分の世界を持ってるといいますか」


「うん。確かにそう。すんごいマイペース。

 時々ついていけないくらい。……いや、それがほとんどかな」


 エレウは(はら)を充分に満たしたせいか、それともリクトの膝の上が心地好くてなのか、すーすーと寝息(ねいき)を立てて寝てしまっていた。


「不知火様とは、すごく(した)しげにお見受けしましたけど、お二人はどういったご関係なんですか?」


「……え?」


 唐突(とうとつ)な質問にリクトは目を丸くして、モモカさんの顔を見たまま思わず(かた)まってしまった。

 数秒遅れて、モモカさんは顔を赤くする。


「あっ! い、いいえ。

 別にそういうつもりで聞いたわけではないです。忘れてください!」


 モモカさんは誤魔化(ごまか)すようにして、勢いよくジェリームを食べ続けた。


『そういうつもり』って、どういうつもりだったんだろう……。

 リクトは少し気になりながらも、モモカさんの質問に答えた。


「不知火先輩は姉の友人です。

 べつにそれ以上の関係じゃないですよ」


「……そ、そうでしたか。うんうん。ですよね!」


 今度は喜んでる……。


「でも、今回の件もきっと、あの人なりに気を使ってくれたんだろうとは思う」


「……色々ありましたからね」


「うん、ありすぎた……」


 バイセルンの出来事を思い出し、リクトはため息まじりにジェリームを一口食べた。


「でも……こんな風に、のんきに食べてていいのかなって思う」


「バイセルンでのこと、ですか……?」


 リクトは静かに頷いた。


「あのギレオンってやつが怒り狂った原因は自分にある。

 自己判断で《ワイヴァン》を勝手に倒したから。

……それにあの時、自分がもっとちゃんとうまく動いていたら、被害をもっと最小限に……。

 いいや、被害事態を防げてたかもしれない」


 すると、モモカさんは腰を上げ、空を見上げて言う。


「……すべてを完璧にこなせる人なんて、この世にいませんよ」


 モモカさんはこちらを振り返り、胸に手を当てる。


「私だって、特殊精霊魔法の資格試験に合格して、見事免許を取れましたけど、いつも失敗してばっかりですよ?」


「……そ、そうなんですか?」


「はい。10回中、9回は必ず失敗します」


……ダメじゃん、それ。

 資格を持たせたら絶対ダメな人じゃん……。

 すると、モモカさんは再びリクトに背を向けて、「だから」と続けた。


「そんな私が資格を取れたのは、奇跡なんです」


 ほんの少しの間を置いて、モモカさんは少しうつむき加減で、ぽつりとこぼした。


「……でも私、思うんです。

 “頑張ったから”、なんじゃないかなって……」


「頑張った……から?」


 モモカさんはコクリと頷く。


「できないことでも、頑張れば、奇跡を起こす事だってできる。

 まぁ、当たり前のことですけど……」


 彼女が何を言おうとしてるのか、リクトにはさっぱり分からなかった。

 だけど、ここは静かに彼女の話に耳を傾けよう。

……すると、モモカさんは勢いよく振り返り、声を張って言った。


「リクト様が頑張ったから、あの町を取り戻すことができたんです!

 それに……もし、頑張ってなかったら、誰も助かっていなかったですし、この世の終わりでした。

 いいえ! もしかしたら、更にもっと悲惨な結末になってたかも!」


「う、うん」


「……ですから、そのう……。

 えーっと……何を言いたいかと言いますと……」


 だんだんと話の着地点が見えなくなってきたようで、モモカさんは口をモゴモゴとする。

 リクトは少し不安げになりながらも、モモカさんの言葉を待った。

……途端、モモカさんは晴れやかな表情へと変わり、人差し指を立てて、ずばり言う。


「あの町に、“奇跡”は起きたんですよっ!」


 屈託(くったく)のない笑みを浮かべて、モモカさんはそう言いきった。

 スプーンに乗った大きめのジェリームを口に運んだモモカさんは勢いよく食べたせいで、鼻先にジェリームをつけてしまった事に気づく様子もなく、パクパクと食べ続ける。

 モモカさんは再びリクトの隣にストンと腰を下ろすと、少し照れたような仕草(しぐさ)を見せて言った。


「ジェリーム、溶けちゃいますよ」


 モモカさんにそう言われ、リクトは止まっていた手を動かし、黙々とジェリームを口に運んだ。


 七転八起(しちてんはっき)──いや、この場合“九転十起(きゅうてんじゅっき)”か……。


 たとえ、九回つまずいたっていい。

 “十回目”もまた立ち上がればいいのだから。

 それだけのことなんだ。

 モモカさんからすると、その話にそこまで深い意図(いと)は無かったのかもしれない。

 けれど……──


 その日食べた『ジェリーム』と呼ばれたアイスは、今まで食べたどのアイスとも違って、不思議と胸に()みた。

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