26 夜明けのふたり
《アスカナ》には一度の戦闘で得る経験値とは別にスキルポイントなるものを獲得できる。
スキルポイントは戦闘に使用したスキルに自動で入るポイントのことで、スキル強化に当てるものだ。
スキルレベルの上限を解放すると、ボーナスとしてシークレットスキルを習得する。
いわゆる“隠しスキル”だ。
リクトはすでにシークレットスキル自体は習得しているものの、使う気はさらさら無かった。
……いや、正しく言えば『使いたくなかった』
なぜなら、習得したスキルの性能があまりにもカッコ悪いものだったからである。
シークレットスキル《死中に活あり(魔攻)》──状態異常が重なるほど自身の魔法攻撃力が跳ね上がり、最大6倍のダメージを敵に与える。
ズダンッ!!
空に重い銃声が轟いた。
頭部に直撃を喰らったアヴィスは物凄い勢いで地面に叩きつけられた。
その反動によって、リクトの身体はアヴィスから離れ、アヴィスとは反対の方向に吹き飛ばされた。
地面を削り、ようやく動きを止めたアヴィス。
その一方で地面に倒れこんだリクトのもとにエレウが飛んでくる。
エレウは不安そうにリクトの顔を覗き込んだ。
リクトは咳込みつつ、半身を起こす。
その様子を見たエレウは顔を明るくさせ、すりすりとリクトに頬ずりしてきた。
リクトはエレウの頬が涙でぐっしょりと濡れている事に気が付くと、人差し指と中指の二本を立ててエレウの小さな頭を撫でた。
リクトがよろめきながら立ち上がり、アヴィスのそばへ歩み寄ると、アヴィスは頭から血を流し続けながらもニタリと笑みを浮かべている。
「フッ……召喚獣を呼び出す事でしか、役に立たないガラクタ使いかと思っていたが……。
これは、これは、油断したよ」
「まだ続ける気なのか?」
アヴィスは静かに目を閉じ、ゆっくりと首を横に振る。
「もう指一つ、動かす事ができん……。
“奈落ノ竜”を呼んだ“代償”が予想を上回っていたようだ」
そう言い、アヴィスはリクトに告げた。
「……余の“負け”だ」
アヴィスが言い放った一言にリクトはようやく緊張の糸が取れ、バタリと後ろに倒れた。
途端、地面からふわりと土煙が舞う。
中空ではエレウが旋回し、不安げな表情でこちらを静かにじっと見つめている。
アヴィスは倒れ込んだまま「しかし」と話を続けた。
「だとするなら気になるな。
……なぜ“あの時”は、それを使わなかったのだ?」
リクトはごくりと生唾をのんだ。
「アヴィス……お前には、色々と聞きたいことがある。
一応勝ったんだから質問する権利くらいこっちにはあるだろ?」
しかし、アヴィスの返事は“沈黙”だった。
リクトは、なおも続ける。
「ここは一体どこなんだ?
ゲームの中……なのか?
お前やここにいる人たちはみんなNPCで、自分みたいなプレイヤーはバグとかで、ゲームの中に閉じ込められてしまったってことでいいのか?
だとしたら、なんで……」
リクトの瞳に映った明け方の空は、ほんの少しだけ歪んで見えた。
「なんで……心の底から“生きてる”って思えるんだよ」
相変わらず、リクトの問いかけにアヴィスは答えなかった。
それでもリクトは食い下がり、アヴィスに顔を向けて再度訊ねる。
「なぁ、答えてくれ。この世界は本当に……──」
直後、アヴィスの体から青白い光の粒子がポツポツと浮き出た。
光の粒子はアヴィスの全身を包みんだ途端、砂風にまかれて空へと舞い上がっていく。
アヴィスは血だまりを残して消えてしまった。
散り散りになったアヴィスの体の一部をリクトは目で追いかけた。
「カッコよく消えないでよ……ずるい……」
* * *
目を覚ますと、リクトはベッドの上にいた。
胸に少し重みを感じ、リクトが掛け布団をめくると、胸の上にはスヤスヤと眠るエレウの姿があった。
その姿を見やり思わずくすりと笑う。
エレウの頭一つ分のところまで掛け布団を少し下げると、人の気配がした。
掛け布団の上に視線を移すと、そこには顔を布団の上にのせてすーすーと寝息をたてて眠るモモカさんが見えた。
そういや騎士団に捕まってからモモカさんとこうして会うのは久しぶりだ。
モモカさんと会わなくなってからまだ二日も経ってないのに何年ぶりかに再会したような……とても長い時間が経った気がする。
ふと、手にぬくもりを感じ、自分の手に視線を移すや否や思わず二度見した。
掛け布団からはみ出たリクトの手にはモモカさんの手がそっと添えられていた。
「──っ!!」
驚いた拍子に思わず手をぎゅっと強く握る。
直後、モモカさんは目をこすりながらベッドから顔をそっと離し、小さなあくびをしてリクトと目が合った。
「あ、あの……おはよう……ございま──」
挨拶を言い終える間もなく、モモカさんが瞳を濡らした次の瞬間、リクトは温かな温もりに包まれた。
すると、エレウも目を覚まし、羽を広げて掛け布団から飛び出すと、リクトを目にした途端、満面の笑みを浮かべ、リクトの顔めがけて飛びついてきた。
「ちょっと! 痛いって」
「もう会えないんじゃないかと思ってました……。
もう二度と……目を覚まさないのではないかと……。
よかった……本当に……よかった」
「あ……い……う……え……お……」
顔は平静を保っていたが、リクトの心臓は激しく叩いたドラムのようにうるさく鳴る。
モモカさんに胸の音が聞こえてしまうんじゃないかとリクトは内心ヒヤヒヤしながらも、スゥーッと息を深く吸い込んで、抜けかけた魂をなんとか肉体に戻した。
もう大丈夫だよ、リクトはそう言い、モモカさんの肩に手をそっと置いた。
モモカさんが抱擁を解くと、リクトは頭を下げた。
「心配かけて、ほんっとにすみません!」
リクトは、すっと顔をあげ、今度は笑顔で敬礼する。
「リクト・サシューダ! ただいま無事に戻りました!」
モモカさんは一瞬目をぱちくりとしたが、すぐに柔らかな笑みを見せた。
互いに生還を喜び合うなか、モモカさんは遅れてリクトの手を握っていることに気が付くと、顔を真っ赤にさせた。
「ひっ! す、すみませんっ!
これは手違い、といいますか、つい掴んじゃったといいますか……。
もう、私ったら何を言って……」
途端、扉をバンと開け放ち、黒ずくめの淑女が部屋に入ってきた。
「おっはよー! ヒーローくん。
早速ハーレム見せつけちゃって~。
やるねぇ♪ 妬いちゃうよ」
「あ、あのう……どちら様で?」
首を傾げると、エレウも一緒に首を傾げた。
「おやおや残念だねぇ。もう忘れちゃったのかい?
先輩の“アバター”を──」
黒ずくめの女性は目深に被った黒帽子のツバを人差し指で、くいっと持ち上げた。
彼女の顔を目にした途端、リクトの口から出た声は震えていた。
「……不知火……先輩!」
それは唐突の“再会”だった。
そしてこの時、リクトはまだ知らなかった。
闇の中で、新たな物語が静かに動き始めていたことを──……。




