24 邪神対死神
「グッッ! ウァァァ……」
ついに最後の一体となった《サイクロプス》が、ドスンッと倒れた瞬間、土埃が一気に舞い上がる。
横たわった《サイクロプス》の全身にはいくつもの矢や槍が突き刺さっていた。
静まり返る広場。
そこへバイセルン守備隊の指揮官グレコニフが《サイクロプス》のそばに歩み寄り、巨人の息が切れた事を確認する。
「我々を脅かした一つ目の悪魔はもういない……我らの勝利だ!」
「「「オオオオッ!!」」」
兵士達の歓声が沸くなか、グレコニフと砲術長ドゥエルフは肩を叩き合い、勝利の喜びを分かち合った。
「さっきは『勝利とは言えない』と、言ってなかったか?」
皮肉を言うドゥエルフ。
「恐怖が去ったと言葉にしてやらねば、彼らの緊張は解けんよ」
そう言って、グレコニフは目を細め、町を見渡しながらドゥエルフに言った。
「いいか……忘れてはならん。我らは“戦場”にいるのではない。
“故郷”に立っておるのだということをな」
ふいに真上から光が差したのを感じて、二人は空を見上げた。
途端、地面に落ちた光はバイセルン守備隊を巻き込み、ドン!と爆発した。
空に黒煙が舞い上がった直後、更に巨大な煙がドーム状に膨れ上がり、周囲に拡散した。
一拍の間遅れ、猛烈な爆風とともに耳をつんざくような爆発音が一帯に鳴り響く。
……たった一度の爆発によって、町の一部は焦土と化した。
空中を浮遊するギレオンは虚ろな眼差しで、バイセルンの町を空から一望し、しわがれた声で言う。
「神への忠誠と信仰心を捨ててしまったこの町にもう用は無い……塵となるがよい」
ギレオンがつぶやくと同時に雲の隙間を割いて放たれた光は、雨のように降り注ぎ、町中で次々と爆発を起こした。
黎明騎士団本部も例外ではなく、光芒の一つが城の近くにいたヴェルカンとモモカの頭上に降ってくる。
二人は光に反応し、空を見上げた。
光を目にしたモモカは、ぽつりとこぼした。
「綺麗……」
光に見惚れていたモモカの傍らで、成す術を失ったヴェルカンは、悔しげに舌打ちをうつ。
二人が光に包まれると、城は一瞬にして爆発した。
ギレオンは表情を変える事なく、煙に覆われた町を空中から眺める。
……すると、どこからともなく拍手が鳴り響いた。
「ほう。神の機嫌を損ねただけで、町を滅ぼすとは。
さすが、バイセルンの神様は冷淡だ」
ギレオンは後ろを振り返り、声の主を探して、顔を上に向けた。
そこには、つい先ほど地面に落ちて死んだはずのアヴィスが、ゆらりと宙に浮かび、ギレオンをじっと見据えていた。
薄く笑みを浮かべたアヴィスの胸部には、ぽっかりと開いた大きな穴が一つ。
穴の向こう側には後ろの空がくっきりと見えた。
「確かに殺したはずだが……なぜ生きている?」
「おや、これのことか? 余をそのような低俗な種と一緒にされては困るな」
「神の御業を“低俗”とほざくか。
そう言う貴様は一体何だというのだ?」
アヴィスはフフフと笑う。
「知りたいかな?
ならば騎士の礼儀として名乗るとしよう。
余の名は──」
「──いや、いらぬ」
ギレオンが言うが早いか、天から勢いよく降ってきた大型の《ギガント・ワイヴァン》が、アヴィスを喰らい、かっさらった。
《ギガント・ワイヴァン》のむき出しになった歯からは血潮が飛び散り、バキバキッ! と骨を噛み砕く音が空に響き渡る。
ギレオンは虚ろな目で言った。
「……貴様には興味がない」
* * *
「……ん」
モモカが、うっすらと目を開けると、空に土煙をあげるバイセルンの町が見えた。
辺りを見回すと、すぐ隣にはヴェルカンが、しかめた顔で眠っていた。
夢にうなされているようだ。
モモカの周囲には岩壁にもたれて休む兵士や騎士、バイセルンの住人達の姿が見えた。
ヴェルカンと同じく夢の中をさまよう者もいれば、バイセルンの崩壊した町を悲しげに見つめる者もいた。
「……目を覚ましたかい?」
ふと女性の声がして、モモカは声の主を探した。
すると、全身黒ずくめの女性がモモカのもとに近づいてくる。
ツバ広めの黒帽子を被った黒ずくめの女性は、柴色の瞳をモモカに向けてしゃがみこむと、首を傾げてモモカに質問した。
「気分はどう? 吐き気とかするかい?」
「い、いいえ。少しだけ、頭が痛いくらい……です」
「うんうん、なら良しっ!」
そう言って、黒ずくめの女性はニンマリと笑って立ち上がり、モモカに背を向けて立ち去りかけたが、「あ、あの!」と声をあげ、モモカは彼女を引き止めた。
黒ずくめの女性は「なに?」と言って、くるりと振り返る。
モモカは黒ずくめの女性に視線を向けて心配そうにたずねた。
「彼は……大丈夫なんですか?」
黒ずくめの女性は「フム」と考え込んだ顔で、腰に手を置き、唇を開いた。
「ン~。少し強引な方法で町の住民を一気にここへ転移させちゃったからねぇ。
体に負担がかかったのは間違いない。
あっちで吐いてる人もいたしね」
黒ずくめの女性は申し訳なさそうな顔で言うと、一拍の間を置いて、開き直ったような顔に変わり、言葉を付け足した。
「でもまあ、死ぬことはないレベルだから、安心してくれ」
「あなたは……何者なんですか?」
すると、黒ずくめの女性はニンマリと笑い、人差し指を唇に当てて告げた。
「……何者でもない。
ただの通りすがりの鴉さ」




