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23 狂宴

 薄明るい色に染まった空、

 バイセルンの長い夜がようやく明け始めた頃──


「目標前方の一つ目ェーっ! 放てぇっ!!」


 バイセルン守備隊の砲術長ドゥエルフの号令を合図に、据え置き式の大型弩砲バレステータから次々と大型の槍が射出された。

 放たれた槍はまっすぐに飛び、守備隊の前方の道を塞いで立っている《サイクロプス》の巨大な背中に次々と命中した。


 突然の背後からの攻撃に対し、《サイクロプス》は槍が刺さった直後は反応を示さなかったが、一拍の間を置いて顔を歪め、低いうめき声をあげた。

 《サイクロプス》に放った槍には、“毒の王”の異名をもつ蛇系モンスター《邪眼蛇(バジリスク)》の体液から採取された猛毒が塗られてあったのだ。


「グオオオオ……!」


 《サイクロプス》は頭を抱えて苦しみもがき、近くにあった岩壁に自らの頭部を何度も激しく叩きつけた。

 その後、白目をむいて口から大量の泡を吹き出し、前のめりに()()すようにして、ズシンと倒れた。


「「「「オオオオオッ!」」」」


 バイセルンの町を地獄に変えた憎き怪物を、見事に倒したバイセルン守備隊の兵士達は、一斉に勝利の雄たけびをあげる。

 守備隊の指揮官グレコニフは次なる指令を出し、次の目標地点へと移動する兵士達を横目に言う。


「我々の“勝利”、とは言えんか」


「それにしても妙ですね……」


 (かたわ)らに立ったドゥエルフは頷いた。


「ああ。やはり“アレ”、か──」


 二人は空を見上げる。

 彼らの視線の先には、空から降下する大鎌に座った血が通っていない白肌の人外女──アヴィスの姿があった。

「ヤツが空から現れた途端、一つ目の動きが止まった。

 まるで未知の存在と初めて遭遇したかのような反応だ」

「ヒトの姿を取ってますが、油断はできませんね」

「ああ。できれば我々の“味方”であってほしいところだが、そう上手くいかんのが、世の常だからな……警戒を怠るなよ」

「はっ!」


 地上では、多くの者達が様々な反応をする中、アヴィスは上空から町を見下ろし、薄く笑う。


「久方振りに“こちら”へ来れたのだ。楽しませてもらおうじゃないか」



 * * *



 無意識の領域から這い出た意識がポトリと落ち、リクトは重たい目蓋(まぶた)をこじ開けた。

 眼前には粉々になった岩々が目に映った。

 しかし、箱庭を上から見下ろしたような視点で、リクトは不思議に思った。


……そして、ようやくリクトは気がつく。


 自分の身体がバイセルンの町の上空で、()()()()()()()()()()()()ことを。


「うわぁぁああああああ!」


 バイセルンの空にリクトの絶叫がこだました。

 リクトの声にいち早く反応したのは、地上にいたモモカだった。


「リクト様!?」


 モモカの声に合わせて、エレウもリクトの姿をとらえると、わき目もふらずにリクトのもとへ飛んで行った。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ーっ!!」


 アヴィスの耳元にリクトの情けない叫び声が届く。

 いや、正しくはリクトの叫び声をようやく認識した、という表現が正しい。


「あ゛ーっ怖い! 怖い! 怖い怖い怖い怖い怖い怖い! こわああああああーいっ!」


 高所恐怖症を発動したリクトの叫び声に対し、アヴィスは嫌悪感に満ちた冷たい眼差しをリクトに向けた。

 その時、アヴィスめがけて巨大な矢のようなものが、どこからともなく放たれた。


「フン」


 しかし、アヴィスは表情を変えることなく、大鎌の向きをカクンと変えただけで、巨大な矢を即座にかわした。

 その動作によって、大鎌に吊るされた状態だったリクトの身体は、まるで回転ブランコのように激しく振り回され、リクトの泣き叫ぶ声が空中で鳴り響く。


 バイセルンの町に巨大な矢が落下し、地面に衝突したその瞬間、凄まじい衝撃音とともに、いくつもの土煙が上がった空にまた新たな土煙が空に立ち昇った。

……巨大な矢に見えた“それ”の正体は、《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》が投げ飛ばした塔の一部であった。


 《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》はすぐさま別の塔を破壊して片手で持ち上げ、次なる射撃の姿勢を取った。

 ところが、アヴィスはその場からフッと姿を消した。


「ッグ……?」


 《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》はぎょろりと一つ目を動かし、アヴィスを探した。


「落ち着け。“同志”よ」


 気がつくと、アヴィスは《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》の背後を取り、悠然と宙に浮いていた。


「グググググググゥゥ!!」


 《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》は歯を食いしばり、全身を震わせ、赤い肌は血管が浮き出るほどの激昂(げきこう)した様子だ。

 アヴィスは自身の行為が巨人の怒りを買ってる事に全く気づいていない素振りで、淡々と語り始めた。


「同志よ。()貴殿(きでん)が殺しあう必要は無い。

 お互い目的は一つのはずだ」


 次の瞬間、アヴィスの背後から二体の《サイクロプス》が岩を踏み台にして飛びかかった。

 その時、更に上空からリクトの叫び声が降って来た。


「……ぁぁぁぁああああああああ!! しぬぅぅぅうううう!!」


 大鎌のストラップと化したリクトの身体とともに物凄い勢いで大鎌は急降下し、サークル状に回転を繰り返しながら、二体の《サイクロプス》を真っ二つに切り裂いた。

 空中で切り裂かれた二体の巨体から、大量の血液が豪快に飛び散る。

 アヴィスは後ろを振り向き、感情の無い表情でぽつりとこぼした。


「しまった。つい殺してしまった」


「ヌゥウウッ! ガァアアアアア!!」


 仲間の死により、ついに怒りが頂点に達した《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》が雄たけびをあげる。

 赤い巨人は背後をグルンと振り返り、アヴィスに巨大な拳を振るった。

 だがしかし、渾身の一発であったはずの巨人の拳をアヴィスはたったの“指一本”でたやすく受け止めた。


「ングッ?!」


 数分前まで圧倒的強者の位置にいたはずの《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》が、ここへ来て初めて顔を(ゆが)めた。

……“驚き”と“不安”。

 そして、アヴィスに対する得体のしれない“恐怖”。

 そのどれもが、《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》にとって、初めての“感情”だった。


「そうせっつくな。同志よ。

 同胞を(あや)めた件については()びよう。

 つい手が……いや、鎌が(すべ)ってしまった」


 アヴィスは「すまない、すまない」と軽い口ぶりで《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》の拳をトントンと軽く叩く。

 すると、アヴィスは後方へと華麗に宙返りし、大鎌の(つか)にブーツをカツンと乗せて器用に大鎌の柄の上に降り立った。


「ググググ……!」


 アヴィスの予測ができない動きに翻弄(ほんろう)された《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》が巨大な手を引っ込めた。

 不敵な笑みを浮かべたアヴィスが、大鎌に吊るされたリクトに視線を移す。


「コレは()の“獲物”。手出しは無用だ。

 その代わり、他の奴らは好きに殺して構わん。

 ()も手を出さないと誓おう。

 それでよいか? お互い問題は無いはず──」


 アヴィスの言葉を待たずして《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》は、傍らの手で握っていた塔をアヴィスめがけて槍のように突き出した。


「ハァ、まったく……」


 やれやれとアヴィスは面倒くさそうに大鎌から飛びあがり、《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》の突きをかわす。


「ングッ?!」


 回転してきた大鎌を両手で掴み取ったアヴィスは一気に急降下し、《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》とすれ違いざまに大鎌を振るった。

 大鎌のストラップこと、リクトは顔を真っ青になり、またしても意識を失った。

 リクトの身体は大鎌に身を任せて大きく揺れ、シュポンッ!──と()()けた音とともに《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》の生首と大量の血飛沫(ちしぶき)が空中に舞う。


「──雑魚とは話にならんか」


 “胴体”のみとなった《紅き双角巨人レッド・ダブルホーン・サイクロプス》は(ひざ)をついて、ゆっくりと前のめりにドタリと倒れた。

 アヴィスは氷のような視線で、空中からその光景を見下ろす。

 瞬間──天から一本の光の(すじ)が走り、アヴィスの身体を(またた)()(つらぬ)いた。


「ぐっ!」


 予期せぬ攻撃を受けたアヴィスは口から血をごぽりと吐き、宙に浮かんだ大鎌を置き去りにして滑り落ちるように落下し、地面に衝突した。

 たちまち上空に怪しい雲が集まり、人の形を成すとぼろぼろの黒いローブを身に纏った老人の姿へと変わる。


「何者かは知らんが、威勢のよさは褒めてやる。

 だが、所詮はそれだけの事──」

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