01 深淵ノ死神
滴る水の音が薄暗い闇に反響するなか、少年は闇を裂いて目を開く。
眼前には見覚えのある石造りの巨大な門が少年を待ち構えていた。
少年が一歩踏みだした途端、目の前にそびえ立つ巨大な門が、重々しく音を軋ませてひとりでに開く。
厳めしい石の門を抜けると、広々とした空間に出た。
眼下には凍った水面が広がっている。
天井は一部が崩れ、外から差し込んだ光によって、神秘的な空間ができあがっていた。
「《ソロモンの大いなる鍵》、出でよ──」
右手の指を伸ばし、とあるアイテムの名を口にする。
途端、少年の右掌にたちまち黒い粒子の塊が集まり、一丁の古式銃があらわれた。
彫刻木製のグリップ、
金属製の黒いボディーに鎌首をもたげた黒蛇を模した撃鉄。
銃尾には鷲の頭が付いている。
中世の海賊が使っていた古式銃をモチーフにしてるだけあって、随所にあしらわれた彫刻のデザインが厨二心をくすぐらせた。
『ソロモン』だのと御大層な名は付けられているが、あまりに長ったらしいので『魔導拳銃』と呼ばれる事がほとんどだ。
「来い。《ルキアナ》!」
少年が引き金を引いた瞬間、黒蛇の形をした撃鉄が勢いよく前に倒れた。
途端、頭を垂らした黒蛇の口先部分と足元に向けた銃口から青白い火花がほぼ同時に炸裂する。
ズドンッ!──
瞬間、銃声が辺りにこだました。
少年の足元に出来上がった弾痕からたちまち黒き炎のエフェクトが燃え盛った。
やがて、炎の中から白衣を身に纏った一人の女が現れた。
まるで王に跪く騎士のような姿勢から白衣の女がゆらりと立ち上がると、女の長い髪は燃えるように赤くうねり、炎のエフェクトが瞬く間に女の足元へと吸い込まれていった。
「ゾクゾクするねぇ」
女はそう言い、野獣のように目を爛々と光らせ、舌なめずりした。
三本爪のひっかき跡を模した民族メイクと顔の真ん中に通したフェイスチェーンからして、人を治療する気などさらさらない。
矛盾の権化と言わんばかりの風体をしている彼女は少年に忠誠を誓う召喚獣だ。
もともとは大魔術師ソロモンが使役した72柱の魔神の内の1柱であるが、現在ソロモンは絶賛失踪中。
世の混乱を納めるため、大魔術師ソロモンの弟子が急遽師匠の使命を引き継いで、一時的処置というカタチだが、一部の魔神たちを使役している──というのが、この世界で《召魔銃士》という変わった職業を選んだ少年に与えられた“設定”だ。
「1、2、3、4、5……」
少年が歩数を数えながら慎重に足を進めていくと、いつものように「6」のところで足元の凍った水面に大鎌が勢いよく突き刺さった。
──来るっ!
瞬く間に黒い障壁によって出口が塞がれた。
壮大な曲調に合わせ、漆黒色に染められた鎧のドレスを身に纏いし人外の女が天井の穴から降臨する。
紫色の御下げ髪の頭、
黒光りした二対の角を生やし、肌は死体のように真っ白い。
わずかに開いた人外女の唇から吐き出された息が、洞窟内を侵食するように深く響き渡る。
「──スゥ──、……ハァ ──」
凍った水面に突き立った大鎌の柄に人外女がそっと降り立つ。
その瞬間、人外女の髪の部分で一点のみ白く染まった前髪がふわりと軽く揺れた。
閉じられた目蓋がゆっくりと開いた瞬間、左右非対称の瞳が煌々と妖しく輝いた。
右の瞳は金色に光り輝き、それに対して左の瞳は深海を写し取ったかのように蒼く、どこまでも昏い。
彼女の名は《深淵の死神》──
『この世に終焉をもたらす《黙示録の四魔騎士》の一柱』という設定であり、氷影の洞窟の最奥に棲む領域支配者だ。
こいつに何度KILLされたことか──
悪戯な笑みを浮かべた死神の女はぞくりとするほどの冷たい声で、いつものように“あの台詞”を口にした。
「──ようこそ。殺戮の宴へ」
【補足情報】
《アスカナ》ではプレイヤーが選んだ職業によって主人公キャラの設定やスタート地点が変わります。主人公キャラの設定はさらに掘り下げることも可能で主人公キャラの生い立ちや旅立ちの理由など、細かい設定があらかじめ複数用意されており、選んだ設定によってストーリーも変わり、一度選べば変更不可なのでリセマラする者も数多くいました。