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16 轟音

 一触即発の空気であったリクトとヴェルカン。

 そこへ金属のこすれる足音とともに廊下の奥から松明(たいまつ)を手にした一人の兵士が現れた。


「ヴェルカン団長! ここにおられましたか!」


 ヴェルカンの姿を見つけた兵士はすぐさま彼のもとに駆け寄った。


「お怪我はありませんか?」


「俺のことはいい。状況をさっさと報告しろ」


「はっ! つい先ほどギレオン様が降臨(こうりん)なされました」


「……なんだと?!」


 ヴェルカンの口から焦りに満ちた声が響き渡った。

 状況はリクトが思った以上に深刻のようだ。


「ただいま謁見(えっけん)()にて、王がギレオン様と会談を始めたところです」


「ちっ、こんな時に」


“ギレオン”──言葉の響きからして、ラスボスのような印象を与える。

 確か、セオドアって男の人が口にしてなかったっけ?

 たしか強大な力をもった神を名乗る怪物みたいな話だったけれど、そんな奴がやって来て大丈夫か?

……嫌な予感しかしない。




 それからどうなったかと言うと、メアを失ったリクトは、(なか)ば強制的にギレオンと王様がいるという謁見の間へ向かう流れとなった。

 リクトの脱獄行為を(とが)めていられるような状況ではないし、かと言って、このまま囚人を放置するのも懸念(けねん)材料だからという判断からだろう。


 暗がりの通路を抜け、大広間の階段を登り、大きな扉の前に到着する。

 ヴェルカンが先陣(せんじん)を切って、鉄製の扉を開けた。


「……っ!」


 部屋に入った瞬間、リクトは思わず唾をごくりとのんだ。

 空気が全然違ったからだ。

 謁見の間はざらりとした冷たい空気に満ち溢れていた。

 部屋の入口付近は武装した兵士達の背中で埋め尽くされ、部屋の奥がどうなっているかも分からなかった。


 ヴェルカンに気がついた数名の兵士が、すぐさま道を()けていく。

 ようやく部屋の奥まで見えるようになると、だだっ広い部屋の中央に(たたず)んだ老人の背中がちらりと見えた。


 老人と相対して玉座の前に立っている荘厳(そうごん)な顔つきの男が、恐らくこの国の王。

 長い赤いマントを羽織り、その下に王家の紋章らしき刺繍(ししゅう)(ほどこ)されたベストを身に着けており、頭に(かぶ)った(きらび)びやかな(かんむり)が一国を背負いし男の覚悟を物語っている。


 それに対して王と話している老人の格好は真逆だ。

 ぼろぼろの黒いローブ姿、

 背中に()らした白い髪は床にまで達するほど長く伸びている。

 第一印象は“邪悪な僧侶”という表現が(もっと)もふさわしいように思えた。


 ヴェルカンは兵士達の(あいだ)をすり抜け、老人のもとへ静かに歩み寄る。

 王様はヴェルカンの存在に気がつくと、手をそっと前に出し、そのままでいるようにとヴェルカンに目配せを送る。

 ヴェルカンが指示に従って、老人の背後で足を止めたその時、しわがれた老人の声が部屋に響いた。


「突然の訪問をしてしまったようで、すまなかった……こちらとしても急を要する事態でしてな……」


「いえ。それは一向に構いません。

 我々がこうして平和に暮らせているのは、あなた様が守ってくださっているからです。

 いつでも我々はあなた様を歓迎致します」


 王様は深々と頭を下げた。

 だがしかし、顔をあげた王様の表情は心なしかこわばっているようだった。


「──して、今回はどういった要件で?」


 話を切り出した王様に老人はかすれそうな声を出す。


「……とてもとても悲しいことが起きましてな。

 我が愛する子、《ワイヴァン》が何者かに殺されたのです……」


「っ!」


 リクトの心臓がどくんと大きく鳴る。

 老人の一言に周囲の兵士達はざわめき始めた。


「それはさぞ辛かったでしょう。

 子供を失くす親の気持ちは私も経験しております。

 胸に残った喪失感はそうたやすく癒せるものではない」


 床に視線を落とし、悲しげな表情で語る王。

 それに対し、老人はぼろぼろのローブと長い白髪を引きずりながら円を描くように部屋の中央を歩きだした。


「愛するわが子を失った心は……いつまでも塞がれぬ……流れ落ち続けた涙も、もう枯れ果ててしまった……いま我のなかにあるのは、“虚しさ”と“怒り”のみだ……」


「心からお悔やみを」


 一礼した王様に対し、くるりと向き直った老人はポツリとこぼした。


「それで、決めた──……“この国を滅ぼす”」



 * * *



『この国を滅ぼす』──

 老人の放った一言は部屋の空気を一瞬にして変え、謁見の間にいた者達を震え上がらせた。

 それは、神様からの宣戦布告でもあった。

 王様は「それは大きな誤解だ」と返すが、ギレオンは感情が宿っていない冷たい声で言った。


「お前たちがコソコソと動き回り、我に歯向かおうと企んでいた事は知っている……。

 5年に一度、我の目が効かぬアルテナの日に偶然を(よそお)って我が神殿を焼き払い、神の力を弱めようとしておったことも。

 そして、我の力が及ばぬ日に我が愛する子供たちを貴様らが密かに間引(まび)きしていたこともな……」


 神なる存在は信仰心によって力を()す。

 よって、神殿を壊してしまえば神の力も(おとろ)える。

 神殿の破壊は神打倒への一歩だった。

 犠牲が増える民を思っての行動であったのだ。

 ギレオンに問い詰められた王様だったが、王は表情をほとんど変えず、眉根(まゆね)()せるだけに反応を(とど)めた。


「神殿を? それは(まこと)で?」

「フン。あくまで知らぬと(もう)すか。

 神を(あざむ)こうなど……愚かの極み!」


 言い放ったギレオンは身を(ひるがえ)した。

 その瞬間、ヴェルカンと睨み合った。


「「……」」


 短い逡巡(しゅんじゅん)(すえ)、ヴェルカンは鋭い眼光でギレオンを威圧したまま、腰に差した剣の(つか)に手をかける。

 しかし、ギレオンはヴェルカンの真横をあっさりと通り抜けた。

 さして相手にするほどの者でもない。

 ギレオンにそう見定められたヴェルカンは口元を覆った鉄仮面の裏で、悔しげにぎしりと歯を噛み締めた。


「これまで我が子の数が増えた分だけ……人間を(にえ)として捧げる事を条件に……お前たちに平穏な日々を与えてやったというのに……」


 ギレオンは肩をすくめつつ、そのまま音もなく前へと進んでいく。

 すると、出入り口付近に立ち塞がった兵士らの手前で足をピタリと止め、ギレオンは告げた。


「天に七度、日が昇る頃……バイセルンに《サイクロプス》の群れを解き放ち、お前たちの町を滅ぼす……」


 ギレオンが口にした言葉を耳にした兵士達は一斉に青ざめた顔に染まった。


「だが、私もそれほど悪魔ではない……愚かなお前たちに最後のチャンスを与えてやろう」


 ギレオンからの(もう)()に王様は(まゆ)をひそめた。

 ギレオンは顔をそむけ、王に向かって口を開く。


「バイセルンで今年、世に生まれ()た子らをすべて生贄に捧げよ。さすれば、お前たちの罪を(ゆる)してやろう……これは神の慈悲(じひ)である」

「「「「「「「「?!」」」」」」」


 次の瞬間、リクトの視線の端から矢が勢いよく飛び出した。

 何者かが放った矢は(くう)を裂き、ギレオンの顔に突き刺さった──

……かに見えた。

 しかし、()()は違った。

 ギレオンは自身に向かって飛んできた矢をたやすく掴み取っていた。


「ば、化け物……!」


 男の(おのの)く声がして、リクトが後ろを振り向くと、一人の兵士が弓を握ったまま絶望に染まった顔で茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。

 ギレオンは、なめるような視線で掴み取った矢をあらゆる角度から眺め、そして観賞を終えると表情を変えることなく矢をいとも簡単にへし折った。


「そうか。それがお前たちの答えか……」


 ギレオンは低い声を漏らすと、折った矢を捨て去り、背筋が凍るほどの不気味な声で告げた。


「ならばよい……──ここで死ね」


 瞬間、たちまちギレオンの体の隅々から黒いオーラが溢れ出した。

 黒く禍々(まがまが)しいオーラを全身に(まと)ったギレオンは勢いよく天井を突き抜けたかと思うと、その場から姿を消した──


「ど、どこへ消えた?!」


 部屋にいた騎士や兵士、リクトを含めた全員が慌てふためき、周囲に視線を走らせる。


──ズウウウンッ!


 すると突然、大きな地響きと共に城全体が大きく揺れた。

 その音は複数の場所から多発的に聞こえた。

 四方八方から響き渡る轟音。

 一定の間隔で音が鳴るたびに城が大きく揺れる。

 そこへ、衛兵が謁見の間に入ってきて声をあげた。


「た、大変です! 町が……! 町が!」


 顔を真っ青にした衛兵は長槍を立てて膝をつき、激しく息切れを(もよお)すと、見かねたヴェルカンが衛兵のそばに駆け寄る。


「落ち着け」


 ヴェルカンはそう言い、衛兵が落ち着くのを待った。

──そして、リクト達は町の申告な状況を知る。

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