14 狼面騎士
「いやいやいや……」
メアとヴェルカンが繰り広げる戦闘を観戦したリクトは二人の激戦に圧倒された。
「いやいやいやいや……」
メアのスキル《心操支配》の効果によって、メアに操られた衛兵マクシムの剣さばきは凄まじく、素人の目ではとても追いきれないものだった。
それに加え、柔軟な身のこなしによるアクロバットな動きが更にヴェルカンを翻弄する。
Z戦士じゃん……。
恐らくメアのスキル《心操支配》であれば、被操縦者の身体能力を限界まで引き出す事が可能なのだろう。
……普通ならばメアに敵う者はいない──はずだった。
相手が普通の相手だったら。
次々と繰り出されるマクシムの剣技に対して、ヴェルカンは身体の軸をわずかにずらすだけで全ての攻撃をかわしてのけた。
〈この男、強い……!〉
これ以上の踏み込みは危険、そう判断したメアはマクシムを後方に連続宙返りさせて攻撃を中断した。
その様子をじっと見つめたヴェルカンは、顎を撫でるような仕草で面具の表面を撫でた。
「剣術は素人並みの腕に落ちてるが、その人間離れした動き……お前、魔法で何かしてやがるな?」
──あれ……? あいつの言ってることが分かる! これって!
胸ポケットに身を潜めたエレウを見やると、視線に気がついたエレウが顔をあげてこちらを見つめた。
「エレウ。もしかして、きみがまた翻訳の魔法をかけてくれたの?」
エレウがコクッと小さく頷く。
リクトは高揚した感情すべてを突き立てた親指に込め、グッドサインをエレウに送った。
「ナイス、エレウ! 正直言ってエレウ無しだとこの先、生きていけないかも……」
するとエレウはご満悦な顔で“えっへん!”と誇らしげに腰に小さな両手を当ててみせた。
だが、その様子を静かに眺めていたヴェルカンは視線をリクト達から一度そらし、扉が開け放たれた部屋に移してから、鼻を鳴らしてつぶやいた。
「なるほどな」
途端、ヴェルカンは腰に下げた一振りの長剣を抜き取った。
「脱獄を図った囚人一人……と、それから寝返った奴隷の《妖精》が一匹、か。
事がデカくなる前にこの場でどっちも消しちまったほうが良さそうだなっ!」
地面を蹴ったヴェルカンは一直線でマクシムに向かって猛進する。
目前に迫ったところでマクシムは剣を突き出した──
しかし、その動きすら予測済みと言わんばかりにヴェルカンは剣に突き刺さるすんでのところで宙を飛ぶ。
トン、と突き出された剣の上に降り立ったヴェルカンは、マクシムの顔面目がけて蹴りの一撃を浴びせた。
「う、嘘でしょ?!」
リクトは思わず目を見開いた。
「まずは邪魔な“壁”を排除、あとは──」
ヴェルカンは倒れたマクシムを尻目に殺気を帯びた視線をリクトに向ける。
これはやばい。
あれは本格的に“狩り”をする目だ。
その瞬間──天井から新たな三人の兵士がヴェルカンに飛びかかった。
「──ちっ」
突然の横槍にも関わらず、ヴェルカンは体勢を即座に変え、体格の異なる三人の兵士が振り下ろした斧、槍、レイピアからなる一太刀をすべてたった一振りの剣で受け止めた。
一瞬のあいだで攻撃の体勢から防御へ転換する判断を取ったヴェルカンの驚異的な判断力と適応力の早さにリクトは舌を巻いた。
ヴェルカンが新手の出現に舌打ちをするいっぽうで、メアも同時に舌打ちする。
〈いちいち勘が鋭い!〉
「──……三人同時なら俺に敵うと思ったか? ハッ! この俺も舐められたもんだ」
一振の剣で三人の武器を受け止めながら、ヴェルカンは三人の顔をちらりと見やる。
三人の兵士は戦闘中であるというのにまったく覇気が感じられず、人形のように虚ろな顔をしていた。
「スヴェン、トマス、ヴィリバルト……お前ら三人揃って東門の番兵じゃねえか」
すると、ヴェルカンは「なるほどな」と言ってリクトを凝視した。
「そこのガキがコイツらを何らかの方法で操ってると踏んでいたが、どうやら俺の見当違いだったようだ」
〈マスター! はやく逃げてくださいっ!〉
メアの突然の叫びにリクトはビクッと反応し、思わずヴェルカンから目を離してしまった。
すぐにヴェルカンへ視線を戻したリクトだったが、当の本人は狼のように鋭い目つきでリクトの目前にまで迫っていた。
「?! まずっ──」
ヴェルカンは小声でも聞こえるほどの距離にまで近づいた途端、仮面の下から低い声を出した。
「城の外から来たヤツが、お前の脱獄を手引きしているな?」
「っ!」
もうバレ──
「マスター!」
直後、城内にメアの声が響いた。
その声にヴェルカンは即座に反応し、後方へ宙返りして再びリクトとの距離を取った。
瞬間、頭上からまた新たな人影がリクトの背後にスタン、と降り立った。
「っ!?」
リクトが振り返ると、視線の先には床に着地した少女の姿があった。
着地した反動で少女の長い黒髪がふわりと舞い上がる。
「きみは……」
少女の鮭色に染まった毛先が松明の灯りに反射し、赤く燃え滾る炎のように見えた。
片目を隠した彼女の前髪が振り向きざまに少し揺れた瞬間、ほんの一瞬だけ彼女の両目と目が合った。
リクトの心臓がドクンと鳴る。
少女の髪の位置がふわりと元に戻り、再び片目が隠れた髪型に戻ると、少女はリクトを見るなり、安堵した笑みを浮かべた。
彼女の正体。
それは黒のシースルードレスに身を包んだ細身の馬耳少女メアであった──
「よかった。約束通り、ちゃんとご無事でしたね」
メアは我が子を愛でるようにリクトの頭をよしよしと撫でた。
「とても偉いです。マスター」
慈愛に満ちた表情で温かく微笑むメア。
このどこかで見た恋愛漫画のような展開に気恥ずかしさを感じつつ、気持ちと視線を切り替えてリクトが正面に顔を戻すと、ヴェルカンとバッチリ目が合ってしまった。
……フツーにガン見されてた。
リクトは慌ててメアの手を振りほどいた。
「き、きみが来てくれたのはとても嬉しい。
嬉しいんだけど! ここに来て……大丈夫だったの?
というか、そもそも城の結界が張られてるから城の中に入れないんじゃ?」
そう訊ねると、メアの顔から優し気な笑みが消えた。
「結界については、恐らく月の影響が関係してると思われます」
その言葉を聞いて、リクトは頭にポツリと浮かんだとある名を口に出した。
「アルテナ……」
以前、ゲームで《アスカナ》の町を探索した時の話だ。
どこかの町の本棚で入手した読み物にたしか、神について記述があったはず。
リクトは額に片手を当てて、記憶の中に埋まったものを必死に掘り返す。
「たしか……月には《アルテナ》という神様がいて、魔力を吸い込む体質のせいで、月に封じられたんだっけ?」
「そうです。そして、今宵は5年に一度《アルテナ》様の力が強まる大満月の夜。
雲に隠れている間は結界の効果が効いていたので、城内には入れませんでした……。
ですが、雲が無くなった現在は結界が消え、城内には入ることはできましたが、魔力を吸い取る《アルテナ》様の力は以前継続しているようです。
私の魔力も半分は落ちています」
「うーん。魔力低下ってのはキツイな。でも、メアって、接近戦イケたっけ?」
すると、メアはかぶりを振った。
「いいえ。遠隔支援型の戦いが得意な私は近距離戦に関しましては、ハッキリ言って無能です!」
「い、いや、そこまで自分を貶めなくても……」
「あまり使いたくないですが、裏技を使ってなんとか時間を稼ぎますので、マスターは──」
──とメアが言いかけた次の瞬間、ヴェルカンの面具に亀裂が走った。
パキッと面具の装甲が変形し、牙のような形状へと様変わりし、面具の中に隠れていた彼の口が露わになった。
「そこでホイホイと逃がすかよ。
《雷玉》──“レベル2”」
ヴェルカンは口を大きく開く。
途端、彼の口内でバチバチッと閃光が迸る。
口内に集まった光の玉が口から勢いよく飛び出すと、すぐさま三つの玉に分離した。
空を走り滑った三つの光の玉が三人の兵士に直撃する。
バリバリバリッ!
空間を焼き焦がすかのような音が辺りに木霊した。
稲光のような光を纏った三人の兵士は全身を駆け巡る痛みに10秒間ほど悶絶し、稲光が消えた途端、黒焦げになった姿へとなり果てた。
「げほっ!!」「ぐ、はっ!!」「んごっ!!」
三人の兵士は虚ろな顔で声にならない声を吐き出し、携えていた各々の武器を次々と落として床にぐたりと倒れた。
「あんな小さな玉で、あの威力なんて……バケモノですか!? あなた!」
メアが声を張り上げた次の瞬間、リクトは頭の中に取り巻いていた霧がだんだん薄くなるのを感じた。
「あぁ、そうか」
リクトは思い出した。
自分は、この男を知ってる……!




