07 死神戦姫と召魔銃士
エレウが低空飛行してメアの彫像をちょんちょんとつつくのを横目にアヴィスは「やってみせよ」と契約を促した。
「う、うん……それじゃ、改めて」
すると、先ほどのように魔法陣を出した途端、虫型のモンスターは魔法陣に吸い取られ、あっけなく契約が完了してしまった。
「なんか、早すぎて拍子抜けだなぁ……」
いま起きた現状を字面に起こすと、こうだ。
アヴィスと同格のモンスターは仲間にすることは出来なかったが、その代わり低レベルの虫は仲間にすることができた!
『虫』……。
うーん……。
虫……かぁ~……。
どう頭をひねって考えても、虫を仲間に加えたことで喜べる理由を一つも見出せない……。
ぶつぶつと嘆きながら頭をぽりぽりとかいていると、アヴィスは誇らしげに言う。
「余の想定通りだな。
つまり、主は己のレベルを超える者は召喚できない」
そこで一度アヴィスは言葉を切り、先刻の狩人の亡骸を見やる。
「其奴は例外ということだろう。
直に戦ったから分かるが、其奴は本来ならばもっと手強いはずだった。
なにか本来の力を引き出せない事情があったのだろう。
レベルは高いままだが、能力値は現役の頃よりも劣っている。
召喚可能にするには其奴のレベルを落とすしかあるまい」
そう口にしたアヴィスは再び手をかざし、魔法陣を呼び出すと、狩人の亡骸が掃除機のコンセントのようにシュルルルッと勢いよく魔法陣の中に吸い込まれた。
「レベルを落とすって、そんなことできるの?!」
すると、アヴィスはジト目でこちらを覗き込んだ。
「何を抜けたことを言っている?
いま目の前にそれを体現した者がいるだろう」
「……? あーそういう!」
理解したリクトは手をポンと叩いた。
「大幅にレベルがダウンすれば外見も変わる。
これは永い間に蓄積された魔力の変異によって引き起こされるものだ。
ゆえに寿命が短いヒト族にはレベルによる見た目の変化は発生しない」
アヴィスは語りつつ、自身の幼くなった手や小さな身体のパーツに視線を巡らせる。
「実際に体感した身から言わせてもらうと解せぬ仕様ではあるが、姿形だけで検証結果が判断できるのは明瞭でいい」
ふむふむ、とリクトはメモに筆を走らせた。
「ええっと。まず、レベルアップしたことで、これまであった召喚可能の制限時間の縛りは解除されたから、前よりも召喚獣が時間に拘束されずに活動できるようになった……と」
すると「だが」と言い、アヴィスが指をたてて付け加える。
「魔力と体力を回復するためには一度駒に戻る必要がある。
ようするに睡眠に入る行為と同じ理屈だ。
よって、戦闘中にどちらかが尽きてしまえば、その時点で強制的に召喚獣は駒へと再封印され、強制休眠に入ることも忘れずに書いておけよ」
──ふんふん、なるほど~。
……って、お前は先生か!
しかし、その部分はさっき試してみた。
ビッグ・ピョンチューは出すと危険なので試していないが、ギレオンは現在も回復中の状態で召喚できなかった。
ぽふっ、と布団の上に腰を下ろしたアヴィスが、不敵な笑みを浮かべつつ、子供のような仕草で足をぷらぷらと揺らす。
「分かったことが増えて良かったな。主よ」
「そういうお前はなんだか……楽しそうだね」
そう言われてムッとしたのか、アヴィスの表情から笑みが消え、空虚な眼差しを天井に向けると、つぶやくように言った。
「長い間『げーむ』とやらの世界に縛られていたせいかもしれんな。
しかし、余が今まで屠ってきた挑戦者の立場になってみるのは、なかなか新鮮でよい」
一瞬フッと口元に柔らかな笑みを浮かべたアヴィスだったが、即座に悪戯っぽい笑みに変わり、リクトにジトリとした眼差しを向ける。
「……だがな、主よ?
先刻、不知火とやらから受領したクエストはなかなか困難な道だぞ。
本当にやり遂げられる自信はあるのか?」
そう言われ、言葉に詰まる。
「そ、それは……」
──今から十五分ほど前のこと。
不知火さんが告げたプランはこうだ。
まずは四魔騎士の各封印場所の状況を把握するために偵察組を派遣する。
再封印には儀式をおこなえる上位神官が四名必要。
偵察組が動いてるあいだに他の四組が上位神官を四名見つける。
それが済み次第、四つの封印場所近辺に待機。
封印場所の安全を確保次第、再封印の儀式を執り行う。
……これらの人選は不知火さんが後日手配するそうだ。
問題は次のプランだ。
リクト一行は四魔騎士の再封印作戦が失敗した場合の保険として別行動。
まずは騎士との戦いに向けて、戦力の増強が最優先。
第二の目的として、残りの四魔騎士を全員無力化し、使役すること。
これがもし成功すれば、四魔騎士の力を有効に利用できるし、世界終末のシナリオも回避できる。
『深刻に受け止めすぎないでよ、少年』
そう言い、作戦を話した不知火さんはリクトの頭の上にポンッと手を乗せた。
『もう一度強く言っとくけど、リクくんの役割はあくまで保険だから。
本命はこっちでバッチリ用意してる。
選りすぐりのヤバい奴らを騎士にぶつけるつもりだよ♪』
『勝てます?』
『うん。勝つよ、必ず』
力強くそう断言し、ウインクしてみせた不知火さんの顔は自信に満ちていた。
でも、なぜだろう。
この言い知れぬ不安は……。
頭の中の時間を現在の時刻に巻き戻したリクトは眉間にしわをよせ、ぽりぽりと頭をかいた。
「……こうなったらやるしかない。
この世界が終わるのは嫌だし、この世界に来てやりたいことはまだ沢山残ってる」
すると、アヴィスは目を閉じ、口元をわずかに緩ませた。
「フン……腹をくくったか。ならば」
そう言ってアヴィスはベッドから飛び降り、リクトのもとに歩み寄った。
小さい背丈の死神幼女が顔を見上げ、リクトの顔をしげしげと見つめると、ニタリと不敵に笑う。
「不本意ながら主に忠誠を誓う身になってしまったのだ。
余を失望させるなよ?」
アヴィスは右手をすっと差し出した。
「……」
リクトはしばしの間アヴィスの右手をじっと見つめた。
そして意を決し、彼女の手を握る。
すると、ぴくりとアヴィスの眉間が動いた。
「主よ、震えているな……。
覚悟は出来ているのではなかったのか?」
「じつは正直言うと、まだ不安でいっぱいでさ……だけど、信頼してる人に求められているんだから返してあげたい。
不安だなんて言ってられる状況じゃないしね」
「よく分かってるではないか。
己の感情論よりも目先の問題改善を最優先とする。
主には一国を統べる王の才能があるやもしれんな」
「はは……冗談はよしてよ」
軽く笑い、アヴィスの冗談をあしらうと、申し訳ない顔で彼女に告げた。
「お前からしてみれば迷惑この上ない話かもしれないけど……少しの間、僕に付き合ってくれると助かる」
すると、フンとアヴィスは鼻を鳴らし、スッと握手を解いた。
「何を今さら。
お互いもう同じ舟に乗り合わせてしまったのだ。
一度、大海に出てしまった舟は最早誰にも止められぬ」
そう言って、アヴィスは鋭い眼差しをリクトに向ける。
「見届けさせてもらうぞ。
この世界にとって、主が何者になるかを──」
何かに導かれ、結ばれたこの奇妙な関係が、今後どう左右するのだろうか。
問題は山積みなのになぜだろう。
これからの冒険を思うと、その胸は高鳴っていた──。