06 レベルってなに?
「まさか、駒に戻らなくてもよくなってたなんて……」
そう言い、馬耳の少女メアは自分の身体に何度も目を通し、己の状態を再確認する。
今まであれば召喚可能の時間を超えてしまうと、粒子化してしまい、強制的に封印状態に回帰していた。
だが、いつまで待っても粒子化は起きなかった。
「やっぱり、メアも気づいていなかったんだ」
メアはしゅんと沈んだ様子で「……はい」と言い、顔を伏せた。
「マスターに仕える召喚獣でありながら自分の状態も知らずに生きてきた事を恥ずかしく思います……。
もし、目の前に奈落の穴があるなら即刻穴に飛び込んでしまいたい……!!」
両の手で紅潮した顔を覆い、嘆くメアの肩にリクトはそっと手を置く。
「メアに非は無いよ。非があるとするなら僕のほうだ」
「……え?」
リクトはメアから顔を反らし、伏目がちに口を開く。
「今までは惰性でやってきた。
召喚に関する知識が全然足りてなかった……。
考えも無しに突っ込んで、そのたびに危険なことに付き合わせてしまって、自分がどれだけ愚かだったのか、今回の件で改めて思い知ったよ」
リクトは涙ぐむメアに顔を戻すと、くしゃっと複雑な笑みをこぼした。
「本当にごめんね。
こんな駄目な人間に付き合ってくれて、ありがとう」
「そ、そんなことは……! 全然! 決してないです!」
メアが慌てふためくその横でアヴィスは部屋の壁に背中を預け、腕組みした姿勢で静かに佇んでいたが、ようやく幼子のようにぷっくりとした唇を開いた。
「これで、余の言ったことが真実だと証明されただろう?」
リクトとメアがアヴィスに顔を向ける。
味方になったかどうかまだ疑わしいけれど、聞きたかった質問をアヴィスにいくつかぶつけてみる。
「……それで、結局のところ僕は今どれくらいのレベルになったんだ?」
すると、アヴィスは片目を閉じ、もう片方の開いた目を半分だけ閉じた。
「まあ、だいたい60から64といったところだな」
その回答にリクトはガクッと肩を落とす。
「な、なに? その曖昧な数値は」
すると、アヴィスは一度目を閉じてため息を吐き、ジトリとした目つきで両の目を見開くとリクトのほうを見やる。
「レベルというものは本来、目に見えるものではない。
感覚を研ぎ澄ませればおのずとわかるものだ。
しかし、多くの非凡な存在は己のレベルを知ることなく生涯を終えるがな」
「へぇ……そういうものなんだ」
「とはいえ、だ。
レベルが分かったところで、それをハッキリとした数値であらわせるものでもない。
その判断材料には己の経験と知識が必要になる。
見極めを誤れば、敗ける」
最後の一言を唱えたところで、アヴィスの目が急に鋭くなった。
「戦いにおいて、レベルで相手の実力を推し量るのは危険な行為だ。
肝に銘じておけよ」
「う、うん」
なんだか、講座を受けてる気分。
「ということは、これからは召喚獣をいくらでも出し放題になるってこと?
それってかなり強くない?」
すると、アヴィスはフンと鼻を鳴らして壁から離れると、右手を正面にかざした。
その直後、彼女の正面に魔法陣があらわれたかと思うと、その中心部から大きな物体が飛び出した。
「ひやあ!」
「わぁ!!」
「!」
思わずびくりとする一同。
反らしてしまった目をゆっくりと戻すと、床に転がっていた物体は鎧を着た大男の亡骸だった。
突然、部屋中に湧き出した腐敗臭に一同は顔を歪める。
その遺体をしばらく凝視したリクトは指で鼻をつまみながら目を見開いた。
「こ、これって……!」
それは忘れるはずがない。
その亡骸はダンジョン内でリクト一行を追い詰めた狩人の一人だ。
「たしかあの時、お前が相手をして連れて行った……」
「そう。
……そして、余が勝利した。
圧勝だったな」
愛らしい童顔で、どや顔をキメるアヴィスに可愛らしさを感じてしまったことを内心悔しがりつつも、リクトは質問をアヴィスに投げた。
「それで?
こんな死体を部屋まで運んで、一体なにをするつもりなの?」
すると、アヴィスは顎で遺体を指した。
「まずは試しだ。
其奴と契約をかわしてみせろ」
「……え?」
「この者は余の知り合いだ。
かつては余と同格の強さがあった。
だが、久しぶりに再会してみればこの有り様。
余のことを覚えておらず、あまつさえ攻撃を仕掛けてきた。
おそらく召喚の際に不手際があり、失敗したのだろう」
そう言い、アヴィスは腕を組んで話を続ける。
「余の見立てでは其奴と契約できるかは主のレベル次第だろう。
現時点の其奴はレベルが落ちている状態だ。
契約も容易いはず」
アヴィスはそう言うなり「ほれ、やってみせろ」と促す。
見た目は幼い子供のくせに部下を顎で使う鬼上司のような貫禄を出すアヴィスに内心苛立ちを覚えつつ、彼女の言う通り契約の儀式を始めた。
「すぅっ──」
亡骸の前に立ったリクトは深く吸い込んだ息をゆっくりと吐きだし、気持ちを整える。
意を決し、亡骸に向けて片手をかざした途端、眼前に魔法陣があらわれた。
考えてみると、この世界へやってきてからモンスターに対して契約の儀式を試した事は今まで一度も無かった。
というのも、ゲームにはそういうシステムがもともと存在しなかったからだ。
一応、契約時のモーション自体はある。
しかし、おもにそのモーションはイベント演出用にチラ見せする程度のもので、とくに意味をなしていなかった。
『アスカナ』というゲームにおいて《召喚士》はモンスターならば自由に使役可能というわけではなく、《召喚士》専用モンスターが用意されていた。
……けれど、それはゲーム開発側の都合上の話だ。
召喚獣にできるモンスターの種類を限定にしたのはすべてのモンスターが味方になった際の戦闘用モーションを作成する手間を省くためであって、普通に考えればどんなモンスターだって契約する事自体は可能のはず。
……なんで今までそのことに気づけなかったんだ!
しかし、結果を先に述べると、失敗に終わった。
眼前に出現した魔法陣はまるでガスが抜けた風船のようにシュッと空しい音を鳴らして儚く消え失せた。
「話が違うじゃん!」
すると、アヴィスは口元を歪め、ニタリと妖しげに微笑んだ。
「ふむ。そうなるだろうなと予測はしていたが、面白い」
「いや、ぜんぜん面白くないんですけど!」
「これで失敗したということは、だ。
つまり、其奴のレベルが主のレベルを超えているということだ」
そう言い、アヴィスは「試しにほれ」と手をかざした魔法陣から先ほどよりも一回り小さい物体を取り出し、床にその死骸を転がした。
それはダンジョンで見かけた虫型のモンスターだった。
「ひっ」
途端、後ろから掠れた女の声が一瞬したかと思った次の瞬間、コトンと音がした。
後ろを振り向くと、被造物人形となったメアが床に転がっていた。
そこで初めて察した。
メアって、虫が苦手だったんだ……。
アヴィスは被造物人形となったメアを見据えた。
「下等種に慄くとは、まったく……」
言いながら、アヴィスはため息まじりに肩をすくめた。
「モンスターの風上にもおけんな」