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赤坂人物短編集  作者: 赤坂人物
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大腸内視鏡検査

 これは私が40歳になったとき、母の勧めで大腸カメラを受けることになったときの話である。

 私の奮闘記を、最後まで見て欲しい。


 私の名前は久島久美恵(ひさじまくみえ)。二人の子を産み落とした母であり、三人の世話をする多忙な妻である。

 しかしその女、今にも絶命しそうなほど苦しんでいた。

 最後までとは言わずに、ここで私を殺してほしい。トイレに籠もって約30分、お尻の穴からエンドロールが止まらない。

 数時間前に飲んだ下剤がラッシュをかけている。あまりの気持ち悪さに30歳は老け込んだ気がした。

 全て出し切ったと思っても少しするとすぐに便意が襲うため、水道代のことも考えたら、終始便座に座りっぱなしである。うっ血である。

 目の前のドアが遠く感じる。手を伸ばしかけると、お尻が便座に吸い込まれるようにして戻される。便座の隙間からオエッな液体が跳ねないように、ミチミチに体重を掛ける。

「やばい、来た……」

 ドアと私の間に一人の男がそびえ立つ。筋肉隆々の黒い肌に、綺麗なサークルを描いたスキン頭。過去日本にブームをもたらしたその男の名は…

『やぁ!ビリー隊長だ!』

「ビリーブランクすぅうわああああぁあぁああああああ」

 破裂音のような激烈なビートをかき鳴らしながらエンドロールが流れ出す。流れちゃいけない体の一部も一緒に排出されてるんじゃないかと思うほど勢いが凄い凄い。下剤が最期の力を振り絞ってラストスパートをかけている。尻が裂けそうだ。私の体験したブートキャンプの中で一番生気を吸われる。

『あと少し!休むんじゃねぇぞ!』

 わかってる。でも上半身は力が抜け、完全にぐったりとしている。上げた便座カバーに寄り掛かりながら、腕はダランとしていた。目は閉じているのが楽だった。ただ大腸だけ、下剤に侵され操られてしまった大腸だけが、休まず働き続けていた。

 下剤の呪いもあと少しで解けるはずだ。頑張れ大腸負けるな大腸。宿主の体はもうダメみたいだけど。


 数分後、ようやくエンドロールは終わりを迎えていた。ビリーの姿はなく、自分を鼓舞するために私が召喚しただけのただの幻だったのだと、今頃になって気が付いた。

 エンドロールの残りカスが、ズリュッ、ズリュッと絞り出されている。

 お尻何度もフキフキし、震える足をなんとか立たせて一時間ぶりくらいにトイレから脱出した。

 しかし、問題はまだ終わらない。


 腸の中に快晴の空が広がっている。しかし、いつ雲行きが怪しくなるかわからないのが下剤のいいところだ。皮肉だ。

 以前SNSで、路上でエンドロールしてしまった女性を見たことがあった。あまりにも悲惨で、今でも覚えている。私が怖れているのはこれなのだ。

 私はこれから病院に行かねばならぬ。その道中、二足歩行の振動に刺激でも受け、もしも路上サプライズエンドロールをしてしまえば、私は社会的に死んでしまう。ネットで晒し者となり、ご近所付き合いも終わり、家庭関係も破滅し、裏では密かにエンドロール女の異名で呼ばれながら独りコソコソと暮らすことになるのだ。それだけは絶対にあってはならない。

 エンドロールは文字通り、少量でも出れば致死量となる。ちょび漏れ等という可愛い感じじゃ終われない。


 お尻の穴を引き締めながら、闊歩すること20分。

 病院の看板を見た瞬間に安堵し、お尻の穴が緩んだ。ああ、ここでなら漏らしていいんだ馬鹿野郎そんなわけあるか冷静になれ。

「久島さーん」

 血圧を計るとき、異常に低いんじゃないかと内心ハラハラしていたが別にそんなことはなく、行き場のない悔しさが舌の表面に貼り付いた。

 検査室に行くと、ミルクレープの断面顔のおじいちゃん先生がいた。おじいちゃん先生は横になった私の臀部をギャッと掴み尻の穴を広げた。

「それ、口から飲みましょうか」

 なんだかカメラを入れた瞬間に残りカスが出ちゃいそうな気がしたので、一応言ったみたが無視された。

「久島さん、便秘だから大変だったでしょう」

「いや本当にかなり大変でしうおっ、はー」

 喋ってる途中で内視鏡を入れやがったミルクレープには未曾有の大殺意が湧いた。

 おじいちゃん先生は動物の求愛行動の真似かと思うくらい低い声で、何度も「うーん」と唸り声を上げながら私の大腸をガン見していた。

 不安になる。今朝あれほどの苦痛に耐えきった大腸が、不健康状態だったとは考えにくい。今朝あれほど生気()を流しておいて、血圧だって正常だったのだ。だから大丈夫なはずだ。これからも私はこの大腸と一緒に排便をするのだ。

 私は、そう信じている。

「再検査ね」


 その後のことはよく覚えていない。

 覚えていることと言えば、おじいちゃん先生に低い声で怒られたことだ。それから覚えておかなくちゃいけないのが、下剤は三日前から服用する、前日に脂っこいものを食べない、この二点だ。

 まぁ何が起きたかというと、内視鏡検査を受けるにあたっての下剤の服用方法を間違えていたわけだ。初めてだったし、しょうがないと私は思ってるんだけどね。

 もっと言うと、うんちが、こびり付いてたらしい。私は癌だって言い張ったんだけど、その場でサンプルを幾つか採取されちゃったから、どう足掻いたって言い逃れは出来ないよね。


 私の闘いはまだ続く。その次が、最後かもしれないが。

 皆も決して、間違えないこと。

 この物語はフィクションです。実際の内視鏡検査には個人差があり、事実と異なる場合が御座います。

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