桃太郎~令和元年、復活~
令和元年、岡山市街に、新婚ほやほやのサラリーマンと主婦の夫婦がいた。毎日、サラリーマンの夫はIT会社で働き、主婦は家事をこなしていた。
ある日、妻が部屋の掃除をしていると、
「お届け物です」
と宅配便が届いてきた。
「おやおや、これは見事な桃だわ」
その中身は、岡山県産の大きな桃だった。
妻はにこにこしながら、
「早く旦那と二人で分けて食べよう」
と言って、桃を持ち上げて、部屋へと向かった。
夜になってやっと、夫は会社から帰って来た。
「奥さん、ただいま」
「あら、おかえりなさい。さあ、早く部屋に来て。いいものを見せてあげる」
「それはありがたい。何だね、そのいいものというのは」
こういいながら、夫はスーツから私服に着替えて、部屋に来た。その間に、妻は冷蔵庫の中からさっきの桃を重そうに抱えて来て、
「ほら、見て。この桃を。」
と言った。
「これは、どこからこんなみごとな桃を買って来たのか?」
「いいえ、買って来たのではないわ。今日、川で拾って来たのですよ」
「え、なに、川で拾って来た。それはいよいよ珍しい」
こう夫は言いながら、桃を両手にのせてながめていると、桃はぱかんと中から二つに割れて、
「おぎゃあ、おぎゃあ。」
と勇ましい産声を上げながら、かわいらしい赤ちゃんが元気よく飛び出た。
「おやおや、まあ。」
夫婦も、びっくりして、二人いっしょに声を立てた。
「まあまあ、私たちがどうしても子供が一人ほしいと言っていたものだから、きっと神様がこの子を授けて下さったに違いない」
夫婦はうれしがって、こう言った。
そこであわてて夫がコーヒーを沸すやら、妻が興奮して、赤ちゃんを抱き上げて、ミルクを飲ませた。
するといきなり、
「うん」
と言いながら、赤ちゃんは抱いている妻の手をはねのけた。
「おやおや、何という元気のいい子だろう」
夫婦は、こう言って顔を見合わせながら、
「あはははは」
とおもしろそうに笑った。
そして桃の中から生まれた子だというので、この子に桃太郎という名をつけた。
夫婦は、大事に桃太郎を育てた。桃太郎はだんだん成長するにつれて、当たり前の子供に比べて、ずっと体も大きいし、力がとても強くって、体力テストでは通っている小学校で、かなうものは一人もないくらいだったが、そのくせ気だてはごく優しくって、夫婦によく孝行をした。
それから、桃太郎は十三歳になった。
もうその自分には、日本の国中で、桃太郎ほど強いものはないようになった。桃太郎はどこ外へ出かけて、めいいっぱい、力だめしをしてみたくなった。
するとそのころ、夫の家族が東京から帰ってきて、いろいろ珍しい、不思議なお話をした末に、
「ずいぶん船をこいで行くと、瀬戸内海の果てに、鬼が島という所がある。悪い鬼たちが、鋼のお城の中に住んで、百万年眠っている貴い埋蔵金を守っている」
と言った。
桃太郎はこの話を聞くと、その鬼が島へ行ってみたくって、もういても立ってもいられなくなった。そこで家へ帰ると早速、夫の前へ出て、
「どうぞ、俺にしばらく時間を下さい」
と言った。
夫はびっくりして、
「一体、どこへ行くのか?」
と聞いた。
「鬼が島へ鬼退治に行こうと思います」
と桃太郎は応えた。
「ほう、それはいさましいことだ。じゃあ行っておいで」
と夫は言った。
「まあ、そんな遠くへ行くのでは、好奇心がある。よし、私たちが準備しよう」
と妻も言った。
そこで、夫婦は、インターネットの通販サイトで岡山名物のマスカットのキャンディーを注文する。
マスカットのキャンディーが届くと、桃太郎のしたくもすっかりできあがった。
桃太郎はお侍の着るような陣羽織を着て、刀を腰にさして、マスカットキャンディーの袋をぶら下げた。そして桃の絵の描いてある軍扇を手に持って、
「ではおとうさん、おかあさん、行ってまいります」
と言って、丁寧に頭を下げた。
「じゃあ、立派に鬼を退治してくるがいい」
と夫は言った。
「気をつけて、けがをしないようにね」
と妻も言った。
「なに、大丈夫です、世界一のスマートフォンを持っているから」
と桃太郎は言って、
「では、ごきげんよう。」
と元気な声を残して、旅立った。夫婦は玄関に立って、いつまでも見送っていた。
桃太郎はずんずん行くと、岡山城に来た。すると、天守閣の中から、
「ワン、ワン」
と声をかけながら、犬が一匹かけて来た。
桃太郎がふり返ると、犬は丁寧に、お辞儀をして、
「桃太郎さん、どちらへおいでになります。」
と尋ねた。
「鬼が島へ、鬼退治に行くのだ」
「お腰に下げたものは、何でございます」
「岡山のマスカットキャンディーさ」
「一つ下さい、お供しましょう」
「よし、よし、やるから、ついて来い」
犬はマスカットキャンディーを一つもらって、桃太郎の後から、ついて行った。
しばらく行くと、今度は後楽園に入った。すると木の上から、
「キャッ、キャッ」
と叫びながら、猿が一匹、かけ下りて来た。
桃太郎がふり返ると、猿は丁寧に、お辞儀をして、
「桃太郎さん、どちらへおいでになります」
と尋ねた。
「鬼が島へ鬼退治に行くのだ」
「お腰に下げたものは、何でございます」
「岡山のマスカットキャンディーさ」
「一つ下さい、お供しましょう。」
「よし、よし、やるから、ついて来い」
猿もマスカットキャンディーを一つもらって、後からついて行った。
今度は、中山下へ出た。すると空の上で、
「ケン、ケン」
と鳴く声がして、きじが一羽とんで来た。
桃太郎がふり返ると、きじは丁寧に、お辞儀をして、
「桃太郎さん、どちらへおいでになります」
と尋ねた。
「鬼が島へ鬼退治に行くのだ」
「お腰に下げたものは、何でございます」
「岡山のマスカットキャンディーさ」
「一つ下さい、お供しましょう」
「よし、よし、やるから、ついて来い」
きじもマスカットキャンディーを一つもらって、桃太郎の後からついて行った。
犬と、猿と、きじと、これで三人まで、いい家来ができたので、桃太郎はいよいよ勇み立って、またずんずん進んで行くと、やがて瀬戸内海に出た。
そこには、ちょうどいいぐあいに、船が一艘つないでいた。
桃太郎と、三人の家来は、さっそく、この船に乗り込んだ。
「わたくしは、漕ぎ手になりましょう」
こう言って、犬は船をこぎ出した。
「わたくしは、かじ取りになりましょう」
こう言って、猿がかじに座った。
「わたくしは物見をつとめましょう」
こう言って、きじが先に立った。
うららかないいお天気で、青い海の上には、波一つ立っていなかった。稲妻が走るようだといおうか、矢を射るようだといおうか、目の回るような速さで船は走って行きました。ほんの一時間も走ったと思うころ、へ先に立って向こうをながめていたきじが、
「あれ、あれ、島が」
と叫びながら、ぱたぱたと高い羽音をさせて、空にとび上がったと思うと、スウッとまっすぐに風を切って、飛んでいった。
桃太郎もすぐきじの立ったあとから向こうを見ると、なるほど、瀬戸内海のはてに、ぼんやり雲のような薄黒いものが見えた。船の進むにしたがって、雲のように見えていたものが、だんだんはっきりと島の形になって、現れてきた。
「ああ、見えるぞ、鬼が島が見える」
桃太郎がこういうと、犬も、猿も、声をそろえて、
「万歳、万歳」
と叫んだ。
すると、鬼が島が近くなって、もう硬い鉄でできた鬼のお城が見えた。鋼の門の前に見はりをしている鬼の手下の姿も見えた。
そのお城のいちばん高い屋根の上に、きじがとまって、こちらを見ていた。
こうして岡山と香川のちょうど真ん中にあるという鬼が島へ、ほんの目をつぶっている間に来た。
桃太郎は、犬と猿を従えて、船からひらりと陸の上にとび上がった。
見はりをしていた鬼の兵隊は、その見慣れない姿を見ると、びっくりして、慌てて門の中に逃げ込んで、鋼の門を固くしめてしまった。その時、犬は門の前に立って、
「岡山の桃太郎さんが、お前たちを成敗においでになったのだぞ。あけろ、あけろ」
とどなりながら、ドン、ドン、扉をたたいた。鬼はその声を聞くと、ふるえ上がって、よけい一生懸命に、中から押さえていた。
するときじが屋根の上から飛び下りてきて、門を押さえている鬼たちの目を突き回ったから、鬼はへいこうして逃げ出した。その間に、猿がするすると高く黒い岩壁をよじ登っていって、ぞうさなく門を中から開けた。
「わあッ」とときの声を上げて、桃太郎の主従が、いさましくお城の中に攻め込んでいくと、鬼の大将も大勢の家来を引き連れて、一人一人、太い鉄の棒をふりまわしながら、
「押忍」
とさけんで、向かってきた。
しかし、体が大きいばっかりで、意気地のない鬼たちは、さんざんきじに目をつつかれた上に、今度は犬に向こうずねをくいつかれたといっては、痛いと逃げまわり、猿に顔を引っかかれたといっては、おいおい泣き出して、鉄の棒も何もほうり出して、降参してしまった。
終わりまで我慢して、戦っていた鬼の大将も、とうとう桃太郎に組みふせられてしまった。桃太郎は大きな鬼の背中に、馬乗りにまたがって、
「どうだ、これでも降参しないか」
といって、ぎゅうぎゅう、ぎゅうぎゅう、押さえつけた。
鬼の大将は、桃太郎の気合の一撃で首をしめられて、もう苦しくってたまらないから、大粒の黒い涙をぼろぼろこぼしながら、
「降参します、降参します。命だけはお助け下さい。その代わりに埋蔵金を残らずさし上げます」
こう言って、許してもらった。
鬼の大将は約束の通り、お城から、一億円相当の埋蔵金を山のように車に積んで出した。
桃太郎はたくさんの埋蔵金を残らず積んで、三人の家来と一緒に、また船に乗った。帰りは行きよりもまた一そう船の走るのが速くって、間もなく岡山についた。
船が陸に着くと、埋蔵金を積んだ車を、犬が先に立って引き出した。きじが綱を引いて、猿があとを押した。
「えんやらさ、えんやらさ」
三人は重そうに、声をかけ進んでいった。
自宅では夫婦が、かわるがわる、
「もう桃太郎が帰りそうなものだ」
と言い、首を長くして待っていた。そこへ桃太郎が三人の立派な家来に、埋蔵金を引かせて帰って来たので、夫婦も、大きく喜んだ。
「えらいぞ、えらいぞ、それこそ世界一だ」
と夫は言った。
「まあ、まあ、けががなくって、何よりさ」
と妻は言った。
桃太郎は、その時犬と猿ときじの方を向いてこう言った。
「どうだ。鬼退治はは面白かったなあ」
犬はワン、ワンとうれしそうに吠えながら、前足で立った。
猿はキャッ、キャッと笑いながら、白い歯をむき出した。
きじはケン、ケンと鳴きながら、くるくるとバック宙返りをした。
空は青々と晴れ上がって、赤松が植えられている庭には桃の花が咲き乱れていた。